第十六話 現人神と吸血鬼、自己紹介する。
「「大変っ! 申し訳! ございませんでした!」」
吸血鬼の親子二人共々、ブオンッという音と共に、上半身と下半身の角度が前方に九十度曲がる。
「いやいや、ちょっとたんこぶができただけですよ。頭を上げてください」
白夜が促し、親子二人は顔を上げる。
「しかし、通りすがりの救世主様に対して、とてつもない無礼を働いてしまいましたので……」
少女はそう言って、頭をまた少し下げ始め――
「本当に申し訳ございませんでした!」
また一気にブオンッと頭を下げ、ツインテールが乱れる。
「いえいえ、大丈夫ですよ〜。ほら見てください。この通りピンピンしてますので!」
そう言って、白夜は元気な体を証明するために、ニカッと笑って右手を前に突き出し、グッと親指を天高く上に突き立てサムズアップして見せる。
(俺、異世界に来て誰かを宥めてばっかりだな)
「それから、俺は通りすがりなのは合ってますが……救世主ではないですね」
「そうでございましたか。やはり、聖人様でいらっしゃるので?」
吸血鬼の王が問う。
(――成人? 俺はまだ二十歳じゃないぞ)
「成人? いえ、まだ十八歳ですよ?」
白夜が不思議そうにそう尋ねると――
「主人さま、せいじんというのは、徳を積んだ人間――聖なる人と書く方の聖人かと」
「あ、そっちね」
「はい。そっちです」
「あはは、これは参った」と言いながら、困った表情と両手をひらひらと振りおどける仕草をする。
すると親子二人は「ふふっ」と笑みをこぼした。
どうやら緊張が解けたようだ。
「あはは。貴方様はご冗談もお上手なことで。――申し遅れました。命を助けてくださり、ありがとうございました。私は吸血鬼の王――イルエス・ヴラッドと申します」
吸血鬼の王――イルエスはそう言って、お辞儀をする。
黒の長袖のズボンと上着を着ており、腰から膝の辺りまでこれまた黒い、長いスカートのような布を被せている。
上着の上からは、内側は赤く外側が黒い豪華なマントを羽織っている。
銀色の髪は、前髪をセンター分けにし、後ろは肩の辺りにまで伸びている。
目は細く、瞳は黄色に染まっていた。
身長は高めで顔色は青黒く、端麗な顔付きをしており、大きく見積もって人間で言う所の30代程に見えたが、不思議と白夜との年の差をあまり感じない。
「私は父、イルエスの娘――イルミナ・ヴラッドと申します。此度は父を助けてくださり、ありがとうございました。重ね重ね、感謝致します」
そう言って少女――イルミナもお辞儀をする。
金の装飾が所々にあしらってある、黒いゴスロリのドレスを身に纏っている。
金色の前髪をセンター分けにし、左右の髪は後ろ髪を集めて束ね、細長いツインテールにしている。
イルエスに似た細長い目、黄色い瞳を持ち、背はコウハクより少し大きいと言った所だろうか。
顔色はイルエスと違って健康的な肌色をしており、顔付きはイルエスに似て美しいと言える代物であった。
そのような容姿である今度の親子二人のお辞儀はゆっくりと丁寧で敬意がしっかり伝わってくる。――先ほどはやらかした時特有の全力お辞儀だった。
「いえいえ、たまたま縁があっただけですよ。俺は『紅 白夜』と言います。訳あって、別世界からこの世界に転生して来た転生者です。あ、今は神様やってます。どうぞよろしく」
そう言ってニコッと笑顔を向けてからお辞儀を返す。
「ははは。お戯れを。貴方様はご冗談がお好きですな」
「あはは」と親子二人に笑い飛ばされた。――真実なのだが。
「わたくしは主人さま――紅 白夜様の付き人です。名を『コウハク』と申します。どうぞ、よろしくお願い致します」
コウハクもぺこりとお辞儀をし、挨拶する。
綺麗によく出来ている。
(――いかん。親バカか? ……親じゃないけど)
「ふむ、よろしくお願いするよ。……随分、綺麗なお嬢さんだ。また、礼儀がよく出来ていらっしゃる」
イルエスはまるで何とも微笑ましい光景を見るかのような、父性ある表情を浮かべた。
(良かった。よく出来ていたようだ。保護者としても嬉しいな。……俺の子じゃないけど)
「いや、まぁ……子供じゃないですからね。まぁ、複雑な事情があるんです。はい」
白夜はそう言って適当に煙に巻いた。
「なるほど。そうでしたか。これは失礼を」
すると、イルエスが頭を下げてくる。
「あぁ、いえいえ、お気になさらず」
白夜は手を振り、イルエスに気にしないように促す。
(しまった……多分勘違いしてるよこれ……俺の子供じゃないですよ〜ってことなんだが……)
いらない気を使わせてしまい、白夜は少し申し訳なくなる。
すると、イルエスが頭を上げる。
「ありがとうございます。……さて、こんなところで立ち話も何でしょう。
上階はまだ被害がありませんので、そちらの方で座って、お話を伺わせていただいてもよろしいでしょうか?」
とイルエスが提案してくれる。
――こちらに取っては、願ったり叶ったりの提案だろう。
(相手は吸血鬼の王様。この世界についての知識がかなり得られるかもしれん。ここに来て、正解だったな)
白夜は満足にそう思い、頷いた後――
「ありがとうございます。ぜひ、お願いしたいです」
感謝の言葉を述べ、頭を下げておいた。