第五十二話 神様一行、出立準備を整える。
「はぁ……疲れた」
あれからコウハクに日が落ちるまで徹底的にしごかれ、白夜の体はあちこち悲鳴をあげていた。
倒れる寸前の所で何とか容赦してもらい、貴賓室にボロボロになりながらも戻ってきて、休養を取っていた。
「すーすー……」
「……お前も疲れてたのな」
コウハクはもう自分のベッドを使う気は更々無いようで、すぐに白夜のベッドに潜り込み、寝息を立て始める。
「――お疲れ様。コウハク」
……カチャ。
(……やはり来たか)
貴賓室の扉を開ける音がする。
その人物はそーっと開けたつもりなのだろうが、生憎白夜はまだ目が覚めているので余裕で気づける。
それは足音を立てず、そろりそろりと忍び込み、白夜のベッドのもう片方――空いている方へもぞもぞと潜り込んで来た。
「……よっ」
「――わっ!?」
だが潜り込んでいる最中にバッチリと目が合ってしまい、とりあえず挨拶をしておく。
「……起きてたの? ハクヤさん」
こそこそと小さな声でイルミナが喋る。
「……あぁ。疲れすぎて、逆に寝れなくてな」
白夜は「困った困った」と手を振り、答える。
「……そうね。こってり絞られてたものね」
じとっとコウハクを見つめる。
「……それはお互い様だろ?」
そう言った後、白夜達は「やれやれ」と二人して言葉に出していた。
「……明日はいよいよ出立だ。もう、準備は出来てるか?」
白夜はイルミナに問いかける。
「……うん。出来てるよ。明日の朝、あたしはここと――仲間達に、別れを告げる」
そう言って、イルミナは白夜の胸に顔を埋める。
「――だからその時は、ハクヤさん。貴方の手で……お願いね?」
その後、イルミナはすっと辛辣な顔を向け、白夜にお願いをする。
「……辛いだろうけど、そうさせてもらうよ」
白夜はイルミナの頭を撫でる。
「……ばか。辛いのはハクヤさんの方でしょ」
イルミナはうっすらと涙を浮かべている。
「……それも、お互い様だ」
白夜はヘラっと笑い、そう返した。
「……もう寝るぞ。おやすみ。また明日な」
そう言って白夜はイルミナの頭から手を離し、布団を掛け、目を瞑る。
「……うん。そうね。また明日……」
イルミナもそう言った後、どこか諦めたような表情をして、静かになるのであった。
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白夜達は起きた後、出立の準備をする。――また二人がキャイキャイ喚いているが、そんなのは御構い無しだ。
無視して一風呂浴びた後、準備を進めるよう指示を出すと二人の喧騒はやみ、黙々と準備をしだした。
これからはしばらく外で過ごさなければならないだろう。
襲われた時のことを考え、城内で見つけた鎧とか、カッコ良さそうな剣を装備しようかとも一瞬考えたが、使い慣れていない者が装備したところで使いこなせそうもないし、むしろ動きにくく邪魔になると冷静に考えたのでやめておいた。
結局いつもの学生服の上に、城内で見つけた黒い丈夫な革で出来た膝の丈くらいある長いコートを羽織って行くことに決めた。
ナイフでも切れそうにないくらい丈夫に出来ているので、少しは防御手段になり得るだろう。
コウハクにも着せる。――しかし、大きすぎてダボダボであった。
「……ダボダボだな。こりゃあ」
白夜は諦めながらそう言う。
「あっ……申し訳ございません。主人さま……」
コウハクは申し訳なさそうに顔を曇らせてしまう。
「はは、謝らなくて大丈夫だよ。お前が悪いわけじゃないさ。しょうがない。少しカットすればいい」
白夜はそう言った後、イルミナにハサミの在り処を聞き、受け取った後、コウハクに手渡しに行く。
丈夫なため、少々苦労するだろうが、これで自分のサイズに合うようにカットしてもらおうと白夜は思っていたのだが――
「? そのハサミは何に使うのでしょう?」
と言って、そこにはすでに丁度いい大きさの黒革コートを着たコウハクが居た。
「――あれ? どうやって切ったんだ?」
「――? 魔法ですが?」
そう言って指の先に風を纏う。まさか――
「……かまいたちか?」
「その通りです。風で刃を作りました」
(まじかよ!? 習熟早いな……)
昨日イルミナから習った魔法をもう使いこなしているようだった。――しかもあれほど丈夫な皮を切断するほどの威力で。
白夜はコウハクの頭の良さに驚く。
(……あ、よく考えたらこいつ、生前賢者だったわ)
最近の暴走振りを見てすっかり忘れていたことを思い出し、白夜は心の中で「ふっ」と笑う。
「すごいな! もう使いこなしたのか! さすがだな〜」
そしてコウハクを褒め、頭をポンポンと撫でる。
「――っ! はいっ! ありがとうございます! ……なので、主人さまに教えて差し上げることも、もちろん可能ですよ?」
コウハクが期待するように、じいっと白夜のことを見つめる。
「おぉ〜そうかそうか。それじゃあ、またお願いするよ」
もちろん白夜もそういった魔法が使えるようになりたい。
なので快く了承する。
すると満面の笑みを浮かべたコウハクの背後にぱああっと後光が差したように見え、その後「はいっ! 一緒に、頑張りましょうねっ!」と元気よく返事をし、大変満足そうにブンブンと首を縦に振って頷いていた。
(おぉ〜張り切っちゃってまぁ)
コウハクのやる気の高さに感心していると、白夜は何やら悪寒を感じ、ふとその方向へと顔を向ける。
するとイルミナがまるで不快なものを見るかのような物凄い形相でこちらを睨みつけていた。――めちゃくちゃ怖い。
「……どした? イルミナ?」
「……別に? いいんじゃない? コウハクから、色々教えてもらったら」
イルミナはそう言った後、プイッと顔を背けてしまった。
「……そうか。あ、そうだ。お前もこのコート着とけよ」
「……ん? えぇ〜? このドレスじゃだめなの〜?」
グルンとこちらに顔を向け、不満の視線を向けて来る。
「お前な……そんな目立つ物着てどうする。俺とコウハクはこんな格好してるのに、お前だけドレスだと怪しさ満載だぞ。もうちょっと地味なやつ着なさい」
ビシッと人差し指をイルミナに突き立て、注意する。
「えぇ〜? もぅ……しょうがないなぁ。じゃあ……ほいっ」
イルミナがそう言って指をパチンと鳴らすと、イルミナの体が一瞬光の渦に包まれ、それがパッと消えた後には、そこに学生服を着たイルミナの姿があった。――白夜とお揃いの。
「えへへ〜どうよ?」
「――なっ!? なんだそれは! どうやった!?」
白夜は驚愕の表情を浮かべる。
イルミナが突如魔法少女の如く、一瞬で変身したのだ。――そりゃ驚きもするだろう。
「あたしのスキルよ。ス・キ・ル!」
イルミナは「ふふん」と得意げな顔を浮かべ、豊満な胸をドーンと張る。
(スキルだと……? まさか……変身能力か!)
イルミナの変身能力は服にまで影響を及ぼせるらしい。――神となったことで服も神器と化し、影響を受けるようになったのだろうか。
しかし、白夜のシャツということも相まり、胸の部分がパッツンパッツンになってしまっている。――更に胸を張っていることも相まり、今にもボタンが弾け飛びそうだ。
「えへへ! ハクヤさんとお揃いだね!」
「――っ!? 主人さまと……おそ……ろい?」
何やらコウハクがゴゴゴとまずそうな雰囲気を醸し出している。――ここは速やかにフォローをしておくべきだろう。
「おいおいお前なぁ……それ男用だぞ? 胸も苦しいだろ? いいか? 女用はな……」
白夜は机に置いてある紙とペンを持ち、すらすらと紙にペンを走らせ――
「……出来た。ほれ、こういうやつだ。名を『セーラー服』と言う。着替えるならこっちにしときなさい」
そしてイルミナに書いた絵をひらりと見せ、これに着替えるように促す。
「……おぉっ!? 何これ〜! ちょ〜かわいいっ! ハクヤさん結構上手なんだね! 絵を描くの!」
イルミナは白夜の描いた絵に大興奮だ。
白夜は「そ、そうか?」と言いながら頬をぽりぽりとかいた。――ちょっと嬉しかった。
「ふむふむ、なるほど……。おっけー分かった! やってみるよ〜。それじゃあ……ほいっ」
そう言ってまた光の渦がイルミナを一瞬包み込み、それがパッと引くと、そこにはセーラー服姿のイルミナの姿があった。
上は大きな白い襟に、赤いリボンネクタイを通してある白のYシャツ。
下は赤と黒のチェック柄のプリーツスカート、ひざ下丈の白いソックス、黒いロンファーを履いていた。――素晴らしい。
「おぉ……素晴らしいぞイルミナ! 上は清純を思わせる純白のシャツ! なのに下は秘めたる攻撃性を表したかのような赤黒いチェック柄のスカート! スカートとソックスの間からチラリと覗かせた、健康的な肌色をした絶対領域が眩しい! 満点! 百点満点だ!」
白夜は秘めたるオタク魂を解放し、ベラベラと喋り倒してイルミナにグッジョブサインをグッと突き立てる。
「え、えへへ……褒められると嬉しいけど、ちょっとこの格好恥ずかしいね。下がスースーするっていうか……」
イルミナはもじもじとスカートの端をつまんで伸ばし、恥ずかしそうにしている。――その仕草と表情もベリーグッドだ。
「あんの小娘……また主人さまをだらしない体で誘惑して……バラバラに切り刻んでやりましょうか……」
何か物騒な言葉がブツブツとコウハクの居る方向から聞こえてきた気がするが気のせいだろう。
白夜はイルミナの素晴らしい姿に感服し、ただうんうんと頷くのであった。




