第三十二話 現人神、吸血鬼の娘を招く。
(さて、そろそろ落ち着いてるだろうか)
白夜は朝風呂を終え、すっきりした気持ちで貴賓室を出て行く。
(いやはや、豪華な風呂であった。風呂の中でさえも城だった。うまく言えんけど)
そう気分良くしながら廊下を確認すると――
「貴女のせいで、主人さまに絶対嫌われました……」
と言って、絶望しながら体育座りして落ち込んでいるコウハクと――
「いや……あたし、どう見てもトバッチリでしょこれ……」
と言って、隣で体育座りして呆れ果てるイルミナが居た。
「お前……まだやってんのか?」
白夜が声をかけると、コウハクがこちらの方向へと顔をグルンと向け、瞬時にぺたぺたと走ってくる。
以前までなら恐らくロケットスタートだっただろう。――少しは反省しているようだ。
「主人さまぁ!」
コウハクがべそをかきながら白夜の目の前まで走って来た。
「はいはい。もう許してやるから。さっさと泣き止め」
取り敢えずやって来たコウハクの頭を撫で、泣き虫を落ち着かせる。
「イルミナさん。ご迷惑をおかけしました。あれはコウハクが布団に潜り込んでただけなんです。誤解させてしまい、申し訳ない」
白夜はイルミナに謝罪して頭を下げる。今回の件はイルミナにとってトバッチリのようなものだろう。
白夜は一緒に放り出してしまったイルミナに対して申し訳なく思っていた。
「……ほら、コウハクも謝りなさい」
白夜はコウハクの両肩を持ち、クルッとひっくり返して体をイルミナの方へと向ける。
「――っ! う、うぅ……ごめんなさい」
(一瞬何か葛藤したな……)
コウハクは恨めしげにイルミナを見つめるが、それでもなんとか謝罪することに成功する。
「あぁ……いえ、大丈夫です……。はい」
イルミナは諦めたように謝る。――その姿に不思議とイルエスが重なる。
「さて、お待たせしてすみません。取り敢えず、貴賓室に戻りましょうか」
白夜は二人を連れ、貴賓室へ戻るのだった。
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今貴賓室に居るのは白夜とイルミナの二人だけだ。
コウハクには今風呂に入ってもらっている。
しかし、神様と言うのは汚れない存在らしく、身に着けている物は神器と化し、排泄物も無いので臭いや垢などの汚れを心配する必要は全く無いと言われて断られたが、「気分転換だ」と言い聞かせた。
それでも「そんなに二人きりになりたいんですか!」と悔しそうに言っていたのでもう面倒になり、「じゃあ俺の残り湯捨ててくる」と白夜が言うと瞬時に入りに行った。――どういうことだろうか。
「なんか騒がしくてすみませんね。それと先程はトバッチリですみません」
白夜は残ったイルミナに対し、再度謝罪する。
「あぁ……その、いいですよ。それと、別にもう畏まる必要もありません。コウハク様に接するように、気楽に接していただけるとありがたいですわ」
イルミナはそう言って微笑みつつ、許してくれる。
「あ、そう? いや〜助かる。あぁいうの苦手なんだよな」
白夜は態度を崩し、ヘラヘラと笑う。
「イルミナも、俺とコウハクに畏まらなくていいぞ? どうせしばらく一緒に旅するんだし、気楽にいこう」
そしてグッとグッジョブサインをイルミナに突き出した。
「う〜ん……それは、つい最近出て来たというか……何と言うか……」
イルミナが悩み始めた。
「……うん。まぁいっか。じゃあハクヤさんって呼んでもいいかな?」
「おぉ、いいぞいいぞ〜大歓迎さ」
思えば白夜は異世界に来て『紅様』とか『主人さま』としか呼ばれたことがない。
一高校生が様付で呼ばれ続けるのはなんだか慣れない。
大げさな敬称無しに呼ばれただけで、ものすごく安心感を感じる。
「よろしくな。イルミナ」
「よろしく。ハクヤさん」
白夜達は互いに名前を呼び合う。
(あぁ……いいな、こういう関係……)
白夜がそう切に思っていると――
「……主人さま? 何やら良い雰囲気のようですね?」
と、せっかくお風呂でほっこり温まってきたはずのコウハクがキンキンに冷え切った極寒の視線を向けていた。――イルミナ譲りだろうか。
「なぜ……そのように急激に距離が縮まったのですか? 昨日の夜、何があったのですか? 泥棒猫にあった心の障壁が無くなっているようにも見えます。 ……まさか貴女! 主人さまと何か如何わしいことを――」
「いい加減にしなさい」
ビシッ。
コウハクが何やら危ない目をしながら問い詰めてくるので、白夜はそう言いながらコウハクの頭にチョップをする。
「ひうっ」
コウハクは小さく悲鳴をあげた。
「昨日イルミナの部屋に行ってしたことは、俺達に着いてくるかどうかっていう話だけだ。そこでイルミナはどちらにせよ、まずは『強くなりたい』と言った。だから俺が力を貸すことにしたのさ。コウハクにやったように、<創造>で種族変更してな」
白夜は説明する。
「そうだったのですか……何もやましいことは無かったのですね……。イルミナさん。申し訳ありませんでした」
コウハクが本当に申し訳なさそうに謝罪している。――今度はちゃんと謝れたようだ。
「えぇ。大丈夫よ。だけど……コウハクって、本当にハクヤさんのことが大好きなのね。貴賓室の外で待ってる時も、ずっと主人さま主人さま〜ってブツブツ言ってたし」
イルミナがいたずらな笑みを浮かべ、コウハクに話しかける。
「へ!? い、いや! 別にそういうのじゃ――」
「そうだぞ。イルミナ」
白夜はすかさずカットインを決める。
「こいつは俺に対する信頼が何かの間違いで狂信の域に達しているだけだ。色々勘違いして、俺がなんかスゴイ奴だって勝手に思い込んでるのさ」
そして「やれやれ」と手を振りながら答える。
「……そうですね」
コウハクが面白くなさそうに吐き捨てる。――反論出来ないようだ。
「あはは。そうなのね。いや、そうかもね」
イルミナが笑う。
(良かった。取り敢えずは邪険な雰囲気を取っ払えたか)
白夜は一人邪険な雰囲気を放つ者に気づくことなく、安堵していたのだった。




