第八話 現人神幼女、名を貰う。
「ぐすん……。すみません……。もう大丈夫です」
「こっちもごめんな。なんか」
「いえ、主人さまは何も悪く――」
「はいそれもうおしまい」
そう言って、白夜はコウハクの頭にビシッと軽くチョップしておく。
「ひうっ」
コウハクはチョップされた頭の箇所を両手でスリスリとさすっている。
なぜあのような悲劇が起こったのか。その原因は『名付け』だった。
あれが非常にまずかったらしい。
名付けというのは、神にとっては血肉を分けることに等しいとコウハクが後で教えてくれた。
――命名の儀。
命名者が自分の名前の一部を名付け先に授ける場合、命名者の特殊能力値を名付け先にいくらか与える儀式。
(正直、なんで? と思ったけど……俺『紅 白夜』、幼女『コウハク』。……あぁそうだな。漢字で『コウハク』といったら、『紅白』だわな。しっかりついてたな俺の名前に『紅白』……って! それありかよ!?)
そんまところまでカウントされるのかと白夜は少し理不尽に感じるが、結果はそうなってしまったのだ。
つまりそういうことなのだろう。
やいやい喚いていても仕方がないと甘んじて受け入れることにした。
(それにしてもすごい偶然だ。気まぐれで追加情報に白髪紅瞳って入れて、姿見て――コウハクだ! ってドヤ顔で命名して、こんなことになろうとは……。まぁ、『命名の儀』ってのを知らなかったし、しょうがないか。俺の特殊能力値が減るだけだ)
白夜は調子に乗った自分が悪かったと割り切り、水に流すことにした。
「俺が無知だっただけだ。つい最近ろくな授業も受けずに、神になっちまったからな」
本当に無知というのは恐ろしい。
白夜はこの世界にまだ生まれ落ちたばかりだ。
この世界独特の法則や常識が著しく欠けている。
これは非常に危険な状態だろう。
まずはこの世界についての情報収拾が何よりも重要だと白夜は再度思い知らされる。
「すみません……。わたくしが、もっと早く教えて差し上げられたのなら……」
「ま、やったものはもう仕方がない。それに今更取り下げる気なんて無い。だからむしろ謝るんじゃなくて、感謝して欲しいかなって」
白夜はそう言って、パチンとウインクを決める。
「――! は、はい! あの! ありがとうございました!」
ブオンッという音とともに、コウハクの上半身と下半身の角度が一瞬で前方に九十度に曲がった。
――この子、暴走するとやばいな――と白夜は心の内で思うのだった。
「よろしい。神のご加護に感謝するのじゃ」
白夜は神様っぽくそう言う。
――もっとも、参考になるのが地球の創造神しか居ないのだが。
「はいっ! わたくしも神の一員として……また、主人さまの従者として、主人さまを模範に精進いたします!」
(いや、それは勘弁してください……)
神になって間もない自分から学ぶような事は、上で神についてしっかり学んで来たコウハクにとっては無いはずだ。
上にはそれはそれは立派な神様が多数存在することであろう。
(……でも、あいつみたいな奴も居るし、意外と残念なのしか居ないとか? いや、それでも俺を模範にするのは間違ってるだろ……)
「コウハクよ……俺を模範にするのは間違ってるぞ……多分」
白夜は申し訳なさそうにコウハクに語りかける。だが――
「いいえっ! 間違いありません!」
そうはっきりと言い切られた。
コウハクの表情を見る限りでは、ここを反論しても多分折れることはないだろう。
(段々お前のことが分かってきたな……)
ならば、違う点から攻めるべきだろう。
白夜はしっかりとコウハクのことを見つめ、しばし考え込んで説き伏せる準備を完了させる。
「……だけどな、コウハク。俺だって人間……神か? まぁいい。まだ高みには登れてないんだ。知識然り、力然り、内面然り」
「そ、そんなこと……」
(言い淀んだ。まぁ十中八九、一発二発のロケットで沈む俺の耐久性に対して不安が生じたんだろうなきっと……)
白夜は少々虚しくなるが、話を続ける。
「そんなことあるんだ。だからなコウハク。二人三脚だよ」
「……二人、三脚……?」
「そうだ。片方が駄目な所は、もう片方がサポートする。お互い切磋琢磨して、互いのために協力するんだ」
「協力……ですか?」
「そうだ。俺とコウハクは一心同体。どちらが欠けても駄目な存在だ。俺は全力でコウハクをサポートして守る。だから、コウハクも俺に遠慮しないでくれ。間違ってると思ったら、間違ってると言ってくれ。片方の内、どちらかが道を踏み外そうとしたならば、片方が道を正せば良いんだよ」
(おぉ……適当に考えながら喋ってたのに、それっぽいことがつらつらと言えた……)
白夜が自分の口の滑りの良さに感心していると――
「主人さま……」
何やら尊敬の眼差しで見つめてくるコウハク。
(――よし、いける。言いくるめるぞ)
「だから俺もお前に遠慮なんてしない。無知ならば学べば良いだけの話だ。……というわけでコウハク。俺に神について少し教えてくれないか? 無知な俺のことを、助けてくれ」
(よし! これで俺の有るようで無い尊厳を守りつつ、コウハクに神について教えてもらえるぞ)
自分のことを「主人さま」と呼ぶほど信仰してくれている対象に対して、あまり駄目な部分を見せたくはない。
――ならば、駄目な部分は出来るだけ直し、信仰に値するような人物になろう――と白夜は思うのであった。
「……っ! はいっ! かしこまりました! このコウハク、全身全霊を持ってして、主人さまの勉学をお手伝いさせていただきます! 一緒に高みを目指しましょう!」
しかし、それは少々まずかったようだ。
(――ん? 黒板の前でメガネをくいっ! てするコウハクの幻影が見えた気がする。やだ、こいつ、やる気満々? ……やっぱり前言撤回できないかな。本当に遠慮なく俺をしごきそうなんだけど)
「あ、あの〜、優しくお願い、な?」
「かしこまりました! 優しく! 徹底的に! ご教授致します!」
(あ、無理だわこれ)
白夜は早々と諦める。
顔を見る限り、まるで今から戦場の死地に向かうかのような強い覚悟を決めた者の表情をしている。
これを切り崩すのは相当骨が折れるだろう。
「ま、まぁ、お手柔らかに頼むぞ。取り敢えず神の授業のことは置いといて、まずは今後の動向について、話し合うとしようか」
諦めて、これからしっかりコウハクの手綱を握れるように成長しようと、白夜は覚悟を決めるのだった。