第百五話 神様一行、村から出立する。
「お気をつけて。御一行ならば大丈夫でしょうが、道中は危険があるやもしれません」
トルタ村を後にした白夜達はドンブ村にまで戻り、身支度を整えた後、早速人間の国――ヒュマノへと旅立つことにした。
思えば長く村に滞在したものだ。
ほんの少しの功績を立てて少しでも国に入りやすくなるようにしようという打算だったが、この村どころか近隣の村丸まで救ってしまった。
「そうだな。安全第一で進むことにするよ。お前も達者でなクロヌス」
――メシア。
白夜達が望む、世界平和の一歩たる組織を置き土産にし、彼ら彼女ら四人は旅立つ。
きっとメシアは平和の礎を築いてくれることだろうと信じて。
「……何かあれば即我ら――メシアをお呼びください。例え世界の果てに居ようとも、御一行のもとまで即座に駆けつけましょう」
クロヌスは真剣な面持ちでそう宣言する。
周りのゴブリン達、狼男達、村人達もうんうんと頷く。
「……あぁ。その時はよろしく頼む」
白夜は言葉短くそう言い切り、荷物を背負い、狼形態となって地に伏せたギンに飛び乗る。
するとコウハクも白夜の前に飛び乗り、イルミナも白夜の背後にふわりと降り立つ。
「皆さん、今までお世話になりました。また近くに寄った際には顔を出したいと思います。どうかお元気で!」
白夜は手を振りながら皆に言う。――皆は手をブンブンと振り返してくれた。
最初に村に来た時とは大違いだ。
あの時は疑念の目で見られていた一行だったが、今では皆から感謝の念が感じ取れる。
それだけでも頑張った甲斐があったというものだ。
「お世話になりました。主人さまの御慈悲が掛かったこの村には、必ずや輝かしい未来が待ち受けていることでしょう。どうかその受けたご恩をお忘れなきように」
コウハクはさも当然であることを述べるかのように、皆に小さく手をふりふりと振りながら言う。
その様子を見て、皆が神に祈りを捧げるかの如く手を前に組み、静かに黙祷を捧げる。
――あまりハードルを上げないで欲しい――と白夜本人が思っていることを知らずに。
「……ぐすっ。みんな、お別れは辛いけど、あたし達のこと……忘れないでね?」
イルミナはすんすんと鼻を鳴らしながら皆に語りかける。
「「「「……っ!! うおおおぉぉ!!!!」」」」」
すると男性ゴブリン達の大半、狼男達の大半、一部の村人達が雄叫びを上げ、涙を流す。
「当たり前ですとも!」「貴女様から受けた暖かな御指導……忘れるはずがございません!」「メシア祭の応援により、私は救われました!」「いと美しき姫君……どうか御達者で!」「ハクヤ様とお幸せに!」「イルミナちゃん〜またね〜」「兄ちゃん! イルミナちゃんのこと、よろしくな!」「……俺、泣かないって決めてたのに……」
などと皆が言葉を口々に発する。――イルミナの人気ぶりに白夜の嫉妬の炎がメラメラと燃える。
「……イルミナ殿は人気者だな」
するとギンが少し重々しく口を開く。
彼はずっとこの村で腫れ物扱いされていたのだから、その嫉妬心は白夜以上のものだろう。
「……そうだな。だけど、見な」
白夜の指差すそこには平和な世界があった。
人と魔物が共に喜び、共に悲しみ、分かち合う世界が広がっていた。
白夜に手を振り続ける者。
コウハクに祈りを捧げる者。
イルミナの旅路を寂しく思う者。
そして――狼形態のギンの姿に惚れ惚れとしている者。
「お前がやってきたことは、決して無駄じゃなかったな」
「……俺じゃなくて、俺の友がやってきたことだがな」
ギンはその光景を見て「ふふっ」と笑みを零す。
「だけど、不思議と俺も嬉しくなるな。あいつはハクヤ殿達のあまりの人気ぶりに少し嫉妬しているみたいだが……少し変わるとしよう」
ギンはそう言った後、三人を背負ったままゆらりと体を起こす。
「……皆、今まで世話になったでござる。拙者はハクヤ殿御一行と共に旅に出るでござる。やがてそれが終わった時は……」
そしてふっと村人たちの方を向き――
「……また、この村に戻ってきたいと思うでござる! 数多の武勇伝を土産に持ち帰るので、楽しみに待っていて欲しいでござる!」
そう宣言する。
「……っ! おうっ! 早く帰ってきな坊主!」「ギン様、御達者で!」「帰ってきたらまた催し物を興さないとね」「それまでは俺たちがここを守りますぜ!」「げんきでね〜! またあおうね〜! ばいばい!」
するとゴブリン、狼男、村人たちから激励の言葉を受ける。
ギンはその様子を満足そうにしばらく眺めた後、ゆらりと振り返る。
「……泣いてんのか?」
「あれ? ギン君も泣いてるの?」
「……泣いてないでござる」
「主人さま。ギンは嘘をついているようです。瞳部分から涙の成分が――」
そしてビュンッという音を立て、颯爽と村を駆け去る。
その速度は以前よりも早くなっているように感じる。
「うおっ!? ちょ、おま――」
その時白夜の体に二つの効果音が鳴る。
一つは振り落とされないように前方のコウハクを抱きしめる「ギュッ」という音。
もう一つは後方のイルミナが振り落とされないように白夜に抱きつく「ムギュッ」と言う音。
「きゃあっ!? あ、主人さまっ! 乱暴な……にへへ」
「いやしょうがないだろ! じゃないと落ち――」
「はわわっ!? 勢い余ってハクヤさんに抱きついちゃった! ま、まだ心の準備出来てなかったのに〜! ギン君のばかっ!」
「知らないでござる。それよりも御三方、走ってる時に喋ると――」
ガチンッ!
「「「――っ!?」」」
「……ほら、言わんこっちゃない。ざまぁないでござるな」
「「「……」」」
「「「ギィンッッ!!!」」」
(お前……なかなかえげつないことするな)
もう一人のギンが若干引きながらもそう思う中、ギンは三人の喧騒を無視して人間の国――ヒュマノ目掛けて走り出すのであった。
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「どういうことだっ!!!」
玉座に座り、無能な部下を叱責する。
「で、ですから……報告によると、ヴラッド=シュタイン城は跡形もなく消え去っており――」
「違うっ! そうではないっ! なぜそのようなことになっているのかと聞いているのだっ!」
怒りに我を忘れ、目の前の無能な存在に対して怒鳴りつける。
「わ、わかりません……報告はそれだけでしたので――」
「今すぐ連絡を取り直せっ!」
「は、はっ!」
すると無能な部下はそそくさと部屋を立ち去る。
「……くそっ! 一体どうなっているんだ……!」
そろそろ吸血鬼の王城がもぬけの殻となっていることを見越し、金銀財宝や吸血鬼の死体諸々の回収部隊を使わせたというのに、帰ってきた返事は「物どころか城がない」という馬鹿げた返事であった。
「……嘘をつくにしても、こんな馬鹿げたことは言うまい」
回収部隊が嘘をついて自分たちの取り分を増やそうというのならば、ある物を持ち帰って来る際にどこか別の場所に隠しておいて後で回収するなどすれば良い。
だが、彼らは「何もかもない」と返答して来た。――真実か否か。
王は真実だろうと結論づける。
先ほどの理由によりこのような馬鹿げた嘘をつくメリットがほとんどない。
普通ならば「何をそんな馬鹿げた冗談を言っている!」と叱責を受けるのが当たり前だ。――先ほどのように。
冷静になって考えてみると、どうやら不足の事態が発生しているようだ。
「……しかし、にわかには信じられん。残りの吸血鬼どもは狩れたとしても、あの規模の城を跡形も無く消滅出来る者など居なかったはずだ……」
城としてはそこまで大きくないとはいえ、それでも巨大で堅牢な建造物だ。
それを跡形もなく消し去るとなると、相当の力が必要になる。
魔法で言うと確実にレベル5以上のものだろう。――レベル6も有り得る。
「……くそっ! ここに来て計画がこうも上手くいかないとは……何者だ! 私の邪魔をするのは……!」
まるで自らの計画が何もかも見透かされているような気分を感じ、王は憤慨する。
長い時間をかけて着実に進んでいた計画が、こうも作戦の要所要所が潰されていてはいささか腹がたつ。
それと同時に、天上の存在――神に嘲笑われているような感覚を感じ、王は「くそがっ!」と呪詛を吐き出し、玉座を蹴る。
「なんとしででも……計画の破綻者を見つけ出さなくては……!」
どうも、DAWAです。
ここまでご覧いただき、ありがとうございました。
折角ご覧いただいていたところ申し訳ないのですが、第一部はこれにて終了となり、このページは完結と致します。
なので次話からは新しいページにて連載を開始致します。
……本当はここでリンクを貼るべきなのですが、話数のストックが尽きてしまい、まだ作成出来ません(苦笑)
この作品は去年十一月頃から二ヶ月程で書き上げたものになるのですが、「投稿しているうちに何話か書けるだろう」という考えは甘かったようです。(殆ど誤字や文法の修正に時間をあてていました……)
リアルの事情もあり、再開の目処は今の所立っていませんが、恐らく二、三ヶ月程お時間を頂くことになるかと思います。
大変申し訳ございませんが、今しばらくお待ちいただけると幸いです。
※更新 2019.7.31 第二部こちらより始めました。
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