第五十九話 狼少年、信用を得る。
(なんという……善の御心……!)
――このお方、白夜という旅の冒険者は、そのランクは如何程のものなのだろうか――とギンは考える。
少なくともB、いやAランクかもしれない。
白夜からはそれほどの自信と迫力を感じた。
この話をどの村人に話した所で誰も耳を傾けてくれなかった。
それどころか「救世主様に対して、何という無礼を!」と石を投げられ、追い返されたこともあった。
皆が皆、あの疑惑の救世主を信じ切ってしまっていた。――もともとギンの発言力が無かったこともあるのだろうが。
あの者は数々の武勇伝から、近隣の村でも救世主扱いをされている。
最初に見たとき、少し遠目ではあったが確かに村人に対する外面は良いように見えた。
だが、こちらをチラリと見て目があった瞬間、一瞬ニタリとおぞましく口を歪ませたのをギンは見逃さなかった。
そして、その後にほのかに漂う死臭。
疑うには十分過ぎた。
(……あの者は、きっと何か良からぬことを企んでいる!)
――守りたかった。
一人身で育ててくれた、母の故郷であるこの村を。
――分かって欲しかった。
誰かにあの者が危険であることを。
――信じて欲しかった。
誰かに人間と獣人のハーフである自分のことを。
それらを全て叶えてくれる存在が――本当の救世主がここに居る。
旅の冒険者『紅 白夜』
立派で丈夫そうな黒革のコートは恐ろしいモンスターを狩ったことのある証だろう。
彼に付く女性二人もそのコートに身を包んでいる。
この御一行はかなりの実力者と見て間違いない。
そしてこちらの言葉や表情から感情や思考を読み取り、瞬時に把握する何らかの術。
頭脳だって相当切れるに違いない。
何よりも――
(なんと優しいお方なのか……)
母を亡くしたという、こちらのプライベートな暗い事情を深掘りすることなく話を即座に終わらせ、本人も心から辛そうにしているその様子。
そして最後に亡き母からの教訓をこの方が言葉にした時――母と姿が一致したように見えた。
その時ギンは思った。
――この方は母に似て慈悲深いお方だ――と。
「あぁ……なんと……」
その時、ギンはほろりと涙してしまっていた。
この村を救うことが出来ると知り、安堵してしまったからだ。
不安が一気に払拭され、多大なる安心感により今まで溜め込んでいた物が決壊してしまったのだろう。
(……この方なら、きっと村を救ってくれるはずだ)
すると、白夜が何やらギョッとして少し慌てた様子を見せた。
「あ、あれ? 何か傷つけるようなこと言ってしまったか? ごめんな。悪気は無かったんだ……」
そう言って、ポケットから白い綺麗なハンカチを取り出し、差し出してくれる。――そうではないのだが。
――本当にこの方は心優しい――そう思ったギンはみっともない姿を早々と無くすために、涙を腕でゴシゴシと拭い、「大丈夫」と言って断っておいた。
「……少し、溜め込んでいたものが決壊してしまっただけでござるよ。かたじけないでござる、ハクヤ殿。何も傷ついてはおらんでござるよ。むしろ救われたでござる」
そう言って、曇りのない笑顔を見せる。
「ふふっあたしも信じるよ。ギン君のこと」
二人の女性の内、身長が高い方のお方――イルミナがそう声をかけてくれる。
「なんてったって、ギン君かわいいし。こんな子が嘘つくなんて到底思えないよ〜」
「貴女……見た目だけで判断するとはまだまだですね。先ほど主人さまから『誰でも信用して良いわけではない』と、忠告を受けたばかりでしょうに」
二人の女性の内、身長が低い方のお方――コウハクはやれやれと手と首を振っている。
(……この方には、自分を信用してもらえていないのだろうか)
つい不安に思い、ギンはコウハクのことをじぃっと見つめてしまう。すると――
「……安心してください。わたくしも貴方のことを信用していますよ。今助けていただいていることもありますし、スキルで確認した所、貴方からは邪な雰囲気を特に感じませんでしたから」
そう言って微笑んでくれる。
(――良かった)
ギンはそう思い、ほっと胸をなで下ろしていると――
「――それに、何より主人さまが大丈夫と仰ったのです。でしたら何も問題はありません」
「……何よ〜? じゃあ別に信用しても良かったじゃん!」
すると何やら二人の喧騒が始まった。
「だから……誰も彼も信用してはいけませんよってことです。信用に値するかどうかを見分けることが重要なんです」
「えぇ〜? そ、そんなのできるの、ハクヤさんかコウハクくらいじゃない!」
「ふふん! そうですね! わたくしか主人さまくらいのものですね!」
「――あっ! むぅ……! 悔しいっ! ハクヤさん! 何かコツとか教えてよ!」
「……んん? なに? 二人の話、全然聞いてなかった。ごめん」
「「そ、そんな! ご無体な!」」
「……仲良いな。お前ら」
白夜は二人の喧騒に呆れ果てている様子であった。
ただ、ギンにはそれを眺めて楽しんでいる様子にも見えた。
その様子を見て思う。――家族って、こういうものなのだろうか――と。
ギンが今まで経験したことがない、眩しい存在を目の前にして、少し気分が落ちてきてしまったその時――
ぽふり。
突如頭の上に手が乗る。
「じゃあ一つ、お前達に教えておいてやるよ」
その手の主は、頭を優しくすりすりと撫でながらこう言った。
「……かわいいは、正義だ!」
ヘラヘラと笑いながら、空いているもう片方の手の親指をグッと上に突き出し、それを二人のいる方へと向けながらそう言った瞬間、大きい方――イルミナが「ほらね!」と得意げな笑みを浮かべ、小さい方――コウハクは「ぐぬぬ……」と悔しげな表情を浮かべていた。
(このお方に撫でられていると、なんだか落ち着くでござるなぁ……)
二人がまた騒ぎ始めた時、ギンはそう思いながら、頭の心地良い感触をこの時間と共に、深く、深く味わっていたのであった。




