第八十話 組織、生誕する。
「ただいま戻りました。ハクヤ様」
「ただいまでござるよ。ハクヤ殿」
クロヌスとギン達は旅立ってから二日後には各村を周り終え、帰ってきた。――随分と早い帰還だ。
「お帰り二人共。……えらく早かったな?」
「そうでござるなぁ。どこの村に行っても『救世主様は絶対なる信頼を置くべき存在である』とすぐに信じてもらえたでござるよ。拙者、少しばかり嫉妬してしまったでござる」
ギンはクロヌスを見ながら、面白くなさそうに不貞腐れている。
(――まぁ、お前は信じてもらえなかったもんな)
「あはは……恐れ多いですな。……私は各村を回って、新たに気づきました。奪い合い、争いあうことは間違っているのだと」
クロヌスは最初は困ったように笑っていた表情を、一気に真剣なものへと変え――
「これから我々狼男一族は、この近隣の村を助け、村人達と切れることのない信頼関係を結び、協力し合い……やがて一族全員が救世主となることを目指したいと思っております」
そう、白夜達に宣言した。
周りにいる狼男達も村人達もうんうんと頷き、否定の意見は毛ほども無いようだ。
「……そうか。よし。ならば俺がお前達の組織に名前をつけてやろう」
「名前……でございますか?」
クロヌスは不思議そうに首を傾げる。
『狼男の自警団』とか言うのでもいいかもしれないが、何も狼男達だけの集団じゃないだろう。
ゆくゆくは村人でも出来そうな仕事は村人達にもやってもらう手筈だ。
ならば、別の名前を考える必要があるだろう。
「……主人さま」
するとコウハクが白夜の右脇腹をチョンチョンと人差し指で軽く叩く。
白夜が何事かとそちらの方向へふいっと顔を向けると――コウハクが何やら右手で口の右側を隠し、前かがみになっている。――内緒話だろうか。
白夜は体をかがめて、コウハクの顔の高さと自分の右耳の高さを合わせる。
「どうした? コウハク」
「大変素晴らしい案ではございますが……名付けには十分ご注意を。……我々神には“命名の儀”がございますゆえ……」
コウハクがコソコソと白夜に対して耳打ちをし、注意をしてくれる。
(――やっべ。忘れてた)
「……もちろん。覚えているさ」
白夜はとりあえずお茶を濁し、早速名前について考える。
「……そうだな。それじゃあ……俺が住んでいた世界の『救世主』という意味の言葉で、『メシア』なんてのはどうだ?」
「ほう……メシア……でございますか……」
クロヌスは俯き、しばし考え込んでいる。
(……あれ? 気に入らんか? なら、別のやつを――)
などと白夜が思っていると――
「素晴らしい……とても格好の良い名前だと思います! やはり、ハクヤ様は違いますな!」
クロヌスは歓喜していた。――周りの狼達も、同様に興奮していた。
「メシア……」「素晴らしい響きだ……」「俺決めた。救世主になる」「俺もなるぜ……」と口々に言っている。
「そ、そうか? なら良かった」
「はい! 素晴らしい名前に見合う成果を、ハクヤ様御一行に届けられるよう、我々『メシア』は……全身全霊を尽くして参りたいと思います!!」
「「「うおおおおおお!!!」」」
狼達は何やら盛り上がっている。
「うおお! やってやるぜ!」「これからは俺達が救世主だ!」「村人達を救いまくってやる」「ハクヤ様御一行の、お役に立たせてください!」「俺決めた。メシアの名を世界に轟かせる」「そいつはいいな。この村の次は、世界だな!」などと口々に言葉を発する。
村人達も「救世主様……かっこいい」「あの冒険者、なんか偉そうじゃね?」「だな。救世主様に対して、頭が高い気がするが……」「でも、吸血鬼を倒したんだし、訓練の内容見てるとあの人達も凄いよね」「確かにな……あんな人達と知り合いなんて」「さすがは救世主様だな」と雑談をしている。
白夜は総勢百を超える狼男と、数十人の村人のその姿に対して「お、おう……」と引きつった顔で返事をする他、無かったのであった。
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各村で狼男を信頼してもらう計画については成功した。
次は計画の第二段階、狼のお巡りさん改め、『メシア警察』と、狼の郵便屋さん改め、『メシア郵便』を設立することが目標だ。
まずはクロヌスとギンが各村で体験した内容、白夜達が狼男達に訓練した内容などの報告会議を以前と同じ面子と場所で行うことにした。
「……さて、今回クロヌスとギンの活躍によって、各村でも狼男達を無事信頼してもらえた。素晴らしい働きだな」
「とんでも無いでござるよ。ハクヤ殿」
「まったくですな。恐れ多い言葉です」
二人は恭しくお辞儀をする。
「……そうか。よし、顔を上げろ。会議を始めるぞ」
白夜は二人に対する賞賛を早々にやめ、早速報告会議を開始する。
まずは各村の状況について二人に聞いたのだが、これはあまりよろしくは無かった。
クロヌスが居ない間に魔物がある村に攻め込んで来ていたようだ。
魔物の名は“ゴブリン”。
森や山岳地帯の洞窟に生息する緑色の小さな鬼達で、人間と意思疎通は出来ず、こちらを見つけ次第襲って来る獰猛な野生動物のような種族らしい。
コウハクとクロヌスが説明してくれた。
今回は何とか村人達だけで追い払えたものの、次であったりその次であったりすると、どうなるかは分からないようだ。
数を増やして攻め込んで来るかもしれない。
早急に手を打つ必要があるだろう。
「……しかし、ゴブリンか……話が通じるならまだしも、話が通じない生命体となると、こちらに危害を加えて来た場合、手痛いしっぺ返しを食らうということを徹底的に分からせてやる必要があるな……」
「正に主人さまのおっしゃる通りかと。知性を持たない生物に対しましては、こちらを襲ったところで敵わないと、本能的に分からせる方法しかありませんから」
「だよな〜。問題はその方法なんだが……これについてはとりあえず置いておこう。メシア警察を村に置かないことには話が始まりそうも無いからな」
まずは組織を村に置く準備を早急に推し進める必要があるだろう。
そうすることでその村のことを救ってやることもできるはずだ。
この案件は少し保留しておくことにした。
そして次に、白夜達が狼男達に施した訓練についてだ。
大きく分けると、配送、接客、情報、戦闘の四つに分けて訓練した内容を話す。
「俺達三人が、それらについて訓練したんだ。とは言ってもまだ二日目だし、完璧に出来るわけないんだがな」
「左様でござったか。どれくらいの期間が必要そうでござるか?」
「そうだな……俺の見立てでは最短に見積もって、後二日程訓練すれば最低限のことが出来るようになるはずだ。コウハクとイルミナはどう思う?」
「主人さまのおっしゃる通りかと」
「同じく、異議無〜し」
二人も同意見のようだ。
狼男達の覚えは良い。
後二日もあれば最低限の仕事はこなせるようになるだろう。
後はやって覚えてもらった方が手っ取り早い。
「それじゃあ、狼男達にはこの二日でしっかり仕事を覚えてもらうことにして、次の議題に移るか」
白夜は「ふぅ」と息を吐き、会議を始めるための準備体操を終える。
「……まずは組織を村に置くことについて会議しよう。最初の議題は狼男達の住居と仕事場作りについてだ。それじゃあ、意見をドシドシ言ってくれ」




