第六十八話 現人神、離れる。
白夜達はあれからギンの家に入り、休息を取っていた。
ギンはというと、「拙者達はこのように毛皮があるでござるから、寝具は必要ないでござる。外で寝るでござるよ」と言い、外で寝ている。
ギンのベッドは母親と共同で使用していたということもあり、ダブルサイズで三人でも問題は無さそうだ。
だが――
「……今日はわたくしも外で休養を取ります」
そう言い残し、コウハクはスタスタと玄関へと歩いていき、扉をガチャリと開け、外へと行ってしまった。
「……行かなくていいの?」
イルミナは真剣な面持ちで白夜に問いかける。
「……行かないわけ、ないだろ?」
白夜はイルミナに対して、当たり前だと言わんばかりに答える。
「……そっか。そうよね。ハクヤさんなら……きっとそうするよね……」
イルミナは一瞬悲しげな表情をし――
「……今日はあたし、一人で寝たい気分だから、行ってくるといいよ。……このベッドはあたしのなんだから、入ってこないでよね」
そう言ってすぐにベッドに潜り込み、布団を全身にバッと掛け、静かになった。
「……そうか。おやすみ。イルミナ」
白夜はそう言った後、玄関へと進み、扉を開き、外へと出て行く。
「……あたしだって、本当は怖かったんだよ……? いつも、いつも、変なところは鋭いくせに……ハクヤさんのばか」
白夜が扉を閉じた瞬間、イルミナがベッドの中でぽつりとそう言ったことに気づかずに――
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(はぁ……わたくしは……本当に、どこまでもだめだ……)
コウハクはギンの家の外で、百匹以上の狼達が眠る光景を歩いて見ながらそう考える。
コウハクは詰まらない意地の張り合いで自らの主人――白夜の行動を阻害し、失望させてしまった。
それで気が滅入ってしまっていたせいか、コウハクは敵に不覚を取り、白夜はコウハクを守るためにその身に傷を負ってしまった。
従者として恥ずべきことなのに、その時嬉しいと思ってしまった自分が心底嫌だった。
白夜はコウハクを救ってくれた。――尊かった。
白夜はコウハクを助けてくれた。――嬉しかった。
白夜はコウハクを守ってくれた。――かっこよかった。
では自分は、そんな白夜に対して、何ができたのだろうか。
コウハクは白夜に何も出来ていないと感じていた。
――自らの主人のお役に立てていない――そのことはコウハクの心を蝕み続ける。
自分だけがただただ良い思いをしているだけで、コウハクは白夜に対して何も返せていない。
負担にばかりなっていると感じていた。
思い返せば、白夜に迷惑をかけたのは今回だけの話ではないだろう。
会ったばかりの時もそうだったし、吸血鬼の城での一件でも心配をかけさせてしまった。
(……わたくしは主人さまに、ご迷惑をおかけしてばかりだ)
そう思うと、コウハクは瞳からポロポロ、ポロポロと涙を流してしまっていた。
(……ばかだな。泣いたところで、意味なんて無いのに)
――白夜には、もう自分は必要ない。
白夜の役に立てる優秀なパートナーならばもう今頃白夜の側に居ることだろう。
コウハクの居場所など、もはやどこにも無い。
(これからはもう、主人さまに近寄らないようにしよう……)
コウハクが近くに居たとしても、今回のように白夜を危険に晒すだけだ。
ならば、自分のような邪魔者は近くに寄らず、遠くから少しでも役に立てるようにその身を持ってして全力でサポートすれば良い話だ。――先ほどの件のように。
そうするともうコウハクのことを守る必要も無くなる。
遠くに居るのだから当然だ。
そこで自分の身に何があろうと自己責任だ。
白夜が気に病む必要もないだろう。
白夜の近くで白夜のためになる役はパートナー――イルミナに任せ、自分はこの身が滅びるまでは遠くからひっそりとサポートをする。
それくらいなら、先ほどだって出来た。
これからもできるはずだ。
なのに――
(どうして……もう……ダメなのに……)
その涙は、コウハクが白夜から離れよう、離れようと思うほど溢れ、溢れ、止まることを知らなかった。
(だめ……わたくしは……主人さまから離れないと……)
しかし、涙が止まることはない。
それはまるでコウハクの思いに対し、体が白夜から離れたくないと拒絶しているかのように。
(……離れるんだ)
涙は止まらない。
(離れなきゃ……)
涙が止まらない。
(……嫌……どうして……もう傍に居てはいけないなのに)
「……主人さま……わたくしはそれでも……貴方の傍に居たいです」
コウハクはついに言ってはいけないその言葉を漏らし――
「……おっ。ここに居たのか。探したぞ」
振り返るとそこには――コウハクの主人、紅 白夜の姿があった。




