第二十二話 書斎内、会談を開始する。
「――すみません。少し取り乱してしまいました」
白夜は書斎内のカオス空間をなんとか調和し、元の空間に戻した。
――あれで少しだったことに驚きだ。
「いえいえ〜。こちらもすみませんでした。ちょっとカチンと来たので、懲らしめようかと。やりすぎましたね。ははは」
白夜はそう言ってヘラヘラ笑う。
「お、お父さん……何があったの?」
イルミナが心配そうに話しかける。
(ほらみろ、娘さんが心配してんぞ?)
「イルミナよ。こちらのお二方にはもう無礼を叩いてはならんぞ。このお二方は神で仰せられる。先ほど改めてこのお方たちのお話を聞かせていただいておったのだ。疑う必要は無い。私が保証する」
イルエスは白夜達にゆっくりと、丁寧に、深々と、恭しくお辞儀をしてみせる。
「え、えぇ! か、かみさまでございますか!」
と、驚愕の事実を知ったことに対し、イルミナは驚いている。
「えぇ、そうです。もう一度自己紹介が必要ですか? お嬢さん」
白夜はバチコンとウインクをする。
「い、いえ……ハッ! 私は……神様に対して、何という事を……」
イルミナは恐らく先ほど花瓶を白夜の頭にぶち込んだことを思い出しているのだろう。――あれは痛かった。
「あぁ……あれはもう終わったことですから、大丈夫ですよ」
「も、申し訳ございませんでした!!」
(……さすがにもうめんどくさいな……)
またもや全力お辞儀を披露される。
しかし、蒸し返されるのは面倒だ。
「あぁ……はい。許します。全部、何もかも許しますから、頭を上げてください……」
白夜はそう言って、全てを許すことにしたのだった。
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必死に謝るイルミナを制し、ようやく本題に入る。
白夜達はここに情報を求めてやって来たのだ。
対価として自分達が差し出せる物などほとんどないが、足りない分は先ほどの恩で我慢してもらおう。
話を始める前に、コーヒーカップに手を伸ばし、コーヒーを一口クイっと飲む。
(……ふむ。このコーヒー、悪くないな。これがこの世界のどれくらいのレベルなのかは分からんが、これからも期待出来そうだ)
同じようにコウハクがコーヒーを一口飲む。
――一瞬「うえっ」という顔をする。
(やっぱりまだ早かったようだな。背伸びしおって)
白夜は丁度飲み頃である温度のコーヒーを味わい、カチャリとソーサーにコーヒーカップを戻し、口を開く。
「さて、本題に入りましょう。この世界のことについて、教えてもらってもよろしいでしょうか?」
白夜はイルエスに問いかける。
「もちろん。私の知る限りのことを、あなた様にお教えいたしましょう」
イルエスは畏まってそう語る。
(むむ、やり辛くなってしまったか? ……まぁいいか。何でも教えてくれるらしいし)
イルエスはまず、この世界のことについて語ってくれた。
かいつまんで言うと、この世界は現状平和とは言えず、各国間の争いが勃発している状況であるということだった。
(……って、いや、俺が知りたいのはもっと常識的なことなんだけど?)
「ふむ。なるほど。この世界は現状各国が睨み合っているような状況だということは分かりました。しかし、俺は自己紹介の時にも言ったように、転生者でして……。この世界の知識は赤子同然。皆無に等しいんです。よろしければ、その辺りのことについて、お聞かせ願えますか?」
「あぁ……。なるほど。そうでしたね。これは大変失礼しました」
イルエスはイルミナを一瞬見て、何かを察したような表情をし、頭を下げる。
(……ん? なんだ?)
何を察したのかは白夜には分からなかった。
「では、具体的にどのようなことを知りたいのでしょう? お聞かせ願えますか?」
頭を起こしたイルエスは問いかける。
(ふむ……まずは地図だろう。この世界にどのような国があるのか知りたい)
「まずは地図を見せていただいてもよろしいですか?」
「地図ですか。かしこまりました。少々お待ちください」
イルエスは席を立ち、本棚へと向かう。そこから大陸の地図が乗ってある本を探し出し、持って来てくれた。
「お待たせしました。こちらになります」
地図を見てみると、そこには国が九つあるように見えた。
地図上部に山岳に囲まれた国、湖に浮かぶ国、森にそびえ立つ塔の国の三つ。
中部に針葉樹に囲まれた国、丘に囲まれた国、城壁に囲まれた国の三つ。
下部には無骨な外壁に囲まれた国、山の中にある国、山の頂にある国の三つだ。
「これがこの大陸の地図になります。周りは海で囲まれており、その先については私は存じておりません。恐らく書物にも記されていないかと」
「なるほど。ありがとうございます」
白夜は地図を見る。
――しかし、問題点が一つ見つかった。
文字が読めない。
(うそだろ……? 言葉は通じるから、甘く見ていたが……文字が分からん。何これ? 現実世界では見たこともないな……)
地図には国名が書かれているのだろうが、それが全く読めない。
奇怪な点や線にしか見えない。
一文字も知るものがなく、全く読めそうにもなかった。
(はいはい。問題追加っと。どうするか……)
白夜がそう思いつつ、顔をしかめて悩んでいると――
「――この『ヴラド』というのが、今現在居る場所で間違いないですか?」
と、コウハクが右上の国を指差し、イルエスに問いかける。
(え!? お前、読めるの!?)
「左様でございます。コウハク様」
イルエスが間違いないと答える。本当に読めているらしい。
「そ、そうでしたか……」
白夜は苦い顔をして、そう言うしかなかった。
ここでは自分は役に立ちそうもない。
(自分が書斎に来たいと言い始めたのに、まさか言語が分からないという障壁が立つとは……)
白夜はしゅんと肩身が狭くなるのであった。




