第十八話 吸血鬼の王、大魔王について語る。
「……それは、一体何故でしょう?」
白夜はいきなり、「娘を引き取ってくれないか」と話すイルエスに対し、問いかける。
「……少々長いお話になるのですが、聞いてくださいますか?」
(やはり長くなるか……まぁ、聞かざるを得まい)
白夜は覚悟を決め――
「えぇ、もちろん。お願いします」
と言ったのだった。
そこからイルエスは、この吸血鬼の国『ヴラッド』がもはや崩壊してしまっていることを語った。
人間の突然な攻め入りがあったこと。
その一因となった、魔族と人間の抗争。
先ほどの五人衆により、吸血鬼の生き残りはイルエスとイルミナの二人だけとなってしまったこと。
――そして、イルエスの寿命がもう数日しか無いと言うことまで。
「……ひどい話だ」
正直、白夜は気が滅入っていた。
(ろくな対話もせず、相手のことを知ろうともしないで、いきなり現れ、いきなり命を奪うとは……)
そこまで自分で考えた後、(あれ、それって俺も該当するんじゃ……いやいや、コウハクに解析してもらったし、ノーカンとしよう)と自身に甘い判定を下すのであった。
それに助けた方のこの男――イルエスとは短い時間ではあるが時を共に過ごし、悪い雰囲気というのを全く感じなかった。
――むしろ、白夜とは気が合うとも思うくらいに。
イルエスの物腰柔らかい態度のおかげで、吸血鬼とは高貴なる存在であり、他人を見下しがちという白夜の固定概念は崩れ去っていた。
「……もし、答えにくかったら答えなくても構いません。どうしてこのようなことになってしまったんですか?」
白夜はイルエスに向けて問いかける。
「……私が甘く……いや、甘すぎたせいでしょうな」
イルエスが苦しそうにそう答える。
「……私には妻がおりました。『吸血姫』と言われた妻は、誰よりも強く、誰よりも優しかった。遥か昔、私たち吸血鬼一族は、人間も、魔族も、全てを掌握しようとしていました。吸血鬼には寿命はありませんが、王がことごとく変わっていったことから、血で血を争う戦いが続いていたのだと分かります」
(なるほど……王が取っ替え引っ替えされるくらいに、死んでいったってことか……)
白夜は話の続きをお願いするよう、頷いて促す。
「――しかし、私の妻が王になった際、妻は戦いを止めることを宣言したのです。今まで王が変わっても、抗争が止まることはなかった……。それを妻が止めたのです。それからは、こちらから各種族に対し、何か仕掛けることはありませんでした。しかし――」
「向こうは、そうはいかないでしょうね」
白夜はつい、口を挟んでしまう。
「その通りです。今まで払った犠牲は、吸血鬼、人間、魔族、どの種族に取っても、あまりにも多すぎます……。納得がいくわけがありません」
そこで、気になる言葉が出てきた。
(吸血鬼……? あぁ、そうか、仲間にもか……。確かに、納得するわけにはいかない奴も居るよな……)
「……その全ての不満は、王である妻に向きました」
「……」
白夜は最悪な先の展開を予測してしまい、黙ってしまう。
「妻は必死に抵抗しました。しかし……魔族、人間、ひいては吸血鬼までをも敵に回したのです。長く持つはずが……ないのです……」
イルエスは肩を震わせる。
「もう大丈夫ですよ」
白夜はそう言って、イルエスの言葉を止める。
「すみません。辛いことを聞いてしまって……」
イルエスは見るからに無理をしている。
さっきまで居た、いたずらな笑みを浮かべたイルミナの父の姿はなく、そこには最後の吸血鬼の王の悲しき姿があるのみだった。
「……ありがとうございます。紅様……」
そう言うとイルエスはほんの少し笑顔を見せた。
「私は大丈夫です。……私の妻は最期、人間サイドの勇者に討ち取られ、亡くなりました。妻には諸悪の根源、世界の破滅者、同族殺し等のレッテルが着せられ、『大魔王ヴラッド』として各国へと広がりました。妻は数々の者を殺しましたが……我々吸血鬼はおかげで気付けたのです。戦い、奪い合うということは、間違っているのだと」
イルエスはその表情に憤りを少し混ぜる。
「……しばらく私達の平和は続きました。妻が暴れたおかげで、各国の戦力回復が遅れたのです。しかし、その時間がまずかった。私たちは平和ボケしてしまい、勇者一行に遅れを取ってしまったのです……。全て私の甘さ故です。その時に私も、連中の強力な毒の如き魔法を食らってしまい、体の回復がもう間に合わなくなりつつあるのです……」
「……そうでしたか」
イルエスの体が長くないことは納得した。
解析結果にも出ていたバッドスキル<|十なる英雄の楔(イクスチェイン)>のせいだろう。
――ただ、納得できないことが一つある。
この事をこの人――イルエスに告げてしまうと、もう既に崩壊しかけているその心に、更に深い傷を負わせてしまうかもしれない。
しかし、白夜はイルエスを傷つけることを覚悟しながらも、語ることとしたのだった。