第百四話 銀狼、仲間に加わる。
「あら、お帰り白夜さん。それとお連れの方も」
家の前で洗濯物を回収していたミローネが白夜達を出迎えてくれる。
「ただいまです。ミローネさん。今日の晩もお世話になります」
白夜はそう言ってミローネにお辞儀をする。
「いいんだよそんなこと。メシアのお偉いさんなのにお金も頂いちゃってるし、いつまでも居てくれて大丈夫だよ」
「ははは。それは非常に魅力的な提案ですね。ですが、明日には俺達はドンブ村に戻らないといけません。またこの村に立ち寄った際は、よろしくお願いするかもしれないです」
明日にはドンブ村に戻る予定であった。
この近隣の村の窮地を救うことは出来ただろう。
ならば村の者に斡旋してもらうことで、いよいよ人間の国――ヒュマノにようやく入国出来るようになるかもしれない。
(それでも出来なかったら、使いたくはないが最終手段を使うことになるな……)
「さあさ、お疲れだろう? 早くお上り。後で夕食も持って行ってあげるからね」
ミローネはそう言って家の玄関の扉を開けてくれる。
白夜はその言葉に甘え、「ありがとうございます」とお礼を言って二階へと上がって行くのであった。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
部屋の椅子に座って白夜は「はぁ」とため息を吐く。
ここ最近働き詰めで精神が疲労してしまっている。
今日は早めに仕事が完了したのでこのまま部屋でゆっくりとしていようと考えていた。
「ふぅ……数日しか経っていないのに、ドッと疲れたな」
白夜は机に突っ伏しながら三人に語りかける。
「お疲れでござるなハクヤ殿」
「お疲れ様です主人さま。肩でもお揉みしましょうか?」
「お疲れ〜ハクヤさん。マッサージでもしてあげよっか?」
対面に座っている二人娘がガタリと椅子から立ち上がり、両手をハクヤに向けて迫る。――手をワキワキと開閉させて、何やら危ない構図が完成してしまっている。
「……いや、遠慮しておこう。ギンでも撫でてな」
白夜はそう言って、隣に座っているギンを指差す。
ギンは言葉には出さないが、勘弁してくれとでも言うような視線を向けて来る。
「ギンは別に撫でたいとは思いません」
「あたしも今は思わないからいいや」
そう言って二人娘はスッと静かに椅子に着席する。
「……出来ればそのまま思わないでおいてもらえた方が安全そうでござるな」
すると二人娘がギンに顔を向けてキッと睨みつける。
ギンは「ひえっ」と声を零して白夜に目を向けて助けを求める。
「……これ。仲良くしなさい。ギンも俺達と家族同然の関係だ。家訓は適用されるぞ」
白夜がピシャリとそう言うと、二人娘は――
「そ、そういうことでしたら仕方ありませんね」
「そ、そっか〜。そうだよね。仲良くしないとね」
と言って少しぎこちない微笑みをギンに向ける。――余計にギンは怯える。
「……そうだ、ギン。お前、俺達と旅をするつもりはないか?」
白夜はギンに問いかける。
もしも仲間になってくれるのであれば、これほど心強いものはない。
狼男のトップクラスの種族、『銀狼』であるギンが加わるとなると、戦力にもなるし、移動手段も増える。
何より仲間に男が加わるのが良い。――二人娘ばかりの相手をするのも疲れるからだ。
その返答はと言うと――
「もちろんあるでござるよ。というか断られても勝手に着いていくつもりだったでござる」
ときっぱりと答えられた。
「おぉ! そうか! それは良かった! ありがとなギン! これからもよろしくな!」
そう言って白夜は椅子からガタリと立ち上がってギンの背後に向かい、頭をガシガシと撫でる。
ギンの頭の撫で心地は中々に素晴らしい。――頭が真ん丸で撫でやすいのだ。
狼形態の時の毛並みも素晴らしい。
一本一本の毛が極細で、触っているのに触れていないような不思議な感触がする。――これで心置きなくもふれる対象が出来たというわけだ。
「んむ、よろしくでござる。あと、あまり頭は撫でない方が……」
「ん?」
ギンがおずおずと視線を向ける方向へと白夜も顔を向ける。――「ぐぬぬ」と歯を食いしばり、今にも血涙を流しそうな二人娘が居た。
(……何もそこまで睨まなくてもいいだろ)
「そうだな。他人の家で流血騒ぎになるのは避けたい」
白夜は少々名残惜しそうにギンの頭から手を離す。――これからもふる際は二人が居ない所でないと厳しそうだ。
(……あまりもふれる機会はなさそうだな)
今の所二人娘は白夜にべったりである。
コウハクはトルタ村にやって来た時、そういった能力でも持っているのかと思いたくなるくらい白夜の背中にへばりついてなかなか取れなかった。
イルミナからは当人にその気が微塵もないにも関わらず、隙あらば白夜のことを押し倒してしまおうという雰囲気が垣間見える。
白夜は二人の将来が不安になる。――その内良い貰い手が出来ると良いのだが。
(……今の所ファザコンみたいだし、無理か)
「はぁ」と溜め息を吐き項垂れる。
「主人さま。相当お疲れのようですね。な、なんならわたくしの頭を撫でて癒されてみては……」
「ハクヤさん相当疲れてるね〜。え、えっと……大丈夫? あたしの頭でも触ってみる?」
二人娘は好意(?)で癒しを提供してこようとする。
しかし、余計に疲れそうだったので、「いや、遠慮しておく」と一言言って断っておく。――二人は見るからに落ち込んでいる。
(……そういやイルミナにはまだ俺の“秘密”を明かして居なかったか)
白夜はイルミナにまだ秘密――性欲がないことを伝えられていない。
故に今でも怪しげな雰囲気を漂わせているのであろう。
このことを話せば恐らく自分のことを慕ってくれている存在を傷つけてしまうのではないかと心配だった。
(……だが、隠し事はいかんよな。イルミナにもしっかり話しておこう。それできっぱりと俺のことを諦めて、年相応、恋人探しに夢中になるかもしれないしな)
それはそれで寂しい気もするが、白夜にはイルエスから託された約束――イルミナを幸せにするという義務がある。
その時はスッと身を引き、祝福をする準備は出来ている。
「……よし。コウハクはすでに知っているが、イルミナとギンは俺の秘密を知らないだろう。丁度いいから話しておくとしよう」
こうして白夜は自らの生前に巻き込まれた事件を語り、自身の秘密を明かしていくのであった。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
白夜が生前少女を助けるために身を盾にしたこと。
しかしとても敵わず二人とも暴行を受け、蔑まれたこと。
それが原因で人間の三大欲求の一つ、“性欲”を失ってしまったこと。
全てを話し終えた時、イルミナは震えていた。
イルミナは心優しい少女だ。
被害にあった少女や白夜が受けた暴行を自身と照らし合わせてしまっているのだろう。――怯えさせてしまったようだ。
「……すまんイルミナ。怯えさせて――」
……許せない。
「……は?」
するとイルミナは今まで聞いたこともないような声音でポツリと言葉を発する。
女性が発するものというよりは、筋骨隆々な大男が静かに怒りに震え、喉からギュッと絞り出したかのような声音だった。
よく見ると両手をグッと力強く握りしめ、机をミシミシと軋ませていた。
吸血鬼特有の長い犬歯を見せた歯をギリギリと食いしばり、表情を見るまでもなく怒っていることが分かる。
そしてその表情は――正に悪鬼羅刹の如く恐ろしいものであった。
彼女は決して怯えて震えていたのではない。――心の底から溢れ出て来る怒りに震えていたのだ。
白夜は瞬時に先ほどイルミナのことを心優しい少女と思い切ったことを訂正する。
(こっっっわ!!!)
「なに? そいつどういう神経してるの? あたしの白夜さんに対してそんなことをするなんて……命が惜しくないみたいね」
そしてスッと椅子から音もなく立ち上がり、瞬時に無表情となる。
「安心して白夜さん。そいつはあたしが――してくるわ。どこにいるの?」
イルミナが白夜を見下ろして危ない言葉を言いながら問いかける。
「いや……えっと……」と白夜がしどろもどろになりつつ言葉を濁していると――
「イルミナ。残念ながらそいつはこの世界に居ません。主人さまがさっきおっしゃっていたように、生前居た世界です」
とコウハクがフォローを入れてくれる。
(ナイスだコウハク……今のイルミナは怖くて手に負えん……)
と安心していると――
「……ですからどうにかしてその世界に行く方法を見つけ出さないといけません。もしかすると、この世界特有のスキルや魔法具などでそのようなものがあるかもしれません。一緒に探しませんか?」
よく見ると無表情で拳を握りしめているコウハクがイルミナに提案していた。
「……そうだね。最優先事項として置いておくね。見つけたら……即――しに行きましょ」
「えぇ。もちろんです。体は愚か、二度と転生出来ないように魂さえ滅ぼしてしまいましょう」
二人娘は「ふふふ」と仲良く笑う。――目が全く笑っていない。
素人でも分かりそうなくらいに残虐な笑みだ。
「こっわ……ついていけんな本当、なぁ? ギン」
「……」
「……ギン?」
……許せんな。
(ギン……お前もか……)
白夜はあれこれと回避策を考えるのも面倒になり、そのまま机に突っ伏して惰眠を貪り、三人が立てている抹殺計画を聞き流すことにするのであった。