第四十話 現人神、友の思いを受け継ぐ。
あれから一晩が過ぎ、朝がやってくる。
白夜達は貴賓室に戻り、二つあるベッドで各々別々に寝ていた――はずだった。
「すーすー……」
腹部に違和感を感じた白夜が布団の中を覗き込むと、コウハクが白夜のベッドにいつの間にか潜り込み、すやすやと心地良さそうに寝息を立てていた。
(こいつ……いつの間に……)
白夜は「はぁ」とため息を吐き、コウハクを引き剥がしてそのまま放っておき、朝風呂を楽しみに行く。
湯船に湯を張り、待っている間にコーヒーでも淹れようかと思い、ふと思い出す。
(そういや……イルエスが美味いコーヒーの調味料があるとか言ってたな)
しかし、文字が読めない白夜はあれからその調味料にありついてはいない。
気になると、ずっと気になるものだ。――例の件然り。
(……気分転換だ。コウハク持って、探しに行くか)
白夜はまだベッドですやすや寝ているコウハクをそのままヒョイと持って行き、王の居住空間にあるキッチンへと足を運ぶのであった。
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白夜はコウハクを持って王の居住空間内にあるキッチンに着く。
コーヒーの準備をした後、まだ寝ぼけているコウハクを問いただし、調味料を探す。
「コウハクよ。『S』という装飾があしらわれてある調味料を探すんだ」
「ふぁい……『F』でしゅね……」
「……違う。『S』だ」
「あぁ……『N』でしゅね……」
(だめだこいつ……)
白夜は仕方なく、コウハクを無理やり覚醒させることにする。
「おらっ! さっさと目覚めろ!」
そう言いながら白夜はコウハクの脇腹をくすぐる。
「ひんっ!? や、やめてくらひゃい! あるひひゃま! あひゃっ! あひゃひゃひゃひゃ!」
しばらくそんな感じでくすぐり続け、最初はくすぐったそうにもがいていたコウハクが少しぐったりしてきた所で止める。
「ふぅ。さぁ、調味料を探すんだ」
白夜は少しさっぱりとした気分を味わい、コウハクに問いかける。
「はぁっ……はぁっ……はぃ……。探ひ、まひゅ……探ひまひゅからぁ……」
コウハクは体を震わせ、息も絶え絶えとなっている。
(あらら……しまった。やり過ぎたな……申し訳な――)
「はぁ……ま、また……お願い……ひまひゅ」
(――くはないな。うん)
コウハクは息を荒げながら体を震わせ、頬を染め、何かを求めるように薄く目を開き、こちらを見つめながらそう言った後、パタリと事切れた。
「おう。考えてやるよ。じゃ、さっさと探すか」
白夜はそれを軽く流しておき、目標達成を目指す。
とりあえず、上の戸棚にはコウハクが届かないので、上にあるもの全てを出してみることにする。
鍋、鍋の蓋、ボウル、何かの液体が入った小瓶、何かの細かい粒が入った小瓶を取り出すと――
「……ん? これは……」
その何かの細かい粒が入った小瓶の下に、手紙が二つあった。
文字が読めない白夜はコウハクへと差し出した。
すると一つは「紅様へ」、もう一つは「イルミナへ」と書かれているらしい。
差出人は――イルエスだ。
白夜は手紙を開け、コウハクと読んでみる。するとそこには――
――――――――――――――
――我らが救世主 紅 白夜様へ――
この手紙が読まれていると言うことは、恐らく私はもうこの世には居ないのでしょう。
……なんて、一度は書いてみたかったんですよね。あはは。
さて、私が亡くなった後は、我が娘を何卒よろしくお願い致します。
あれはまだ力はありませんが、強い子です。
ですが、まだ脆い部分があります。
もし、紅様とあの子がすれ違ってしまった場合は、もう一つの手紙をイルミナに差し出してあげてください。
きっと、悪いようにはしないはずです。
それでは、貴方様方のご活躍を、心よりお祈り致します。
コウハク様にも、よろしくお伝えください。
――最後の吸血鬼の王 イルエス・ヴラッド――
p.s. この小瓶の調味料を入れて、コーヒーちゃんと味わってくださいね。
――――――――――――――
「……あのおっさん……キザなことするじゃん……」
「ですね……主人さま」
恐らく近い将来、白夜とイルミナがぶつかることを見抜いていたのだろう。――さすがは父親だ。
「……イルエスに助けられたな。コウハク、すまないがこの手紙を頼む。俺よりかはお前の方がまだ会ってくれるはずだ」
「かしこまりました! では、行ってきます」
そう言ってコウハクは手紙を持ち、イルミナの部屋へとパタパタ向かって行った。
白夜は丁度コーヒーを淹れるためのお湯が沸いたので、コーヒーカップに焙煎されたコーヒー豆を挽いた粉を入れた紙パックを立て、お湯をゆっくりと回し淹れる。
カップ一杯にドリップさせた後、例の調味料を少し多めにさっとふりかけ、マドラーで混ぜて一口飲む。
すると――
「――っ! ブハッ!? 何これ!? しょっぱ!」
その例の調味料の名は――恐らく、塩。
「ゲホッ……あのおっさん……! やりやがったな……!」
白夜はしょっぱいコーヒーという煮え湯を飲まされ、イルエスに一本取られるのであった。――この場合、一杯だろうか。
いたずらに成功した者は今頃上でゲラゲラ笑い転げていることだろう。
「くっそ……やられた……。しかし、俺がこの世界で飲んだコーヒーは、全部しょっぱいな……」
次こそは美味いコーヒーにありつきたいと思いながら、白夜はイルミナとの今後の関係について、考えておくのだった。




