第九十九話 ゴブリン、従属する。
「うぅ……心配だなぁ……」
ゴブリン達の巣穴の前で控えている美女――イルミナは辺りをぐるぐると歩き回り、そわそわしている。
「なぁに、すぐ戻られますよ」
同じく巣穴の前で控えている茶髪の高身長の男――クロヌスはイルミナを宥める。
「お三方に危険が生じれば、すぐさまこの魔法石に信号が送られて来ます。その際は我々メシアの名にかけて、どのようなことがあろうとも必ずお三方を連れ戻しますよ」
「……うん。ありがとクロちゃん」
すると洞窟内からカツカツと物音がしてくる。
何者かがこちらへとやって来ているようだ。
「これは……ゴブリンではありませんな。イルミナ様、安心してください。待ち人が来られましたよ」
「ほんとっ!?」
そして先頭の者が洞窟より姿を表す。
黒いショートカットの髪、立派な黒革のコートに身を包んだ青年――白夜だ。
「ハクヤさーん!」
イルミナは白夜に駆け寄り、ドシッと豪快に抱きつく。
「うおっ!? ……なんだイルミナか。びっくりした。新手のモンスターかと思った」
白夜はニヤニヤといたずらな笑みを浮かべて胸に顔を埋めるイルミナに喋り掛ける。
「ちょっと! あたしはモンスターじゃないもん! 誇り高き吸血鬼だもん!」
「イルミナ殿……落ち着くでござるよ。後ろで控えている者達が今のイルミナ殿の表情を見ると、絶対怯えるでござる。あと吸血鬼も一応モンスターかと――」
「なによ!? なんか文句あるの!?」
「ひえっ!? こ、怖いでござるよ……」
「……はぁ。いいから離れなさい貴女。主人さまが困っているではありませんか。後ろも控えているんですから。あと誇り高い種族ならもう少し言葉遣いを――」
――ざわざわ。
後ろで何やらゴブリン達がブツブツと言葉を発している。
「な、なんだあの美女は……」「吸血鬼とか言ってなかったか?」「あのお方は狼男以外にも僕が……」「やっぱり魔王なんじゃ……」と口々に言葉を発する。
(――おい最後の奴。誰が魔王だ。誰が)
「はいはい。イルミナ。離れてくれ。ほれ、紹介しよう。ゴブリン改め――ホブゴブリン達だ」
白夜はへばりつくイルミナを引き剥がし、後ろに控えている者達――ホブゴブリン達を紹介する。
「あれ? 人間と遜色なくなったんだね。あたしはイルミナ。白夜さんのパートナーよ。みんなよろしくね?」
イルミナはパチンとウインクをしてキュートに自己紹介をする。
するとゴブリン達の少し曇った表情が一瞬で花が咲いたかのようになる。
(――まじかよ。俺の苦労は?)
人間と遜色ない種族に変わったためだろうか。
恐らく今魅了の術をかけると、女性と一部の男性以外はコロッとイルミナの下僕になることだろう。
白夜があれほど頑張って威厳を出して従属させたにも関わらず、イルミナは自己紹介一つで大半の心を掌握して見せたのだ。――白夜はメラメラと嫉妬の炎を燃やす。
「わたくしは主人さまの伴侶――コウハクと申します。女性の皆さんには申し訳ないのですが、主人さまのお隣の席は既にわたくしで満席ですので、くれぐれも入ってこないように。……分かりましたか?」
コウハクはニコリと笑顔を向け、あることないことをごちゃ混ぜにした自己紹介をする。――ほとんどないことだが。
その自己紹介に対してゴブリンの女性陣はブンブンと首を縦に振り、イルミナの魅了に引っかからなかった男性陣はガクリと頭を落とし、イルミナはギリギリと歯軋りしながら、コウハクを嫉妬の念で燃やし尽くすかの如くギロリと睨んでいる。
「拙者はギンでござる。ハクヤ殿御一行にお世話になった、しがない銀狼でござるよ。こっちはクロヌス。メシアという村を守る組織のリーダーを務めておる」
「初めまして。ゴブリンのお方々。ギン様のご紹介に預かりましたクロヌスと申します。メシアと狼男達を纏める大役を務めさせて頂いております。どうぞよろしくお願いします」
ギンとクロヌスが自己紹介をする。
すると先ほどまで怯えていた女性陣の表情に花が咲く。
――イケメン供め――と白夜は少々妬むのであった。
「……私がゴブリンの王です。此度は我々が愚行を犯したことを詫びさせてもらいたい。誠に申し訳ない」
ゴブリンの王がすっと前に赴き、一向に頭を下げる。
「……まぁその辺の詳しい話は村に着いてからにしよう。着いてこい。それじゃあ帰るぞ皆」
「かしこまりました。主人さま」
「おっけー。ハクヤさん」
「了解でござるよ。ハクヤ殿」
「承りました。ハクヤ様」
白夜達一行はトルタ村へと帰っていくのであった。