第六十一話 救世主、手玉に取られる。
「わ〜い! やった〜! 上手くいったよ〜! ハクヤさんっ褒めて褒めて〜!」
イルミナは入ってきた男を手篭めにする作戦が見事大成功したことに対して、大層喜んでいる。
「……なっ!? アレほどの大男がイルミナ殿の前でかしづいて……どのような術でござるか……?」
「イルミナのスキル<神祖>の効果だな。魅了したものを眷属とする効果だ」
「な、なんでござるか? その馬鹿げた術は……。それほどの術を使えるとは、イルミナ殿も凄いでござるな……」
「でしょ〜? ふふん〜」
イルミナの活躍により、無事変質者――男を捕らえることに成功した。
今は喜ぶイルミナの前で恭しく傅いている状態だ。
あれからギンにさらに詳しい話を聞き、白夜はその救世主とやらの疑いをより深めた。
その時、ギンを見て不敵な笑みをこぼしたと聞き、相手は必ずギンに接触するはずだと睨んだ。
何かギンにただ事ではないような用事があるのは確かだ。
なので一つ、“罠”を仕込んでおいた。
「よくやったなイルミナ! 偉いぞ〜大成功だ! 大丈夫か? 怖く無かったか? どこか触られてないか?」
白夜はイルミナを褒めた後、少し心配そうに見つめて安否を確認する。
「大丈夫だよ〜余裕余裕〜!」
イルミナはそう言ってにこりと笑いながらピースサインを送る。
少し不安ではあったが、作戦はこうだ。
まず家の中を空っぽにし、ベッドにイルミナだけを寝かせる。――相手を不振がらせないためと、相手の認知に引っかからないためだ。
白夜達は外の窓から中の様子を伺い、何か危険が迫ったら即座にスキル<削除>を打ち込む算段であった。
だが、結果は大成功。
男はすっかりイルミナの虜になってしまったらしい。
スキル<神祖>の効果により、今や立派なイルミナの下僕だ。
「……ねぇねぇハクヤさん。あたしのこと、心配してくれたの?」
「ん? そりゃするだろ。大事な体なんだから」
「……そっか。嬉しいや」
そう言ってイルミナは頬を赤らめた。――やっぱり少し不安だったようだ。
「……そろそろ、本題に入るべきかと、思いますが?」
するとコウハクに極寒の視線を向けられる。――なぜかものすごく怖い。
「お、おう……そうだな。……さて、まずはお前の素性を洗いざらい吐いてもらおうか。変質者君」
白夜は先ほどの変質者――男に向かってそう問いかける。
「……」
しかし、男からの返事は全く帰ってこない。――自分は変質者ではないとでも言いたいのだろうか。
「……あれ? お〜い? 話聞こえてないのか?」
「主人さま。今はアレの完全なる眷属となってしまっているため、アレの命令無しでは、ただの案山子同然かと」
コウハクがアレ――イルミナを指差しながら言う。
「アレって何よ!」
イルミナがムッとしてコウハクを睨みつけるが、「あっそういうことね。じゃあイルミナ、頼む」と言ったら「分かったよハクヤさん!」とすぐに立ち直るのだった。
「じゃあ……おほん。あなたに命じます。ここにおられるお方は私の大切な……大切なパートナーである。私と同じ――いや、私以上の対応を心がけなさい」
「……っ! こ、これはご無礼を! いと美しきなるお方の旦那さま!」
イルミナはこの男に対して、白夜の命令も聞くようにとの命令を下した。――それも威厳たっぷりに。
(こいつ……どこからそんな威厳沸いて出てきた? 俺にも少し分けてくれ。いやまじで)
イルミナは目の前で傅く男の様子を見て大変満足しているようだ。
「――訂正しなさい」
すると突如、ピシャリと水を打ったかのように、冷え切った声のトーンで、コウハクがはっきりと言葉を発する。
「主人さまはソレの旦那などではありません。今すぐ訂正しなさい」
スゴゴゴゴと、もの凄いオーラを背中より発している――気がする。
白夜はコウハクのその様子に対し、少し物怖じしてしまった。
それはこの男も同じようで――
「も、申し訳ございません。訂正いたします。いと美しきお方の……えっと……眷属……さん?」
などとしどろもどろになりながら訂正していた。
白夜が――俺の時は無視だったくせに――などと卑屈に思っていると――
バヒュンッ!
男のすぐ隣を空気弾が目に見えない早さで通り抜けて行った。
それは壁に当たるや否やパンと弾け飛び、もしもそれが諸に当たっていた場合、少なくとも意識が刈り取られていたであろうことを壁の傷跡が物語っていた。
「あろうことか……主人さまをソレの眷属と見まごうとは……恥を知りなさ――」
「いい加減にしなさい」
ゴチンッ。
白夜は少し強めのチョップをコウハクに繰り出し、コウハクを止める。
「ひうっ!?」
コウハクは頭を少し痛そうに押さえ、さすっている。
「コウハク。話が進まんだろ。今はそんなことよりも大事なことがある。そうだろ? 少し端に寄って、静かにしていなさい」
白夜は今回は度が過ぎていると思ったコウハクに対して少しきつめに叱り、部屋の隅を指差し、そこで大人しくしているようにと促す。
すると――
「……はぃ。申し訳……ございませんでした」
コウハクは力なく謝り、顔を俯かせたままトボトボと端に寄るのだった。
(――ちょっとかわいそうだな。後でフォローしておこう)
「……騒がしくてすまない。質問したいことは三つ。お前は何者なのか。この辺りに何をしにやってきたのか。なぜそのようなことをする必要があるのかだ。端的に短くでいい。話すんだ」
白夜は男への尋問を開始するのであった。




