第二十一話 書斎内、カオス空間となる。
「ほんっとうに! 申し訳ございません!」
(お、出たな。やらかしたときにする全力お辞儀)
ブオンッという音と共に、一瞬で上半身と下半身の角度が前方に九十度曲がる。
「いやいや、今更そんな畏まられてもね?」
白夜がニヤッと笑いながら言うと、「ウグッ」という顔をするイルエス。
「い、いや、しかし、神で仰せられるお二方に対し、無礼が過ぎました……。その、紅様に致しましては……暴言を吐き、コウハク様に致しましては……子供扱いなどと……」
(ふはは。いいぞ。懺悔しろ)
白夜はしばらく静観することにした。
「――? わたくしに子供扱いをされていたことがどうか致しましたか?」
すると、コウハクがそう尋ねる。
(お? コウハクがマウントを取った。いいぞコウハク! タコ殴りじゃ!)
「は、はいぃ! その、申し訳ございませんでしたぁ!」
ブオンッを通り越してバヒュンッと頭を垂れる。
――誠に良い眺めである。
「――? なぜ謝るのです? わたくしとても嬉しかったですよ? 貴方からはその都度……まるで我が子を慈しむかのような、とても美しい慈愛の精神が垣間見えておりました。貴方はどの子に対しても等しく愛情を注ぐことができる優しいお方なのですね。嬉しく心温まることはあれど、わたくしに謝らないといけない程の失礼を叩かれた覚えは全くございませんが……」
キョトンと首を傾げて、困るようにコウハクが尋ねている。
――その時、コウハクの背後からぱあぁっと後光が差したように見えた。
(なんじゃこの天使!? 俺の残虐心が消えていく!? 神かよ!? あ! 神だわ!)
「な、なんという……! もったいなき……お言葉……!」
イルエスは手を前に組み、コウハクに対して拝み出した。
(……おいおっさん。何してんだ?)
「いえいえ……同じようなお心をお持ちの主人さまもそう思われているでしょう……。ですよね!? 主人さま!」
コウハクがいきなりクルンッと後光のダメージをモロに受けている白夜に向かってキラキラした顔でキラーパスを出してくる。
「ウン。ソウダネ。オレモ。オコッテナイ。バリゾウゴン。ダイスキ」
(――っておい! 俺! 回復しきれてないのに喋るな! これじゃマゾヒストみたいじゃないか! 前言撤回って言うぞ!)
「テッケン。セイサイ」
(――っておい! 俺! さっきと打って変わってめちゃくちゃ怒ってるじゃねーか! 手を出したらまずいだろ!)
あまりの神性を目にし、エラーを起こしていた白夜。
白夜はこのままだとかなりまずいと判断し、なんとか自我を取り戻す。
「あ、主人さま?」
「――ん? 何かな? コウハク」
白夜はケロリと元に戻り、心配そうに見つめるコウハクに対して、いつものようにキランと爽やかスマイルを振りまく。
「あっ……い、いえ、なんでも――」
そう言って、慌ててコウハクは下に俯いてしまった。
(……うわ、これ若干引いてない? くそ、エラーのせいで……)
「お待たせしました。お飲み物お持ち致しました」
そう言いながら、書斎に入って来たのはイルミナだった。
あれから色々あり、大分時間が経ったような気がするが、まだそんなに経っていなかったようだ。
しかし、来るタイミングが非常に悪い。
「……え? ち、父上……? い、一体何を――」
そこには幼女に祈りを捧げる父上――イルエスの姿があった。
(こ、これは……! この構図はいかん! 現実世界だと、家庭崩壊はおろか、最悪詰所行きだぞ! おい! 気づけよイルエス!)
「おぉ……女神よ……」
(――あ、あかんわこいつ)
「お、お父さん……?」
オロオロと父親を心配そうに眺める娘。
「神よ……」
幼女に祈りを捧げる父上。
「……」
俯いて黙りこくる幼女。
「はぁ……。もうどうにでもな〜れ」
諦める白夜。
(ハハハ。カオス)
まだ完治していない脳内の白夜。
その全員が書斎内に集う時、書斎内はカオス空間と化すのであった。




