第七十一話 神祖、離れる。
(ばかばかばかばか! ハクヤさんのばか!)
イルミナは狼達が寝る上空を飛び回りながら、白夜に対する呪詛を心の中で浴びせ続ける。
(あたしのことを幸せにしてくれるって……信じてたのに!)
白夜はきっと、イルミナよりもコウハクのことを選んだのだろう。
それが許せなかった。
それが信じられなかった。
それが――
(なんで……! あたし……なんで……)
――なんでこんなに、辛いんだろう。
辛かった。
白夜がイルミナを置いてコウハクと一緒にどこか遠くへ行ってしまったかのように感じてしまった。――イルミナの帰るべき場所が無くなってしまったのだ。
イルミナはその事実に耐えきれず、涙してしまっていた。
「うっ……グスッ……ヒック……」
誰も居ない空中でただ一人、孤独に涙を流し続ける。
「グスッ……嫌だよぉ……ハクヤさん……あたしを置いていかないで……一人にしないでよぉ……」
寂しさのあまり、親を急に失ってしまった子供のように泣き喚く。
しかし、その時だった。
ブワッ!
何やら家のある方角から風がブワッと吹いて来る。
「きゃっ!?」
イルミナは思わず左腕で顔を隠す。
そうしながら、薄眼で風が吹いて来た方向を見る。
すると――
何やら物凄く切羽詰まったかのような形相をした白夜が勢いよくこちらに向かって、吹き飛んで来ていたのだった。
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白夜はイルミナに罵声を浴びせられて置いてきぼりをくらい、しばらくポカンとしていた。
「……如何いたしましたか? 主人さま」
すると、コウハクがまどろみから覚醒し、心配そうに見つめてくる。
「いや……お前を床に降ろして、コート脱いで、ついでにシャツも脱いで、腕の怪我が治ってるのを確認した後、お前の体に俺のコートかけてあげてたらイルミナが起きて、なぜか俺に罵声浴びせて窓から飛んで出て行ったんだよ……」
「……大丈夫ですか? 主人さま」
コウハクは首を傾げながら、余計に心配そうな目で見つめてくる。――いや、本当なのだが。
「……ん? ――えっ!? きゃ、きゃあぁっ!? 主人さま! な、なぜ、上半身裸なのですか!?」
するとコウハクが今更顔面を両手でバッと隠し、「きゃあきゃあ」と恥ずかしそうに喚いている。――よく見ると右手の中指と薬指の間に隙間が空いているが。
「いや……さっき言ったろ? 怪我の具合確認してたんだよ。ほら見てみろ。すっかり完治してるぞ」
白夜は左腕を見やすいように突き出す。
「……確かに、完治しているようで安心しました。……ですが、目のやり場に困ってしまいます……どうか衣服をご着用ください……」
コウハクは顔を横に向けたまま横目で白夜の腕を確認し、服を早く着るように促す。――粗末な体は見たくないのだろう。
白夜はさっさと肌着とシャツを着る。
「……あぁ、悪かった。もう大丈夫だ。それよりも……イルミナのことが心配だ。コウハク、手を貸してくれないか?」
こんな夜中に一人で外を出歩くなど危険だ。
我が子のピンチを救うため、コウハクに協力を要請する。
「主人さまのご命令とあらば、このコウハク……全身全霊を持ってして、手をお貸ししましょう」
コウハクはキリッとし、すっかり仕事モードだ。
「よし。まずはイルミナを探して、見える所まで移動する。恐らく空を飛んでいるだろうからな。気づかれないように注意するんだ」
「それはなぜでしょうか? 主人さま」
「簡単だ。イルミナはなぜか俺を避けている。俺の姿が見えた瞬間逃げ出す可能性が高い」
「……アレが主人さまを見て、逃げ出すとは到底思えませんが」
「現に逃げ出されてるんだ。可能性はゼロじゃないさ。そこで次が大切なんだが……」
そこで言葉を切り、覚悟を決める。
「俺を、お前の魔法でイルミナのいる上空にまで吹っ飛ばしてくれ」
「……え?」
その後、断固反対するコウハクを無理矢理説得し、イルミナ捕獲作戦を開始するのであった。




