第七話 現人神幼女、宥められる。
「ぐすっぐすっ……」
「はいはい。落ち着いて〜」
彼女は未だに止まらない涙を両手でくしくしとぬぐいながら、白夜に頭をポンポンしてもらっていた。
「ずびばぜん……。主人ざま……」
(本当に申し訳ないことです……。まさか感動のあまりに……あろうことか主人さまにタックルして、気絶させてしまうなんて……!)
「気にすんな〜トラックに比べたら、あんなの可愛いもんさ」
「じ、じかじ……! あのようなごとを……」
「あれは完全に俺が悪かった。ちゃんと説明してからやるべきだったな」
「うぅ……すみません……」
「こっちこそごめんな」
白夜はそう言って、彼女の頭を優しくさらさらと撫でる。
(なんて優しいお方なんだろう……)
――このお方に優しくしていただけると、心が温まってくる。
彼女はあの時、困惑していた。
――なぜ、わたくしのような者に対して、あのような寛大な処置を施してくださったのだろうか――と。
その理由に気付いた時、彼女の中の神という存在が綺麗に塗り替えられるのを切に感じた。
――あのお方は、わたくしの全てを認めてくださったのだろう――彼女はそう結論づけた。
自身を認め、「お役に立ちたい」というその願いを聞き入れてくれたのだろう。
しかも兼ねてからのもう一つの願いさえ聞き入れてくださるという、最高の形で。
ましてやそれほどの力と器量を持っている天上の存在から――自分と同じ――などという、彼女にとって恐れ多い言葉までもいただき、彼女は自分で自分を抑えきることが出来なくなってしまっていた。
(あぁ……これが……まさにこのお方こそが、神)
これが、世界の全存在において、最高位の存在なのだろう。
(わたくしは……ご恩を返せるように、このお方の側に、ずっと着いて行きたい)
現人神の幼女は強くそう思い、心の底から願うのであった。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
やっと落ち着いた幼女に、白夜はスキル<創造>が発動している時の話をしてもらっていた。
「なるほどね〜。<創造>で想像している間はそんな感じだったんだな」
「はい! 主人さま!」
幼女はニコニコ笑いながら話しかけてくれるようになった。
どうやら怒りは収まったようだ。
(いやはや、長い戦いだった。宥めるのに何分かかったことやら)
そして白夜は兼ねてから思っていたことを口にする。
「そういや、姿形は変わったけど……主人さまって言うのは変わんないのか?」
「はい! 変わりありません! わたくしは主人さまがわたくしを必要としなくなる時まで、お側に仕えさせていただきたいと思っています。……えっと、その……ご迷惑、でしょうか……?」
幼女が捨てられた子犬のような円らな瞳で、下からじいっと見つめてくる。
(あっそう……。幼女に主人さまって言われるとか、周りから変な目で見られないだろうな……?)
正直勘弁してほしいが、また泣かれると厄介だ。
常時気やめて欲しいが、ここは先ほどの自分への宿罪として、白夜はぐっとこらえることにしたのだった。
「……いや、よろしく頼む。それと、別に主従関係が嫌だというわけではないが、あまりへりくだらなくても良いぞ。もっと……そう……何だ。仲良くいこう」
ぐっとこらえて、少し重々しく答える。
すると幼女が満面の笑みを浮かべ、気のせいか背後からぱあぁっと後光が差したような気がする。
神様だし、何でもありなのだろうかと白夜は思うことにする。
――自身も神なのだが。
その後、幼女は「はい! よろしくお願いします!」という元気のいい返事とともに、頭をブンと縦に振っていた。
白夜はうんうんと頷き、早速これからの動向を相談しようとするが、また疑問が湧いてくる。
「あ、そうそう。聞きたいことがあるんだった」
「はいっ! 何でしょう? 何でもどうぞ!」
「賢者君は、名前とかないのか?」
幼女のスキル<解析>で見たときも、『賢者の精霊』のままであった。
賢者の精霊というのは長ったらしいし、これから二人で旅をしていくのだから、何か呼べるような名前があればと思い、白夜は問いかける。
「名前ですか……。わたくしは前世の記憶を精霊になる際に失っております。なので、今は名前がございません……」
すると、幼女は自身には名前が無いと言う。
ならば――
「そっか。じゃあつけちゃお」
「――え?」
「ふむふむ……見た目は全身真っ白で、目だけ紅い……よし! 決めた! 君の名前は今日から『コウハク』だ! よろしくなコウハク!」
白夜はグッと右手の親指を天高く突き立てて幼女に向け、そう命名する。
(ふむ、なかなかにしっくりくるな)
ニヤニヤしながらそう満足げに頷いていると――幼女の体が、ぱあぁっと光に包まれ、瞬時に解放される。
「へ……?」などと言ってトボけたような声を出す白夜に対して――なぜなのだろう。
本日二度目のロケットが打ち放される。
ズドンッ!
「あ、あるじさまああああ!」
「ぐふうおあぁ!?」
白夜はまたしばし意識を失い、数分後に起き上がった後、めそめそと泣く現人神の幼女、『コウハク』をまた宥めることになるのであった。