第二十六話 現人神、吸血鬼の娘の部屋に行く。
「うぅ……ぐすっ……ひっく……」
イルミナは自分の部屋に閉じこもり、ただひたすら涙を流していた。
理由は――明日には父であるイルエスが、この世から居なくなるからだ。
それともう一つ――
コンコンコン。
すると、突然部屋のドアが三度軽くノックされる。
(誰だろう……)
もしかすると、イルエスがイルミナにまだ何か話しがあって部屋の前まで来ているのかもしれない。
「……もう、お父さんと話すことは、何もないわ」
イルミナは涙ながらにそう言って、イルエスと会うことを拒絶した。
怖かった。父が離れることが。
恐ろしかった。父が物を言わなくなるのが。
辛かった。それでもイルミナに対して、イルエスが優しく接してくれるのが。
(私は自分勝手だ……本当なら、私が傍に居て、不安を取り除いてあげないといけないのに……私にはそれが出来ない)
悔しかった。今までずっと傍に居た自分が出来なかったことを、今日来たばっかりの二人にされたことが。
父が救われたと言うことが。
(私は……無力で、自分勝手で、とてもお母さんみたいには、なれないんだ)
イルミナがそう負の感情を心の中に溜め込んでいると――
「……俺は君のお父さんじゃあないぞ」
そう言って、その人物はガチャリとドアを開ける。
そこにはイルミナの父――イルエスではなく、それを救って見せた救世主――白夜が姿を見せたのだった。
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「イルエスさん。本当に娘さんと話が無いと言うのなら、一つお願いがあるんですが」
白夜はイルエスにある提案をする。
「はい。もう大丈夫ですので、お聞きしましょう」
イルエスはそう言って了承してくれる。
「ありがとうございます。――あなたの娘さんと話がしたいんです。一応、本人の意思確認をしておこうかと」
イルミナはずっと白夜達に着いていきたいとは思わないかもしれない。
自分達の旅は行き場の無い、果てなき道のりだ。
世界平和なんてものを目論んでいるのだから、どこか安住の地でずっと暮らすなんてことは出来ない。
イルミナが同行を断った場合、白夜はどこかの国でイルミナを安住させようと考えていた。――もちろん、国に着いたらポイということはせず、安定した暮らしを得ることが出来るまでは、ちゃんと面倒を見るつもりだ。
そうならなかった場合――もっとも、白夜が一番望んでいる場合なのだが――イルミナにも力になって欲しいと考えている。
それを確認する為に、イルミナと話をしなければならない。
白夜はそう考え、イルエスに問う。
「かしこまりました。では、それまで私が、コウハク様を見守っていましょう。何か異常があれば、すぐに呼びに参ります」
そう言って、コウハクの面倒まで見てくれることを約束してくれた。
「……イルエスさん。何から何まですみません。もう貴方に残された時間はあと僅かだというのに――」
白夜はイルエスに謝罪しようとする。――しかし、すぐに間違いに気づき、訂正する。
「――いや、先ほどの言葉、取り消します。ありがとうございます。イルエスさん。コウハクのこと、よろしくお願いします」
白夜は謝罪の言葉を取り消し、感謝の言葉を告げ、頭を下げる。
この人――イルエスは、自分のことよりも他人のことに気をかけるタイプだ。
こっちが申し訳なさそうにするのを最も嫌うだろう。
もう時間が少ないからこそ、この様に親見になってくれているのかもしれない。
ならば、その好意を無駄にするのは大変失礼に当たる行為だ。
「ふふ。私にはもう、これくらいのことしかできませんから……大丈夫です。子守は娘で、慣れてますから」
そう言って、イルエスは綺麗なウインクをして見せる。
(綺麗に出来てはいるけど、やっぱりおっさんがやってもなぁ……)
白夜は「ハハハ」と乾いた笑いを返す。
「イルミナの部屋はこの部屋の一つ上にすぐあります。あぁ、ちゃんとノックはしてくださいね。でないとものすごく怒りますから」
イルエスは「おー怖い怖い」と、おどける様な顔をして言う。
(――このおっさんも冗談が大好きなこって)
白夜はそう思いつつ、「ふふっ」と笑いながら――
「了解です。ちゃんと三回、ノックしますよ。――コウハク、ごめんな。ちょっと行ってくる。また明日な」
そう静かな声で、すやすやと眠るコウハクに対し、別れを告げる。
コウハクを起こさないよう、そっと、握っていた手を離し、白夜はイルミナの居る部屋へと向かうのだった。




