第七十五話 現人神、会議する。
白夜達はクロヌスとギンをギンの家に招き入れ、今後の方針を会議することにした。
まずこの村の自衛について。
これは戦力が手に入ったため、問題はないだろう。
その戦力とは言うまでもなく、『狼男』達だ。この狼男達はギンに絶対服従を誓っており、以前ギンが発した命令――この近隣の村を守ることを宿命としている。
ただ――
「俺は世情に疎いんだが……そんな俺でも、この世界は魔物と人間が手を取り合って生きているようには見えないんだが?」
「確かにそうでござるな。拙者も村からは腫れ物扱いされていたでござるから」
今まで幾度も聞いてきた、魔物サイドと人間サイドの激しい抗争。
その話を聞く限りではとても助け合って生きているようには思えない。
そんな中、いきなり魔物と手を取り合い、助け合いながら生きろと言われたところで「はいそうですか」と納得する者など居ないだろう。
(ふむ、どうしたものか――)
「ん〜だったらさ、森に隠れて影から村を守るってのはどうかな?」
するとイルミナが突如アイデアを繰り出す。
「なるほど。つまり村の周辺の森に自警団を置いておくと言うことだな? 確かにそうすると、村に危険が迫る前に察知できるし、危険の根本を即座に叩くこともできそうだな。ナイスアイデアだぞ、イルミナ。」
白夜はイルミナの案に対して賞賛を送る。
イルミナは照れ臭そうに「えへへ」と頭をかいている。
「――わたくしもいい案だとは思います。しかし、それでは根本的な解決策にはなっていないかと」
すると、コウハクが否定意見を持って、カットインして来た。
「なんでだ? 理由を聞いてもいいか?」
「はい。村の存在が狼の自警団を目撃してしまった時が問題です。人間形態の時は大丈夫でしょうが、警護に当たる際はやはり狼形態の方が適任でしょう。森の荒地を四肢で踏み歩け、五感も鋭くなりますから」
「コウハク様の仰る通りですな。我々狼男一族は、人間形態でも五感は多少優れておりますが、狼形態のそれと比べるとかなり差が開きます。森での機動性についても同様のことです」
「あちゃ〜そっか。それだといざ見つけちゃった時に敵だと思っちゃうか……人間形態で騙し騙し村人に紛れるにしても、いざバレた時に大問題になるもんね……う〜ん、いい案だと思ったんだけどなぁ……残念」
コウハクの意見にクロヌスも賛同する。
イルミナもその意見に納得し、問題点についてしっかり理解しているようだ。
(――いい感じだ)
「いや、イルミナ。お前の意見あってこその気づきだぞ。ありがとな。コウハクとクロヌスも、良い所に気づいてくれた」
白夜は二人に賞賛を送り、頭を下げる。
「そんな……恐れ多いことです」
「全くですな」
「ふふ。ありがとハクヤさん。でも、もっといい案があるはずよね〜」
コウハクとクロヌスは互いに白夜に対して尊敬の念を向け、イルミナは新たな案を絞り出そうとしている。
(――そうそう、良いぞ)
「そうだな。大きな問題は村人達が狼のことを敵と思ってしまっていることか……これを解消する良い案は何か無いか?」
「そうでござるなぁ……こればっかりは幾度も村を助け、徐々に徐々に信頼関係を築き上げる他ないのでは……」
ギンはそう意見を繰り出す。
「ふむ……そうだな。信頼関係。何よりも大事だ。互いのことを信じ合える者同士には争いが起こることなどほとんどない。むしろ、お互いに助け合える存在になり得る。金で雇った信頼関係皆無な奴に警護を任せるよりも、村に所属する信頼関係の芽生えた兵士に警護を任せた方が良いのは、仕事の質からしても目に見えて分かるだろうしな。警護手段は何かに依存せず、やはり自分達で用意するのが一番得策だ。それは近隣の村を見れば分かることだな」
今まで雇われ集団である冒険者に村の警護の重きを置いてしまい、失敗した村の末路は――廃村だ。
今回の一件のように傭兵を奪われ、自衛する手段を失ってしまった場合、村は無防備になり、ただ攻められ続けて滅びゆくのを待つのみだろう。
ならば自衛する手段は、各村が各個で持って置いた方が断然良い。
「おぉ……確かに。そこまでは考えてなかったでござる。警護手段は自分達で用意しておかないと、いざ依存してしまっている先が落ちた場合大変なことに――無防備になってしまうでござるしな。……この村や、近隣の村が現状そうであるように。さすがはハクヤ殿でござる」
ギンが尊敬の眼差しを向けて来る。
「いや、ギンの意見あっての考察だ。ありがとなギン」
白夜はギンに向けてグッジョブサインを送る。ギンは「はは、照れるでござるな……」とぽりぽり頬をかいている。
「ギンと主人さまの意見も、大変素晴らしいものであると思います。各村に自警団は必ず置くべきでしょう。……ですが、自警団を置くために村人達に信頼関係を芽生えさせる手段が、今のところ徐々に徐々に村人を助け、少しずつ信頼を得ることしかありませんね……これでは途方も無い時間が必要だと考えます」
コウハクがそう指摘する。
「そうだな……じゃあ論点を変えてみよう。信頼できる人物とはどういう者か、各々上げてみな」
「う〜ん、かっこよくて……」
「美しくて……」
二人娘が容貌のことばかり考えてしまっている。
これでは『但しイケメンに限る』という残念な結果で終着し、白夜が目論んでいる会議の結果と外れてしまう。――なんとしてでも修正せねば。
「……すまん。聞き方が悪かった。信頼できる人物の良い内面について、上げてみようか」
「内面でござるか? それはもちろん、優しい人物でござろう。誰に対しても慈悲深く接することができ、尚且つ困っているなら手を差し伸べる……そうでござるな。ハクヤ殿のような人物があげられるでござるな」
「賢明で、判断力に優れる賢人かと。例えばそうですね……主人さまのような」
「自分のことよりも、誰かのために身を削る人……かな。ハクヤさんみたいな」
「そうですなぁ……何者をも寄せ付けない、圧倒的力を持つ者ですかな。ハクヤ様御一行のような」
(おうふ……突き刺さるような好評価……勘弁してくれ……)
白夜は全員の尊敬の眼差しを一斉に受け、それらによって体に蜂の巣の如く、無数の風穴を空けられる錯覚を覚えるが、なんとか堪える。
「……そうだな。つまりは優しくて、賢くて、自分よりも誰かのためを思えて、強いやつってことか……そういう奴が村に居れば良いんだけどな」
(いや、俺は全くそんな奴じゃないが……)
彼ら彼女らにとって白夜はどれくらいの高みに存在するのか。
想像するだけでも恐ろしい。
白夜は高いところは得意ではない。
せめて三階建てのマンションくらいの高さに設定しておいて欲しい。
それ以上は危険だ。
身が持たないだろう。
(俺以外に尊敬の眼差しを向ける対象が出来ると、俺の心も少しは楽になるのに……)
そう白夜が思っていると、突然――
「――あぁっ!」
ギンが大声を上げる。
(――なんだ!? びっくりした! ……まさか、俺以上の尊敬対象が!?)
「……居るでござる。近隣の村にとって、ハクヤ殿のような存在がただ一人。その者の言うことならば、なんだって従うと言えるほどの存在が……」
(――あぁ、なんだ。そっちか)
すると、他の面々も口々と「あっ!」と何かに気づいた様子だ。――ただ一人を除いて。
「……え? み、皆様方、そのような人物に心当たりがお有りで?」
その人物は困惑し、全員に対して質問する。
すると他の皆が皆、コクコクと頭を頷かせ、答える。
「おぉ……さすが、御一行は人脈も広いですな。よろしければ私に教えていただいても?」
すると全員、人差し指をその人物に対して指し示す。
「……後ろ? はて……私の後ろには誰もおりませんが?」
その人物は後ろを振り向き、そこには壁しかないことをしっかりと確認し、不思議そうに白夜達に対して問いかける。――それじゃあ答え合わせといこう。
「いや……おぬしでござるよ。クロヌス」
「クロヌスさん、貴方ですよ」
「クロちゃん。貴方よ。貴方」
「お前だよお前。救世主さん?」
「……へ?」
えええぇぇ!?
クロヌスが大声で叫ぶ光景を目の当たりにし、白夜は城で居た頃のことを少し思い出す。
少し懐かしい気分になり、しばらくその思いに浸る白夜であった。




