第七十四話 現人神、日常を満喫する。
二人をギンの家に連れ戻すことに成功した白夜は、もう夜もかなり遅くなってしまっていたので二人をベッドに入れ、自分は床で寝ようとした。
だが、二人が頑なに白夜のことをベッドに入れたがるものだから、二人の優しさとお言葉に甘え、そのままベッドに入らせてもらうと――案の定二人も即潜り込んできた。
白夜は横に眠る二人を見ながら思う。
(こいつらが、あんなに俺のことを思ってくれていたとはな……)
二人を連れ戻す際、二人の白夜に対する秘めたる感情を聞いてしまい、少々不安に思ってしまう。
(俺だって、こいつらのことが好きだ。……だけど、俺なんかに務まるのだろうか……)
しかし、二人だって女の子だ。
女の子が勇気を出して告白してきたのだ。
ここで男が大黒柱として、しっかりと受け止めてやらないと、筋が通らないだろう。
(……ならば、その思いにしっかりと答えてやらないとな。俺達は……今夜一つになるんだ)
白夜はそう覚悟し、二人に手を伸ばし――
(そう! これからは俺とイルミナとコウハク三人が、家族同然のものとして、一つになるんだ! 俺はこいつらの“父親分”として、もっともっと頑張るぞ!)
そう覚悟を決め、二人の頭をそっと優しく撫でるのであった。
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翌朝。
白夜は一番に目が覚める。
彼の朝はやることが多い。
布団から出てスッとベッドから起き上がり、横で寝て居る二人娘は放って置いて、取り敢えずお風呂に湯を溜めに行く。
風呂場に入り、「ファイア」と「ウォーター」と唱え、湯船に湯を湧かす。
待っているその間にキッチンでガス台のような物に「ファイア」と唱え、火を付け、水道のような物に「ウォーター」と唱え、鍋に水を注ぎ、「ストップ」と言って水を止め、鍋を火のついた台に置いて湯を沸かし、やがて沸々と沸いてきたその時、「ストップ」と言って火を止め、一分ほどしばらく冷ます。
適温になった頃合いを見計り、未然に茶葉を入れておいた急須にお湯を注ぎ入れ、また一分ほど待つ。
そうしてしばらく茶葉を蒸した後、湯で未然に温めておいた茶碗にお茶をトポトポと注ぎ淹れ、一啜りする。
これは――
(……むむっ!? この緑茶……いけるっ!)
お茶を一椀啜り終えたら残っているお茶が入った急須以外、洗い場に持って行き全て洗い、元どおり綺麗に戻した後、朝風呂をゆっくりと楽しみに行く。
しかし、神になった影響か衣服は汚れることを知らず、埃を叩くだけで綺麗になり、洗濯をする必要もなかった。
肌も何もケアしなくてもツルツルスベスベで、風呂に入らずとも一欠片の垢すら出なくなったのだが、こればっかり――入浴は生前の一日のルーティーンなのだ。
出来るのなら入っておきたいし、やめられるわけがない。
白夜は「ストップ」と唱え、お湯が湧いてくるのを止め、手のひらを湯船にそっと入れ込み、温度を確認する。
ちゃんと適温――体温より少し高め、三十九度前後くらいだろう。
脱衣所で衣服を全て脱ぎ、カゴに入れ、生まれたままの姿になり、湯船に桶を突っ込み一すくいし、頭から体にザバッとかける。
何度かその作業を繰り返した後に、ようやく体をチャプリと湯船にゆっくりと沈ませる。
「ふえぇ……極楽じゃあぁ……」
白夜は心の底からリラックスした、まるで女性のような高い声音で言葉を漏らす。
そしてしばらくの間――十分ほど目を瞑り、湯浴みを楽しみ、白夜はザバリと体を湯船から起こし、立ち上がる。
この時、温まっていた体が外気にさらされ瞬時に冷えたことにより、身体中の緩んでいた血管が瞬時に収縮され、サーッと血液が全身に巡るのが体感的に分かる。
詰まりに詰まっていたものが瞬時に流れ出し、えも言われぬ快感を感じ、ググッと体を天に伸ばし、さらに巡りを良くさせる。
やがてその感覚が感じられなくなった時、白夜は体を乾かすため、両手で頭をバサバサとかき乱して水滴を落とし、腕、肩、胸、背中、腰、腹部、太腿、膝、脹脛の順に手を滑らせ、同様に水滴を落とす。
これまた神の特性なのか、手を滑らせ乾くように念じると、まるで先ほどまで濡れていたことを忘れてしまったかのような素肌が姿を見せる。
(……つくづく便利になったものだ。体然り、道具然り)
そんなことを考えながら衣服を着用し、居間に戻ると――
「……わたくしは主人さまに『お前は可愛すぎるから撫でざるをえない』と言っていただけましたが?」
「へ〜そうなんだ。ハクヤさんったら誰にでも優しいんだから……ふふ。勘違いしちゃだめだよ? コウハク。ハクヤさんはあたしに『お前が居ないと寂しい。お前が居ないと俺はだめだ』って言ってくれたよ? そこまで言われたらもう……離れられないかな〜って……えへへ」
「はっ。愚問ですね。わたくしはスキルの恩恵により、記憶した事象を忘れることがありません。ゆえに間違えようがありません。ですが……どうせ貴女のその虚言妄想は、自分の願望が入り混じった幻でしょう?」
「……違うもん」
「……おや? 少し言い澱みましたね? ふふん。このくらい主人さまでなくても分かりますよ。やはり妄言でしたか……この脳内御花畑小娘!」
「違うもん! ハクヤさん言ってくれたもん! あたしを大切にしてくれるって!」
「はっ。そんなの当たり前でしょう。主人さまにとって、生きとし生ける善者全てが大切にする対象なんです。貴女がさっき言った通り、主人さまは誰にでも優しいんです。貴女だけが特別な訳ないでしょう。貴女もギリギリそのラインに入っていただけですよ」
「うぅ! 違うもん! あたしだけが特別なんだもん! それを言ったら、コウハクだって特別じゃないじゃん!」
「――っ! わ、わたくしは、主人さまから、直接、自身のお名前の一部分をいただける程、特別ですし〜?」
「嘘だっ! ちょっと抜けてるハクヤさんのことだから、ついうっかり自分の名前使っちゃっただけでしょ!」
「うぐっ!? な、なぜそれを――」
「やっぱり! 図星じゃん! 顔に書いてるし! 語尾がちょっと伸びた! コウハクだって全然特別じゃないじゃん!」
「なっ!? ひ、卑怯な! わたくしをはめましたね!?」
「引っかかる方がばかなのよ!」
白夜は「はぁ」とため息をつきながら――
「ばかは両方だばか娘ども。朝から騒がしい」
そう言って二人の頭にゴチンとチョップを繰り出す。
二人は「ひうっ」「あたっ」と間抜けな声を出し、頭をさすって静かになる。
こうして白夜の日常生活に、朝一に二人をチョップするという、新たな日課が誕生することとなるのであった。




