第二十九話 吸血鬼の娘、決断する。
(ど、どうして……?)
イルミナは白夜が話をしている最中、こう繰り返し思っていた。
――どうして、ここへやってきたのか。
――どうして、自分の『弱さ』に自己嫌悪しているのがバレたのか。
――どうして……自分に対して、手を差し伸べてくださるのか。
数々の疑問が湧き、イルミナはとりあえず最後の疑問を口に出し、白夜に問いかける。
すると「か弱いものを助けるのは当然」と彼は言った。
その時、イルミナの中で、何かが爆発するような感覚が襲ってきた。
(何これ……どうして……)
――どうして、私は安心しているのだろう。
さっきの言葉は「お前は弱い」と言われたも同然。
なのに、そんなイルミナに対して現れた感情は怒りでも悲しみでも無く、安心感であった。
それがなぜなのか考えた時、あることが分かった。――この方は、両親に似ている。
父、イルエスのような慈悲深さ。
母、イリエルのような心の強さ。
そして何より、先ほどの「か弱いものを助けるのは当然」と言う言葉。
それは――強き母が言っていた言葉と同じであった。
それと同時にイルミナは忘れてしまっていた――考えないようにしてしまっていた記憶を呼び戻す。
イルエスとイリエルの二人の吸血鬼の間に生まれたイルミナには、父のような優しい心しか、二人から引き継ぐことができなかった。
秀でた能力は持ち合わせておらず、影では吸血鬼の王女ではなく、ただの出来の悪い娘として、他の吸血鬼に見られていたのではないかとイルミナは思う。
そんな中、父と母はイルミナに対して「強くなくてもいい」と言ってくれた。
イルミナはその言葉に救われた。
いや、救われてしまった。
その言葉に縋り付いてしまっていたのだ。
それからイルミナは戦いの場を好まず、城の中で安全な日々を送り過ごしてきた。
――私は強くないから、仲間と共に戦うことができない――そう自分に言い訳をして。
そしてその後、イルミナは強くないから――母を失う。
そして、今の自分も強くないから――父を支えることができない。
(悔しい……)
強くない自分が悔しい。
強くないから、仲間と共に戦うことができず、ただ奪われるだけの立場な自分が悔しい。
強くないから、大切な人を支えることができず、ただ誰かの重荷になるだけの自分が悔しい。
イルミナは今まで大事な宝物を幾度となく、奪われてきた。
大切な人の重荷に幾度も幾度もなってしまっていた。
それで全てが失われる直前に――ようやく気づいてしまった。
(強く……なりたい……)
今までイルミナは面と向かって、「お前は弱い」と言われたことは無かった。
父と母は自分に「強くなくてもいい」と言ってくれた。だが――
(だけど――選ぶのは、あたしだ!)
そう、選ぶのは自分。
父でも母でも誰でもない。
自分自身だ。
(強くなりたい! あたしから大事なものを、もう奪われないように!)
イルミナは決断をする。
(強くなりたい! もう誰かに支えてもらうだけじゃなくて、あたしが支えられるように!)
イルミナはようやく「弱くてもいい」という言葉で守られた殻を「強くなりたい」という言葉で破り、出てくることが出来たのだった。
「……紅様。お願いがあります」
イルミナは表情から迷いを無くし、こう告げる。
「あたしは……今まで両親が言ってくれた、『強くなくてもいい』と言う言葉に縋り付いてしまっていました……」
そしてイルミナは覚悟を決め――
「今からでも遅くないのなら……あたしをどうか……強くしてください」
白夜にそう宣言する。すると――
「……承りました。では明日。俺とコウハクで貴女を創造り変えます。今日はこれで失礼します」
白夜はそう言った後にクルリと振り返り、部屋から静かに去って行こうとする。
しかし、入り口の扉に手をかけて開く手前でピタリと止まり――
「あぁ、それと、言い忘れてました。貴女は今でも十分お強いですよ。……なんせ、神様だって、地に叩き伏せられるんですから」
「ハハハ」と笑みを浮かべてそう告げた後、ドアをガチャリと開き、去って行った。
イルミナはその様子から、白夜が最初からこうなることを予測していたように感じる。
「……本当に、敵わないな。不思議な人……」
そう独り言を漏らし、白夜が先ほどまで座っていたソファを見つめる。
「……そういや、『貴女は強い』なんてことも、言われたこと……なかったな……」
イルミナは顔を綻ばせ、また一つ言葉を漏らすのであった。




