第四十九話 現人神と真祖、城内散策する。
白夜達はイルミナの秘密の場所から城へと戻り、その日は各々休むこととした。
コウハクの負担も大きかっただろうし、イルミナも度重なる種族変更で精神的に疲れているだろう。
残りのことは明日に託すこととし、皆眠りについたのだった。――こう言うと白夜だけ仕事してないように見えるが。
チュンチュンチュン。
そして朝が来た。
恐らくこの城に世話になるのも、今日と明日の朝で最後だろう。
寂しい気がするが、この城は日が経つ度に危険度が増す。
早い所準備を進めなければならない。
白夜は目を開き、体を起こすと――
「「すーすー……」」
「……んん?」
その場所――白夜のベッドの両脇には少女が二人居た。
いつものごとくもう一つのベッドに寝ていた筈のコウハクが寝ているのは分かる。――分かっちゃいけないのかもしれないが。
だが、もう一人の少女――イルミナはそもそも部屋が違うはずだ。
いつもの豪華そうなドレスは着ておらず、寝やすそうな黒と紫のワンピース――ネグリジェを着てすやすやと気持ち良さそうに寝ていた。
「こいつ、いつの間に潜り込みやがった……」
白夜は「はぁ」と溜息を一つ零し――
「父親っていうのも、大変な者なんだな。イルエスよ」
今は亡き友の苦労を分かち合えた気分になり、白夜は二人を起こすことなく風呂場へと歩き出すのであった。
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「ふぃ〜さっぱりした。今日の朝風呂も優雅な一時を過ごせた。明日で最後となると、心惜しいなぁ……」
白夜は城の豪華な風呂を後にし、部屋に戻ると――
「なんで貴女が主人さまのベッドに潜り込んでるんですか!」
「コウハクも入ってたじゃん! 何よ〜!? あたしはこの城の主よ! あたしがどこで寝ようったって、別に良いじゃない!」
「何を〜! そんなはしたない格好までして!」
「は、はしたないって、これが寝る時用の服なのよ! 貴女が普段着てる服とほとんど変わらないじゃない!」
「うぐぅっ!? 服は変わらなくても、体は違うんです! そのだらしない体で主人さまを魅了しようったって、そうはいきませんから!」
「い、いや、別に、そんなこと、考えてないし!? ただ寂しいから、ハクヤさんのベッドに、忍び込んだだけだし!?」
「スキルで見るまでもなく、慌てふためいてるじゃないですか! ダメです! そんなこと絶対に許しません! 主人さまの清いお体は、わたくしが守り抜くんですから!」
二人娘が朝早くからキャイキャイ喚いて口喧嘩をしていた。
まさかこれから毎朝このような日常を送ることになるのだろうか。
(……イルエス、頼むから、戻って来てくれ)
白夜がそう思うと、心の中のイルエスが「頑張れ!」と言ってウインクをしていた。――取り敢えず、地獄に落ちろと願っておいた。
白夜は諦めて二人娘の喧騒に足を踏み入れ、調和しに行くのだった。
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あれから二人を何とか落ち着かせ、本日の仕事である城内散策を行なった。
イルミナを案内役にし、白夜とコウハクが気になった物を調べて回っていた。
この『ヴラッド=シュタイン城』は、吸血鬼の王族のみが住まう城ということもあり、城としての規模は小さいらしい。――それでも白夜にとっては十分過ぎる大きさなのだが。
だから丸一日かけて散策をするはずが、優秀な二人のおかげでほとんど時間をかけずに終わってしまった。
ただ、破壊の跡が酷く、昨日イルミナに集めてもらった以上の物はこれ以上この城内には無さそうだった。
それでも城内全域全てを見回り終え、今はこうして貴賓室に戻り、今後の行動方針を建てている最中だ。
「一番の問題は、無事に国に入れるかどうかだな……」
現状の問題。
それは――国に入れるかどうか。
(唯でさえ、各国が睨み合っているというのに、身分のない者が入国できる筈が無いだろう……。イルエスは吸血鬼をダシに使えと言っていたが……それだと後々面倒事に巻き込まれそうだしな……)
そこでふと思い出す。
(……待てよ。そういえば、イルエスは近辺の人間の村が潰れてしまっていると言っていたな……。もしかしたら何か魔物にでも襲われて、村が潰され回っているのかもしれん。これを退治してダシに使えば、村を救った救世主として入国許可が降りるやもしれんな。悪い奴が居るなら退治しておきたいし)
ほんの少しの希望が湧いて来たのだった。
「……ふむ。二人とも。俺達は明日の朝にはここを出ることにする」
白夜は今まで失ってきた威厳をここらでちょいと取り戻しておこうと、重々しく二人に確認する。――これからは二人の父親分として、頑張らないといけないのだ。
「分かってるわ。ハクヤさん」
「かしこまりました。主人さま。すぐに出立の準備を――」
「まぁ待て」
白夜は先を急ごうとする二人を止め、話を続ける
「最終目標は変わらんが、少し方針を変える。俺達はその後、歩いて馬車に乗れるような所にまで行き、この辺りの村についての情報を集めよう」
「それは……如何なる理由でしょうか?」
コウハクが理由を聞いてくる。
「ふむ。イルエスが言っていた、村が潰れているという話が気になってな。もし村が何者かによって襲われているのであれば、救うためだ」
白夜は端的に短くそう答える。――コウハクなら短い言葉で色々通じるだろう。
「なっ! そ、それは……」
その後、コウハクは驚愕し、少し黙ってしまった。
「……主人さまはこう仰いました。未知に挑むのは危険だと。なのに、主人さまは未知なる危険に身を置こうとしていらっしゃいます。これはどういうお考えなのでしょうか?」
「……確かにそうだねぇ」
二人は疑問に思っているようだ。――少しだけ補足しておこう。
「……そうだな。それは、これが必要なことだからだ」
(……だめだ。上手い言葉が思いつかなかった)
白夜はいきなり質問という名のジャブを受け、先ほど考えていた言葉がとっさに思いつかず、つい代名詞ばかり使用してお茶を濁してしまう。
(はぁ……威厳出そうとするから……)
「――っ! そ、それは……そうかもしれませんが……」
コウハクは顔を歪め、悲痛な表情を浮かべている。
(……え、なんで?)
「え? なに? どういうこと?」
イルミナは何が何だか良く分からないといった顔をしている。
(奇遇だな。俺もよく分からんぞ……)
「……貴女、分からないのですか……? 主人さまは、ご自身のお身体よりも、今現在襲われているかもしれない、村人達の身を案じているのです!」
(……へ?)
「――なっ!? ハ、ハクヤさん!? いくらなんでも人が良すぎるよ! そんなことして、ハクヤさんが死んじゃったらどうするの!?」
「お、落ち着け、イルミナ。何も死ぬことはないだろ……多分」
(俺も落ち着きたいから……)
「そ、それに――そんなことはないだろ? そんなことは。……人助けをすることは当たり前じゃないか。な?」
白夜はとっさに考えたことを口から出し、場の平定を試みる。
すると――
「なっ!? あ、貴方って人は……! あたしの気も知らずに……!」
「主人さま……たまにはご自身のお身体のことを考えてくださいませんか……? わたくし、心配で、身が張り裂けそうです……」
そう言うと、二人は表情に哀れみを浮かべ、白夜を見る。
(……なんか二人が可哀想なものを見るような目で俺を見てくる。少し怒ってるっぽいし……くそ、失敗したか)
白夜は少しショックを受ける。二人がこれ程までに自分の身を案じてくれていたとは。
――二人は自分の身の丈にあった態度を取るようにと言っているのだろう。
(もういいや、威厳出すのやめよう。俺には向いてないんだな……)
白夜は威厳を出すのをやめ、いつものようにヘラヘラと笑いながら――
「ごめん。上手くないよな。だけど……そういう性だからな」
と答えた。
(俺ってどうも上に立つのって苦手なタイプなんだよな……。二人の父たる威厳を出そうとすると、失敗する。これからはもう普通に接しよう)
などと呑気に考えていると――
「――っ!? うぅっ! そ、そこまで言われてしまうと、断るにも断れないではありませんか……」
「……っ! ほんと、ハクヤさんって、ずるいよね……」
二人は「そうだね(ですね)」と答え、静かに涙を流していた。
(……どう言う状況? 泣くまで俺に哀れみの目を向けなくても良くない……? お父さん、悲しいぞ……)
白夜は状況に着いて行けず、今後は年相応な対応をすることとし、威厳を出すような行為は今後慎むよう、心がけるのであった。




