第十九話 吸血鬼の王、事実を知る。
「……負けた理由が平和ボケと言うのは、少し間違っているのではないですか?」
白夜は唐突にイルエスの話を聞いていて思った事を述べ、その言葉にイルエスはギョッとした顔をする。
「どう言う……ことです……?」
「平和ボケはなるべくしてなった。それが敵の狙いだった……俺はそう考えます」
「……」
白夜がそう言うと、イルエスは少し黙り込んでしまう。
「……続きを伺っても?」
「はい。敵は恐ろしい大魔王――ヴラッドを討伐して見せたことで、まず吸血鬼側の戦う気力を無くさせたんでしょう。戦力が無くなったというのもありますが、自分達でさえ倒せなかった存在を倒す者――勇者が居るんです。それだけでも大きな恐怖は湧くでしょう。まずこれが引き金です」
白夜はそう言って、言葉を切る。
まず、敵は圧倒的猛威を振るっていた恐ろしき王を沈め、その力を誇示したのだろう。
その対象は言うまでもなく、吸血鬼だ。
これにより、恐怖心の植え付けを吸血鬼達に対して行ったのだと白夜は考える。
そして、もう一つの狙い――
「……引き金、ということは……」
「――えぇ。それだけではありません。王が同族殺しのレッテルを着せられること。これは恐らく、ほとんどがデマでしょう。普通なら自衛のため、止む無く同族を殺したと考えますが、先ほどの恐怖の影響もあり、正常な判断が出来なくなった吸血鬼が少なからず居るでしょう。この情報を鵜呑みにし、もしかしたら次殺されるのは自分かもしれない。もしかしたら仲の良かったあいつが自分を殺しにくるかもしれない。そんな疑心を抱いてしまった吸血鬼がいるかもしれません」
もう一つの狙い。
それは吸血鬼側の恐慌――パニックを誘う事だろう。
これにより、もしかすると吸血鬼同士による『仲間殺し』という、最悪な自体も発生していたのかもしれない。
そんな風に白夜が考え込んでいると――
「……」
イルエスは完全に黙り込んでしまう。
その表情からは驚きと哀しみが見て取れた。
白夜はイルエスの表情と沈黙、この二つから先ほどの考え――仲間殺しが発生していた事が事実であると知った。
だとすると次の言葉――もう一つの真実はイルエスをより深く傷つけてしまうかもしれない。
だが、白夜は語った。
「……恐怖や疑心、仲間殺しのトラウマから逃げる為に、もうあんな戦いはしたくない。関わりたくない。平和でいたい。そう心が折れて、平和ボケ――現実逃避してしまう吸血鬼も居たかもしれません。貴方にも分かるのではないでしょうか。優しき心の持ち主である、吸血鬼の王――イルエスさん」
つまり、敵の狙いは大きく分けて二つ。
一つは、仲間割れを引き起こす事。
もう一つは、心を徹底的に折る事。
この二つの結果として、ある程度内部から国を破壊しようとしていたのではないか。
白夜はそう予測を立てた。
「……紅様には敵いませんな。まさしくその通りです。……何を隠そう、この私こそが、一番強く感じていたことでしょうから……。そうか、そう思わせること自体が、敵の狙いだったか……」
イルエスは苦虫を噛み潰した顔で語る。
「もう戦いたくない。もう同族を疑い、殺しあうことなんて、したくない」
イルエスは瞳に涙を浮かべる
「……娘には、あのような……地獄を! 知らずに、平和に、幸せに、生きて欲しい……!」
そして白夜に向かって一言一言、呪詛を吐くように語る。
「例えそれに気づき、平和を願ってしまったのが、敵の狙い通りのことだろうと……! 私が、そう願うことは……果たして、間違っているのでしょうか……!?」
そう、苦しそうに言い切ると、涙を目一杯溜めた瞳を白夜に向け、キッと睨む。
「……いえ、間違ってません。むしろそれが、それこそが一番、正しいことだと、俺も思います――」
「だったら! なんでも知っている風に語るのは! やめていただきたい!」
イルエスは白夜に向かって怒鳴りつけてくる。
息を切れ切れにして、わずかに震える肩が上下している。
その姿には憎悪、悲哀、後悔、憤怒、数々の負の感情が見て取れた。
この人は、これ程までのどうしようもない負の感情を溜め込んでいたのだ。
よく今まで決壊せず、娘――イルミナの心を守り続けていたものだと感心してしまう。
白夜はこの人に最期の時が訪れる前に、この人の心が少しでも楽になればと思い、口を開く。
「……知っていますよ。貴方のことも。貴方の奥さん――イリエルさんのことも」
白夜がそう言うと、イルエスは驚愕の表情を浮かべる。
「――っ! な、なぜ、私の妻の名前を!?」
白夜は構わず話を続ける。
「イルエスさん。俺はこの世界に来て、目指すべき目標みたいなものが無かったんです。――でも、今見つかりました」
「な、何を言って……」
白夜はイルエスの言葉を無視し、語る。
「貴方の奥さん――イリエルさんが、身を滅ぼしてでも望んだ世界。
貴方が――イルエスさんが、仲間や家族のために望んだ世界。
あなた達二人が果たせなかった望み、俺が引き継ぎます」
「あ、貴方は――」
「争いが無く、子供達が幸せに暮らせるような、そんな平和な世界――俺が創造って見せます」
「……貴方は、いったい……?」
白夜はイルエスの両手を取り、ゆっくりと宣言する。
「……イルミナさんの件、任されました。貴方に変わって、きっと、必ず、幸せにしてみせますから」
そしてそっと、イルエスの両手を握る。
イルエスはその表情に驚愕を浮かべるが、やがて安堵し、瞳から大粒の涙を多量にボロボロと流しながら――
「……よろしく……お願い……します」
そう、震える声で言った後、泣き崩れるのであった。