第三十六話 吸血鬼の王、最後の昼を過ごす。
白夜達四人は玉座の間に集まっていた。
以前のドッキリ大作戦が大成功し、イルミナは大変満足そうにしている。
イルエスの方は、あの後から頭を片手で押さえ、なんだか疲れたような表情をしたままだ。
「一応、イルミナさんの意思表示の元にやりましたから。勝手に改造したわけじゃ無いですよ?」
白夜は一応、補足説明をしておく。
「いえ……そこは特になんとも思わないのですが……まさか娘が『真祖』になるとは……」
「えへへ〜。どうよ!」
イルミナが「ふふん」と得意げなドヤ顔を浮かべている。
「……ふふっ。あはは!!」
するとイルエスが急に笑い出した。――ついにとち狂ったのだろうか。
「本当に、貴方達は愉快だ! まさか最期の日まで私を驚かせ、楽しませてくれるとは! あはははは!」
イルエスは腹を抱えてゲラゲラ笑っている。――もう笑い死ぬんじゃないかと思うくらいに。
「……本当にありがとうございます。お二方には、感謝してもしきれません」
と思っていたら、ピタリと笑うのを止め、いきなり真面目な顔つきになった。
「私の最後の不安は、娘のことでした。まだ力がついておらず、果たして危険から自衛出来るのかどうか不安でしたが……」
イルミナの方を向き、微笑む。
「全く問題なさそうですな。あのような初期ステータス、お二方以外初めて見ました。将来どうなることやら……」
イルエスは少し惜しそうにイルミナを見つめる。
「ふふ〜ん。残念ながら、生では成長見届けられないね〜。お父さんは天国からお母さんと一緒に、あたしの成長を見守ることね〜」
イルミナは腕を組んで少し踏ん反り返り、自信満々に答える。
「はっはっは! そうだな。イリエルと共に、上から見守っているさ」
イルエスは楽しそうに笑う。
「――それに、お父さんとお母さんは、あたしといつでも一緒よ」
「……ほう?」
「この種族、『真祖』はお父さんとお母さんの種族の混合種族なの。ハクヤさんのスキルが発動している時、夢の中みたいな空間で二人は言ってくれたわ。『お前の強さに私たちも加えて』ってね」
イルミナはイルエスに向けて微笑む。
「だから、あたしはもう大丈夫。お父さんの優しさと、お母さんの強さが合わさったあたしは最強よ! だから……安心して、お母さんに会いに行ってね」
その表情に曇りはない。ようやく、イルエスに対して別れの言葉を言えたようだ。
(よかったな。イルミナ)
「……そうか。強くなったなイルミナ」
イルエスの表情も清々しいものだ。
「……イルエスさん。俺達に出来ることはこのくらいです。本当は貴方の命も救いたかった。だけど……今の俺達では不可能でした」
白夜は悔しげに顔を歪めてしまう。
「本当に申し訳ない」
謝るべきではないだろうこの状況でも、空気を読まずに謝ってしまった。
「……十分過ぎますよ。本来なら私は昨日命を失っていたのです。その寿命を一日伸ばしていただき、私の不安を完璧に取り除き、さらには私の娘を吸血鬼の神と言える存在にまで仕立て上げた貴方様に対して、これ以上何を望むことやら」
イルエスは恭しく俺たちに礼をする。
「ありがとうございました。紅様。コウハク様」
それは正に神に対する礼儀だ。
目の前の対象に対して深々と頭を下げ、この上ない敬意が伝わってくる。
それを見て白夜は少々救われたかのような気持ちになる。
「……主人さまは当然のことをなされたまでですよ。お顔をお上げください」
コウハクがイルエスに促す。
「……湿っぽくしてすみません。頭を上げてくださいイルエスさん。せっかくですし、イルミナの種族変更と、新しい門出を祝うとしませんか?」
白夜は笑顔を作り、イルエスにそう提案する。
「はっはっは。そうですな! とは言っても、もうこの城にはコーヒーくらいしかありませんがな!」
イルエスは頭を上げ、楽しそうに笑いながらちらりとイルミナを見る。
白夜も同じくコウハクを見る。――ギョッとしている。
「それは良いですね! みんなで仲良く、コーヒーで祝杯をあげるとしますか! ハハハ!」
白夜はイルエスの悪ノリに付き合う。だが――
「「お茶でも良いと思います!」」
と、頑なに言う二人に押し切られ、結局お茶で祝杯をあげるのであった。




