第二十七話 現人神と吸血鬼の娘、対談する。
(どうして……この人がここに?)
イルミナはてっきり、イルエスが部屋にやって来たのだと思い込んでいたが、実際は違っていた。
そこには、イルミナ達親子を救った存在――紅 白夜が居た。
「夜分遅くにすみません。イルミナさん。少し、お話を伺ってもよろしいですか?」
白夜は開いた扉をパタンと閉じてからイルミナの居る方へ向き直り、イルミナに対して伺う。
「あっ……えっと……はい。私でよければ」
イルミナはてっきりイルエスがやって来たものだと思っていたのだが、やって来たのは白夜であった。
予想外の展開に対してつい了承の返事を白夜に返してしまう。
(父なら難なく突き返せたのに……)
「ありがとうございます。それじゃあお部屋、上がらせてもらいますね」
そう言って白夜はイルミナの部屋へと上がり、イルミナの腰掛けているソファの対面へと座る。
「早速なんですが……イルエスさんからお話を伺っていると思います。イルミナさんには、しばらく俺達について来てもらおうと考えてます」
白夜がソファに座るやいなや、そう語りかけてくる。
「……はい。父上が亡くなられた後は、面倒を見てくださると仰っていたとか……」
イルミナは先ほどの負の感情を抑えきれず、つい不愛想に返してしまう。
すると、イルエスが亡くなるという言葉に反応したのだろうか――
「……え、えぇ。イルミナさんが幸せに暮らせるよう、しばらく面倒を見させていただくつもりです。イルエスさんとの――約束ですから」
白夜は一瞬まごつき、そう言った後イルミナに微笑みかける。
(なんでだろう……この人の微笑みは、私を安心させてくれる。どこかで見たことがあるような……)
そうイルミナが考え込んでいると、白夜は即座に言葉を続ける。
「――ただし、イルミナさんの想いを一番に尊重します」
(私の……想い……?)
「私の想い……ですか?」
イルミナはつい、思ったことをそのまま言葉に出してしまう。
「えぇ、その通りです。これは意地悪じゃないんですが……貴女が俺達について行きたくないというなら、俺はイルミナさんが安住出来次第、イルミナさんを街に残し、そのまま旅に出ます。俺達は『世界平和』なんてのを目論んで旅してますんで。逆に、貴女が俺達に付いていきたいと言ってくれるなら、俺はそれ以上望むことはありません。むしろ大歓迎です」
白夜は真剣な眼差しでそう語る。
その目にはただ、イルミナに対して誠実な意見を求める感情しか見えず、イルミナには嘘を付いているようには思えなかった。
イルミナは悩む。――この方に全てを任してしまって、良いのだろうか。
正直行って、旅に付いていきたいとは思えない。
いくら白夜が人外の存在とは言え、この世界には十分化け物が潜んでいる。
白夜以上の者だってわんさか居ることだろう。
そんな世界に行くのは怖いし、危険だ。今まで争いごとを避けてきたイルミナが行けるような場所では無いだろう。
(……それに、大歓迎とは言ってくれてるけど、このお方だって私のようなお荷物が増えるのは嫌だろう)
――ならば、自分は一人で生きて行くべきなのではないだろうか。
しかし、だからと言って、イルミナに一人で生きて行く自身は無かった。
街での暮らし方は知らないし、一人で外の世界で生きて行けるほど強い存在でも無い。
イルミナは吸血鬼ではあるがまだ若く、レベルだって恐らく10程度だ。
周りにはイルミナを倒せる存在なんて、数えきれないほどにいる。
そんなちっぽけな存在が、この大きな世界に一人で取り残されるとなると――低すぎて、生き残れる確率を計算するのも難しいだろう。
そんなことを考えながら、イルミナが難しそうな顔を俯かせて、しばらく黙って考え込んでいると――
「……大分悩んでますね。これだけ悩む、ということは……付いて行きたくないとも、一人で生きていきたくないとも考えているのでは?」
「……っ!」
イルミナは驚いてしまう。白夜は自分の返答の遅さや表情から、イルミナの考えを言い当てたのだろう。
この場にはコウハクは居ない。
――やはり、このお方も只者ではないようだ――とイルミナは思う。
「ふむ。図星のようですね。お顔にそう書いてあります」
白夜はそう言いつつ顔を指差し、へらへらといたずらな笑みを浮かべる。――まるでイルエスのように。
「は、はい……よくご存知のようで……」
イルミナは力なくそう返答する。
「だったら、俺から一つ、提案があります」
白夜はそう言って、人差し指を一本立てる。
「俺に貴女を……創造り変えさせてもらえませんか?」
「……え?」
白夜はイルミナが一聴しただけでは理解不能な言葉――イルミナを創造り変える――という言葉を発したのだった。




