第八十二話 現人神、倒れる。
あれから白夜達は仕事場の設計について会議を進めた。
結果としてはメシア警察の方は二階構造とし、一階には受付役と見回り役を置き、正方形の4つの部屋に分割することにした。
一つは受付、一つは応接室、一つは見回り役の待機所、もう一つは台所と便所とシャワー室と二階への階段が一緒にある部屋だ。
これで最低限交番として役割を果たせるだろう。
二階はワンフロアにし、そこに諜報機関を丸々置くことにした。
情報類でかなり多くの物がはびこることになりそうだし、大きめに作っておいて損はないだろう。
メシア郵便の方もほぼ同じような構成で問題無さそうだ。
二階構造にし、一階は四つの部屋に区切り、一つは受付、一つは応接室、一つは郵便物の保管所、一つは台所と便所とシャワー室と二階への階段が一緒にある部屋とした。
二階は郵便物の管理、保管所として使うことにした。
これで建物の構造の案件は大丈夫だろう。
後はコウハクに設計図を任せれば万事解決のようだ。
設備が出来たなら後は運営方法だ。
ルールやマナーを作っておかねば、組織が上手く回らないだろう。
各種組織に対して、制度を設けることとした。
一人あたり週休二日の休暇制度、三時間働く毎に一時間休憩時間を取る休憩制度、日々の仕事の成果や疑問点を報告する日報制度など、数々の意見を元に制度が生まれていく。
「……ふむ。素晴らしい、な、後は、各組織内部の、細かい、ルール設定、か」
「……主人さま?」
「……ハクヤさん?」
だが、白夜はしばらくの間、狼男達の指導であったり、会議の調和であったり、起きている間は常に神経を張りつめさせていた。
そのためか思った以上に精神を酷使し過ぎていたせいで、体にまで影響が出始め、意識が曖昧になってしまう。
「ハクヤ殿?」
「ハクヤ様?」
「大、丈夫、だ……俺は、大丈、夫……」
バタンッ!
「主人さま!?」「ハクヤさん!?」「ハクヤ殿!?」「ハクヤ様!?」
その後、ハクヤは机に頭を突っ伏し、意識を失ったのだった。
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「……っ!」
――……なんだ?
「……け……よ……!」
――……声が聞こえるな。
「い……だ……て……!」
――っ! これはっ!
白夜は宙に浮いており、その光景をただ眺めていた。
そこはもう使われていないのであろう、無人の倉庫だった。
その場所には人影が二つあった。
一つは床に倒れ、怯えて身動きが取れそうも無い小学生くらいの少女の影。
もう一つは――倒れているその少女に対してゆっくりと近づき、正に今手を出さんとしているかの如き大男の影であった。
(……っ! おいっ!! やめろっ!!)
しかし、声は発されない。
白夜は確かに感覚的には自分の口を動かし、息を吐き出し、喉を震わせて大声で叫んだはずだ。
しかし、声は出ない。
(なっ……なんで……声が出ないんだよ!!)
ならば自分の体を動かして目の前で泣き叫び、助けを呼ぶ少女の前に立ちはだかり、救えば良い。
だがしかし――
(――っ! か、体が、動かない!?)
体は動かない。
宙に浮かんでいるにも関わらず、まるで全身が金縛りを受けているかの如く、その場に磔にされており、体はピクリとも動かない。
(な、なぜだ!?)
その答えは簡単であった。――体が無い。
白夜の体はどこにも無く、その場所にただ目玉だけ置き忘れたかの如く、映像のみ視認できた。――ニタリと笑う大男が、怯えて震える少女にジリジリと歩み寄る、その映像のみが。
(――っ! くそっ! やめろっつってんだろ! おいっ!)
声は発されること無く、想いは届かない。
やがて、大男が少女のすぐ目の前にまで辿り着き、少女は――
(――っ! やめろおおおおおおおおお!)
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「うおおおおおおお! やめろおおおおおお!」
ガバッと白夜はベッドから起き上がり、頭に乗っていた濡れタオルをはるか前方へとべチャリとぶっ飛ばす。
「……主人……さま……?」
「……ハクヤ殿?」
「……ハクヤ様?」
「……」
すると周りに居る皆が――白夜の胴体にしがみ付いてまだ寝ているイルミナを除いて、こちらを心配そうに見つめる。
「……あっ……ここは……」
「……ここはギンの家ですよ主人さま。お疲れだったのでしょう。主人さまは会議の最中に突如パタリと倒れてしまったのですよ。……覚えていらっしゃらないのですか?」
コウハクは白夜のそばに歩み寄り、心配そうに見つめながらそう問いかける。
(……そうだ。ここはギンの家だ。あぁ、思い出してきた。俺はあの時……)
白夜はあの時、精神の疲労が身体にまで広がり、意識を失ってしまった。
その後、皆がベッドに白夜を運び、介抱してくれていたのだろう。
前に吹っ飛んでいった濡れタオルを見つめながら、そう考える。
「……すまん皆。心配かけた」
白夜は心底申し訳なくなり、皆に頭を下げる。
「……もう、体はよいのでござるか? 何やら大絶叫して、飛び起きておったでござるが……」
するとギンも心配そうに白夜を見つめ、問いかけてくる。
「……あぁ。もう大丈夫だ。少し悪い夢を見てな。ものすごい形相で怒ったイルミナが、花瓶持って追いかけて来たんだ。ははは……」
白夜は消え入りそうな力無い笑みをこぼし、心配かけまいとそう答える。
「そ、それは……末恐ろしい夢でござるな……」
「まったくですな……」
「……そうですか」
三人は口々にそう言葉を発し――
「……俺はもう大丈夫だから。少し一人にしてくれ。……ちょっと、外の風にでも当たってくるよ」
「……えっ? 主人さま……?」
白夜はイルミナをそっと引き剥がし、ベッドから離れ、引き止めたそうに手をスッと少し伸ばすコウハクを無視し、外へと一人歩いて行くのであった。




