第五十一話 現人神、魔法を発動する。
白夜は文字が読めないことに対する事の重大さを噛み締めていた。
これでは魔法を習うどころの話では無い。
すると――
「じゃあさ、そこは置いといて、まずはあたしの描いたこの術式魔法陣に魔力を流し込んでみてよ」
イルミナが描いた術式魔法陣をチョンチョンと指差しながら言う。
「う〜ん魔力を流し込むねぇ……どう言う感じでやるもんなんだ?」
(俺は今までそんな体験したことないからな……。キッチンの石には元々魔力が込められてたから、教えられた通り適当に「ファイア」とか言ったら火着いたし……)
そう思った白夜は魔法の先生――イルミナにコツを聞いてみる。
「う〜ん……最初は指先に体内の秘めたる力を集めるような感じでやると良いと思うよ。慣れると感覚が掴めるようになってくるから、毎日やるとすぐに慣れるよ」
そう言って、イルミナは白夜の右手を取る。
「最初は感覚掴むの難しいと思うから、一緒にやってみよっか」
イルミナはにっこりと微笑む。――コウハクはギリリと歯ぎしりし、恨めしそうに睨む。
「分かった。じゃあ頼む」
そう言って白夜はイルミナに手を引かれ、術式魔法陣に人差し指を置く。
「目を瞑って……指先に、全身の秘めたる力を溜めるような感じで……」
白夜はイルミナの言う通りにし、指先に力を溜める。
すると、指先にザワリと力の渦のような物を感じることが出来る。――これが魔力なのだろうか。
イルミナは「そうそう。良い感じ」と言ってくれる。
どうやら上手くいっているらしい。
「後は、それを指先から……思いっきり、解放するの。……いい? いくよ? スリー……ツー……ワン……はいっ!」
そして白夜は一気に指先に集まった力を解放する。
すると、白夜達を中心に風の渦が部屋に発生する。
それはビョウビョウと吹き荒れ、まるで嵐のように強く、周りの家具をバサバサ、ガタガタと吹き飛ばしてしまっていた。
「――っ!? ちょ、おいっ!? これ力強すぎないか!?」
「慌てないで! 落ち着いて、力を自分の感覚でコントロールするの。吹き荒れる風をやませるイメージを、魔力で作るのよ。さっき魔力の渦を感じてたでしょ? それを自分の感覚で沈めるの。いい? いくよ? スリー、ツー、ワン、はいっ!」
白夜は言うがまま、指先に感じていた魔力の渦を「えいやっ!」とパッと消し去るようにする。
すると、先ほどまで嵐の中心に居た筈が、まるでそんなことは元から無かったかのように綺麗さっぱり無くなっていた。――ただし、家具がグチャグチャになっているので、確かにあの嵐が先ほどここに存在していたようだ。
「……凄い」
白夜はぽつりと言葉を漏らす。
「――どう? 初めての魔法は。今のが風属性術式魔法<ウインド>よ」
イルミナはニッコリと微笑み、白夜に喋りかける。
「うおぉっ! 凄い凄い! 何あれ!? すげえ! かっけぇ! あはは!」
白夜はとてつもない体験にテンションがハイになり、子供のように騒ぎ、イルミナの両手を取ってブンブンと振る。
「もっかい! もっかいやりたい!」
「え、えぇ〜? やめとこうよ〜。ハクヤさん、思った以上に適正あったみたいだし、これ以上やると、色々壊れちゃうかもよ?」
「外! 外でやるから!」
「もう……分かったよ。じゃあもう一回だけ、一緒にやろっか? えへへ――」
ヒュンッ!
その瞬間、イルミナと白夜の間をとてつもない速さの何かが通った。
その何かが来た方向をゆっくり、おずおずと見てみると――コウハクが悪鬼羅刹の如き、今まで見たことも無いような恐ろしい悪相をして、白夜達に向けて人差し指の先を向けていた。
「……もう、練習は、よろしいのでは、無いでしょうか?」
その表情のまま、ニッコリと笑みを向けられるが、残念ながら全く好意的に感じない。
「「あ……はい……」」
白夜達はカチーンと固まってしまい、言葉短くそう言ってしまう。
「……いつまで、手を握っておられるのですか?」
そう言われた瞬間、白夜達はハッとなり、互いの手を瞬時に離し、まるで無かったことのようにする。
「……次は、わたくしの戦闘訓練ですよ。お二方、徹底的に教えて差し上げますから。……覚悟していてくださいね」
そう言って、スタスタと部屋の入り口へ歩いていく。
「……何をなされているんですか? 外へ行きますよ? また、ここが荒れてしまうと、いけませんから」
そう言って、ガチャリとドアを開け、バタンッと閉めて出て行ってしまう。
「「……」」
白夜達二人はコウハクの荒ぶる気迫によって、カチンコチンに凍ってしまっており、しばらく解凍に時間がかかってしまった。
やがてようやく解凍が済み、白夜が重い腰をあげようかと思った瞬間、イルミナが白夜の服の裾をつまみ――
「……また今度、一緒にやろう……ね?」
と頬を染め、少し恥ずかしげに白夜を見つめながら言って来た。
「……あぁ。そうだ――」
バタンッ!
「いつまで待たせるんですかっ! 遅いですよ二人ともっ!」
「「――っ!? は、はいいぃ!」」
「早くしてくださいっ!」
コウハクはそう言って、ずんずんと先へ進んで行ってしまう。
白夜達も慌てて立ち上がり、コウハクの後ろに着いていく。
すると――
「それからっ! もう『今度』なんて……絶対、絶対! 来させないんですからねっ!」
と言った後、「うわあああん!」と言って泣きながら走り去って行ってしまった。
(……え、何? どゆこと?)
白夜達はその後、羅刹の如きコウハクのキレッキレの空手演武のような武芸を目の当たりにし、徹底的に体に叩き込まれ、教え込まれるのであった。




