第二話 高校男子、漂流する。
(……ん? ここは……)
白夜は意識を取り戻す。
(……あれ? 目が見えん。それどころか音も……)
しかし、目を見開く事が出来ない。
それどころか音も聞こえない。
匂いも感じない。
手足を動かすことも出来ない。
――白夜は五感を失っていた。
となると、自分は今脳に強いショックを受け、植物状態――仮死状態なのだろうかと白夜は考える。
あるいは――
(……ここがあの世とこの世の境目、なのだろうか? いわゆる三途の川って所か? 五感がなくて確認しようがないが……その可能性は大いにあるな)
一つ感じるものとしたら、浮遊感。
ただ流れに任せて漂っているようなそんな感覚である。
(この感覚……なんだったかな? 生きている間にもどこかで体験したことがあったような……あっ、流れるプールだ。いや懐かしいな。小学校以来か?)
ふわふわ、ゆらゆらとも言えるような感覚と、思考が働いているのみで、白夜はただ流れに従い漂っている。
もうトラックに轢かれた時に感じていた死ぬほど辛い痛みも無くなり、逆に心地良ささえも感じる。
白夜は以上のことから、ここが恐らくあの世とこの世の境目――三途の川という所なのだろうと予測を立てる。
(……そっか〜。ついに死んだか〜。しかし、少女を助けて死ぬとか中々かっこいい死に方じゃないか? 俺としちゃ百点満点をつけたいな。うんうん)
どちらにせよ自分はもう助からないだろうと早々に諦め、白夜は自身を讃える。
だがその時、ふと疑問が湧いてくる。
(……そういや、あの子どうなったんだ? 俺が突き飛ばしたショックで何か怪我とかしてないといいけど……。俺が突き飛ばして地面に激突したショックで死んじゃってたり……。うわぁ……だったらカッコ悪いどころか、俺殺人者じゃん! 俺と言う名のトラックじゃん! ……地獄に落とされたら、多分そういうことなんだろうなぁきっと……あぁ、あの世に行く前から気分が重い)
そうゆらゆら漂いながら考えていると――
「……おぬしよ……」
と言う声が、脳は無いが脳内に聞こえて来た。
(ん? なんだよ? こっちは驚愕の事実を知ってしまって、地獄行きか天国行きか分かんなくなって、気が滅入ってんだが?)
白夜は脳内でそう答えると――
「いや、あの子ならちゃんと生きておるよ? おぬしが突き飛ばした後、空中で三回転半くらいしてから、綺麗に着地決めておったわ」
と、そのまま脳内に声が響いてくる。
「こいつ、直接脳内で!?」と少々驚く中、白夜はあの少女の持ち合わせたポテンシャルに対して驚愕する。
(まじかよ!? トリプルアクセルってやつ!? すごいな! でも良かった無事みたいで。そのポテンシャルを信じて、将来有望なスケート選手になれるよう、祈ることとしよう。あ、そうだ。これからは横断歩道わたる時ちゃんと気をつけろよな。いやマジで)
とりあえずあの子の安否を確認でき、白夜はホッとするのだった。
「いや、横じゃなくて縦に回転しておったから、スケート選手じゃなくてどちらかと言うと体操選手じゃと思うが……。まぁそんなことはどうでも良い。おぬしに聞きたいことがあるのじゃ」
脳内の声の主が何やら質問があるようだ。
(ん? なに? てかあんた誰?)
「わしは神じゃよ。天界からおぬしのことを見ておった。お主の雄姿はあっぱれじゃったのでな。少し気になることがあって来たのじゃ。……おぬしは、あの子のことを恨んではおらぬのか?」
脳内の声の主は自らのことを“神”だと名乗る。
――まさか実在するとは――と白夜が思う中、疑問が生じる。
(へぇ。神様ねぇ。まぁこんなところ――三途の川だっけ? があるくらいなんだし、神様の一人や二人いるか。あ、俺は紅 白夜だ。どうぞよろしく。……で、あの子を恨むだって? どうして?)
「あぁ。あの子がちゃんと確認し、歩道を渡っておったのなら、今頃おぬしはあの女子と一緒に生きておったじゃろう?」
神は大層不思議そうに白夜に対して問いかける。
(なんだ。そんなことか。じゃあ逆に聞くけど、俺が助けなかったらあの子はどうなってた?)
「間違いなく死んでおったじゃろうな」
(なるほど……じゃあ、問題ない)
「はて?」
(あの子が死ぬくらいなら俺が死ぬよ)
「……それまたなぜじゃ?」
(か弱いものを助けるのは、当前のことだからだ)
白夜は真剣に答える。
彼にとって弱者とは救うべき存在であり、そのような存在を助けることはまるで息をするかのように当然なことであった。
生前も幾度となく人々を助け、その都度面倒ごとに自ら巻き込まれていたのは言うまでもない。
――どうしようもないお人好し。
それ故に、周りの人間は白夜のことをそう呼ぶのだ。
「……ほう。嘘偽りもなく、そのようなことが言えるとは……」
(まぁ、正直者なもんでね。今では色々損な人生だったようにも思えるが……)
「それでも大変素晴らしいことじゃ。なんせあの子で百二十三人目じゃ。おぬしが救った人の数は」
白夜は「意外に多いな」と感じる。
意識して数えたことは無いが、それほどのか弱き者達を救えていたのかと少し満足する。
(おぉ、そんなにいるんだな。しかも一、二、三と、連番でなんか縁起良さそうじゃないの。よかったよかった。我が一生に悔いはないな。とりあえず地獄は回避出来そうだし)
白夜がそう満足そうにしていると――
「……のう。おぬし、転生者にならぬか?」
唐突に神が問いかけてくる。
(ん? てんせいしゃ? それって……まさか転生者のことか?)
「そうじゃ」
(そうか。……って、唐突だな! 転生者って言うと……あれか? ひょっとすると、生まれ変わりってやつか?)
「そういうやつじゃよ。丁度転生できそうな世界がある。元居た世界は無理じゃが、もしよければお主をそこに送り込もうかと考えておる」
白夜の想像するものと一致するらしい。
ならば――
(おぉ〜なんか面白そうじゃないの。なれるもんならなってみたいね!)
ここは乗っておいて損はなさそうだと白夜は考える。
このままあの世に行って、のんびり次の転生を待つというのも悪くはないだろう。
だが、白夜の旺盛な好奇心はそれよりも元居た世界とは違う世界――異世界に釘付けにされる。
あの世界には無かったあれやこれやがきっとゴロゴロ存在することだろう。
胸は無いが胸が高鳴る感覚を白夜は覚えていた。
――元居た世界に戻れないというのは残念であるが、一度死んでしまった身なのだからそこは仕方ないと割り切っていた。
「そうかそうか! それはよかった!」
すると、なぜか神も大層嬉しそうに答える。
(……お、おう。なんかお前も嬉しそうじゃないの)
「そ、そんなことはないぞ? まぁわしも一度はこんなことして見た――」
神が何か言葉をポツリと漏らす。
(ん? なんか言った?)
「い、いやいや! 何も言っておりゃにゅよ!?」
すると神は早口で喋りながら、やたら大げさにセリフを噛む。
まるでラノベの如く、都合のいい口のようだ。
「げふんげふん! んんっ! さ、さて。では異世界に転生する前に、おぬしに三つ能力を与えよう。なんでも良いぞ?」
能力。それは特殊スキルだろうか。
あるいは――
(なに? それは俗に言うチート能力ってやつか?)
「俗に言うかは知らんが……まぁ、そんなもんじゃろ」
どうやらあっていたらしい。
(適当だなおい)
「まぁまぁ。さ、もうあまり時間がない。このままだといずれあの世に流れ着いてしまうぞ。早く言うのじゃ」
そう言うことはもっと早く言って欲しいものであったが、白夜は(……はぁ。それも唐突だなおい)と言って、半ば諦める。
この神は少々抜けている所がありそうだ。
早めに能力について考えておくべきだろう。
――流石に丸腰で何も知らない異世界へと飛ばされることは勘弁してもらいたい所だ。
(……まぁいい。俺はあっちの世界に居た時に、欲しかった力が二つあるんだ。それに近いような能力をお願いしたい)
「ほうほう。なんじゃ? 申してみよ」
(一つは創造力。もう一つは破壊力だ)
「ふむふむ。なるほど……」
(それっぽい能力はあるか?)
「うむ。問題ない。その二つのそれなり力を持った能力を与えよう。最後の一つはどうする?」
意外とあっさり通った。
「まじか。問題無いのかこれ」と白夜は少々驚き、もう少し強そうな能力にすれば良かったかと思うが、これで十分だろうと思うことにし、次の要望を神に提示する。
(そうだな……能力じゃないんだが、異世界に落ちた途端、一人ぼっちは危険だし、寂しいから……何か相棒でも付けてくれないか?)
「ふむふむ。問題ない。後ほどそちらに送るとしよう」
神はそう言って、白夜の案を全て了承するのだった。
――しかし、少し不安に思う事がある。
(助かる……あっ! お前の力で強制的に〜とかは無しだぞ? 向こうに行って喧嘩とか一騒動にならんように、ちゃんと本人の意思を組んだ上で頼む)
「もちろんじゃ。ふふ。おぬしは優しいのう」
(……まぁそういうことにしておいてくれ)
一応、神に対して釘を刺しておく。
こうでもしないと、このどこか頭のネジが少し緩んでいそうな神様が、他のか弱い者をいきなり異世界に放り込んだりしそうであったからだ。
「よし! じゃあ善は急げじゃ! ちょうど異世界への門の手前に流れ着いたわ。そこを開き、おぬしを送り込むとしよう」
神がそう言うと、流れが急に変化したように感じる。
流れるプールで居たのが、急にウォータースライダーに移されたような感じだ。
(だから唐突だなおい! ……ん? ていうか、これやばい。俺落ちてね? なんか体感速度が早すぎ――)
ザアアアアアアア!
そこで、今まで聞こえなかった音が復活した。
「うおおぉ!? ちょ! おま――」
声も出るようになる。
「じゃあの。おぬしの活躍、楽しみにしておるぞ! はっはっは!」
目も見えるようになり、確認してみるとそこには――あり得ないくらい巨大な渦。
「なんじゃこりゃあ!? 超巨大な渦潮っ!? うおあああぁ!?」
「健闘を祈っておるぞ! 行ってらっしゃい!」
神はやたらと高いテンションで白夜を送り出す。
「ちょ、おま、せめて、これから行く世界について、説明してから――」
そう言う白夜の声の速度は、大渦の速度には敵わなかった。
まるで洗濯機に放り込まれたかのように勢いよくグルグルグルグルと体を回され、あっという間に渦の中心へと飲み込まれていく。
「うおおおおあああぁぁぁ……!」
悲鳴はかき切れ、こんな慌てるべき状況にも関わらず、白夜はなぜか眠る寸前のようなまどろみを感じてきてしまう。
目を閉じる前に、うっすらと遠くに見えた神の姿は――頭に何か丸い物を被り、青い髪が長く、遠目ではあるが、恐らく女性のように感じた。
少々納得いかない点が多々あるが、生き返らしてくれるだけでも感謝ものだろう。
「しょうがない……このくらいは目を瞑ってやるか」と白夜は思い、その思いの通りに実際目を瞑るのであった。
(いや、でもやっぱりあいつ気に食わん)
もし次会う日が来るのであれば、あの丸い頭の被り物ごとチョップしてやろうと、白夜は心に決めた。