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第七十話 神祖、もやもやする。






 人は皆、褒められることに弱い。


 吸血鬼の神祖であるイルミナでもそう思っていた。


 ――家族に褒められたい。憧れたあの人に褒められたい。


 彼女は心の底では常にそう考えている。

 褒められるためにはついつい無理をして、背伸びをしてしまう。

 自分の本心を偽ってでも。


 ――お前は強い。お前は凄い。お前は成長している。


 それらの褒め言葉は、彼女に取っていつしか依存度の高い麻薬のような存在となっていた。


 ――もっと褒められたい。もっと撫でられたい。


 その言葉や行動を起こすためならば、どんなことでもしてみせる。

 心の奥底ではそう思っていた。

 しかし――


 ――でも、やっぱり、怖い。


 今回のイルミナには多くの危険が迫っていた。

 クロヌスに無防備な状態でハニートラップを仕掛ける時。

 狼の群れを掌握するために単身で入りこんで行った時。


 イルミナは怖いと叫ぶ弱い自分を無理矢理隠し、仕事を完遂してみせた。

 だが――


(ぐすっ。だめ……泣いちゃだめ……)


 体は無理をした反動によるものか、ストレスを抱え込んでいた。

 今頃になって溜まりに溜まった『怖い』という感情が決壊し、涙となって溢れてきた。


(だめだってば……あたしは強い……神祖なんだから……)


 心はそう思っても、体は言うことを聞かない。

 「辛い。怖い」と泣き叫んでいる。

 そのせいか――


「……ぐすっ。辛い……怖い……寂しいよ……ハクヤさん……」


 今は相棒を探しに行ってしまった、イルミナの憧れているその人に縋ってしまう。

 そこにはあの時見せていた威厳や放漫さは無く、親を探して夜泣きする赤ん坊のようにすすり泣く少女の姿があった。

 すると――


 ガチャリ。


 ドアの開く音がする。

 あの人が帰ってきたのだろう。

 イルミナは必死に声を出さないように口を防ぎ、布団を体全体に掛ける。


(だめ……! 心配かけちゃ、だめだ……)


 咄嗟のことになんとか体が反応し、二つの障害物によって先程まであげていた泣き声を隠すことにギリギリ成功する。


 すると足音がスタスタと聞こえ、ベッドの足の方向の奥付近でピタリと止まる。

 スルリと何かを下ろす動作が聞こえ、その後にストンと床に置いたのであろう音が聞こえてくる。


(……? コウハクは居ないの? ……あぁ、背負ってきたのか)


 先程の音はコウハクを床に下ろした音なのだろう。


(……さすがハクヤさん。もうコウハクのことを救っちゃったのね)


 しかし、イルミナはほっとするようでほっとしない。


(あたしのことも、もっと見てよ……)


 その原因は――嫉妬。


 コウハクとハクヤの間には、切っても切れないような信頼関係がこれまで目に見えるほどにあった。――自分はそんな二人のおまけにしか過ぎないと感じてしまう程に。


 ――辛い。寂しい。構って欲しい。自分もその場所で居たい。


 そう感じても、もはや付け入る隙が無いのだ。

 ――自分はあの二人にとって邪魔者でしかない――イルミナはそう感じてしまっていた。

 すると――


 スルリ。


 それは服を脱ぐ音であった。

 恐らく黒革のコートを脱いだのだろう。しかし、その後も音は続く。


 スルスル。プチプチ。


 休息を取るためにコートを脱ぐのは理解できる。

 しかし、ハクヤはコートの下には白いシャツを着ていた。

 それを脱ぐ音がするのはなぜか。

 それを考えた時――


 ササッ。バッ。


 シャツを完全に脱いだ音が聞こえた。

 その後、恐らくその下に着ていたであろう肌着を脱ぐ音までも。

 服を脱いだ意味。

 それは――


(ま、まさか……夜這い!?)


 その後もバサバサと衣服を動かす音がする。


(そ、そんな……下まで……)


 イルミナは心底動揺する。


(そ、そりゃ、ハクヤさん優しいし、面白いし、かっこいいし、一緒に居て凄く楽しいけど……そ、その、こういうのは、まだちょっと、早いって言うか……)


 しかし、イルミナには思い当たる節がいくつもある。

 ベッドに潜り込んだこともそうだし、彼にスキンシップと称して何度も抱きついていたこともそうだ。


(ま、まさか、それでハクヤさん、我慢ならずにあたしを!?)


 イルミナは自分を責める。


(あ、あわわ、あたし、なんてことを……ハクヤさんだって、男の人なんだし、そう言う気分になっちゃうよね……そ、そりゃ、ちょっと嬉しいけど、ま、待って、まだ心の準備が――)


 ギシリ。


 すると床がギシリと軋む音がする。

 イルミナは体がビクンと脈打ち、たまらず――


 ガバッ!


「ま、待って! ハクヤさん! そ、その! 気持ちは嬉しいんだけど! こういうのは……え、えっと! け、結婚してからって言うか――」

「え?」


 バッとベッドから飛び起き、両手を前に突き出し、わたわたと振り回しながら顔を斜め下に向けて目を瞑り、恥ずかしそうに赤面する。


 しかし、帰って来た声は素っ頓狂なもので、とてもこれからイルミナを楽しもうとしている風には感じられない。


 イルミナは恐る恐る目を開く。

 するとそこには、床に寝そべっているコウハクに対して自分のコートをかける上半身裸の青年――白夜が居た。


「……あ、イルミナ。起こしちまったか?」


 白夜は優しくそう語りかけてくる。


 しかし、冷静さを失ってしまったイルミナは、白夜がコウハクに服をかけるその姿が、今まさに白夜がコウハクに対して手を出さんとしているように見えてしまい――


「――っ! ハクヤさんのっ! ばかああああ!」


 そう言って割れた窓からバヒュンと飛び出し、去って行ってしまう。


「……え? 急になんで? ひどくない?」

「んゅ……? どうしゃれましたか……? 主人しゃま……」


 あまりの大声にコウハクも起きてしまっていた。


「……どうしたんだろうなぁ……」


 白夜は咄嗟のことに動揺し、ポカンとしばらくほうける他無かったのであった。






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