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◇◇◇
「よし、行くわ」
クロエのデート当日。
私は、朝早くから起き、行動を開始した。素早く朝食を食べ、部屋に戻ったあとは動きやすい格好に着替えた。準備は万端。何としても目的を達するのだと気合い十分だった。
私がしようとしているのは、クロエのデートを遠くから見守ること。
ウィルフレッド王子の言動を聞いている限り安心はできないし、大事な友人に何かあったらと思うと、気が気でない。こうなったらこっそり後を付けてやろうと思っていた。
「クロエからデートの目的地は聞いているし」
そこに先回りして、二人を見守れば良い。
何もなければそれに越したことはないし、万が一、クロエが意に沿わないことをされそうになった時は、身を挺してでも守ろうと思っていた。
時間を確認する。
クロエは昼前に、ウィルフレッド王子が迎えに来ると言っていた。少し早くはあるが、遅れるよりはいいだろう。現地で隠れて待っていれば良いと考え、置き手紙を用意した。
『孤児院へ行ってきます』
少し厳しい言い訳かもしれないが、これくらいしか思いつかなかった。
あと、ルークは置いていくつもりだ。さすがに他人のデートを監視しに行くと言えば止められると分かっていたから。そして、止められても、私は頷けない。だってクロエは私が守るのだと決めたのだ。行かないという選択肢がないのだから、ルークに話すことは論外だった。
「ルークが部屋に来る前に行かなくちゃ……」
この時間、ルークはいつも他の使用人たちと一緒に、屋敷の掃除をしている。彼の目が唯一私から離れる機会だ。これを逃す手はない。
だが――。
「お嬢様、よろしいでしょうか」
「えっ……」
置き手紙を机の上に置こうとしたところで、扉がノックされた。聞こえて来たのは、今ここにいないはずのルークの声だ。思わず手紙を握り潰す。
――どうしてルークがここに来るのよ!!
いつもなら、あと一時間は掃除に追われているはずだ。どうして今日に限ってと思いながらも、仕方なく返事をした。
「な、何かしら」
外出がルークにバレたらどうしよう。そんな気持ちがあったからか、声が少し震えてしまったが、幸いにも気づかれなかったようだ。
安堵しつつも、握り潰してしまった手紙に目を向ける。もう一度書き直さなければと思っていると、ルークが要件を告げた。
「アラン殿下がいらっしゃっております。お通ししても大丈夫ですか?」
「えっ……? アルが?」
予想外過ぎる名前を聞き、変な声が出た。驚く私に、ルークが優しい声で言う。
「デートのお誘いだそうで。良かったですね、お嬢様。殿下、どうぞ」
「ちょ……ちょっと待って……!」
来るなんて聞いていなかったから、心の準備ができていないのだ。だが、私の制止は一足遅かったらしい。扉が開き、アルが入ってきた。
今日は全体的に黒っぽい格好をしている。ぴったりとしたズボンとロングブーツに目が行く。まるで乗馬服のようだ。いつもより若干落ち着いた服装だが、相変わらず良く似合っていた。
「おはよう、リリ。今日はね、一日暇になったからデートのお誘いにきたんだ。突然でごめんね?」
私は「どうしてこんな時に!」と思いながらも挨拶をした。
「おはようございます、アル。会えると思っていませんでしたので、お会いできたことをとても嬉しく思いますわ」
嘘ではない。
アルと会えたことは嬉しい。だけどどうして今日なのだろう。
自分の運の悪さに臍をかんでいると、アルが言った。
「今日を休みにできるか、昨日の夜中まで分からなかったんだ。それで、連絡できなかったんだよ。朝早くから訪ねてきたのは、ちょっと気分転換に遠出をしようかなと思って。あ、もちろん、君の両親には了承を得ているよ」
「そ、そうですか……」
両親の了承を得ているという言葉を聞き、項垂れた。どうやら、クロエのデートに先回り作戦は始まる前に失敗に終わったらしい。
なんとしてもクロエを助けようと決意はしていたが、この状況でアルの誘いは断れない。
「もう、外に出られるかな?」
「……す、少しだけ待っていてもらえれば」
何はともあれ、手に持った手紙をまずは処分しなければ。
そう思った私は、慌てて時間が欲しいと告げた。アルはすんなりと頷く。
「そう。じゃ、僕は部屋の外で待っているよ。準備ができたら出ておいで」
「は、はい」
アルが部屋を出て行く。急いでぐしゃぐしゃになった手紙を屑入れに捨てた。幸か不幸か、出掛ける準備は万端。一応、姿見で全身のチェックをした後、部屋を出た。寛いだ様子で待ってくれていたアルは、同行の可否を聞いてきたルークに「恋人同士の逢瀬の邪魔をするのはどうかと思うよ」と言って一蹴し、私を外へ連れ出した。
「え?」
てっきり馬車が待っていると思ったが、いるのは馬が一頭だけだった。見覚えのある白馬。
以前、破落戸から逃げてきた私を助けに来てくれた時に乗っていた馬だ。
「えと……」
どういうことかとアルを見上げると、彼はにっこりと笑った。
「今日は馬車ではなく、馬に乗っていこうと思って。さ、リリ。僕の前に乗って」
「えっ……えっ?」
どうやら本当にアルは乗馬服を着ていたようだ。
あれよあれよという間もなく、馬に乗せられる。
そうして戸惑っている間に、出発してしまった。
「え、えーと……」
怒濤の展開について行けない。
アルの手綱さばきは非常に安定していて、乗っていても不安はない。だが、一体どうしてこんなことになっているのだろうと混乱していると、頭上でアルが言った。
「ごめんね。強引な手段を取って」
「え……?」
アルの顔を見上げる。彼は目線を一瞬だけこちらに向けると、にこりと笑った。
「良かったよ、間に合って。リリ、ウィルとカーライル嬢の遠乗りについて行こうって考えていたでしょう。君が友達思いなのは知っているけど、一人でっていうのは勘弁して欲しかったな」
「……!」
絶句した。
まさか、自分の行動を読まれているとは思わず、大きく目を見開いてしまう。
「ア、アル……どうして……」
こんな言い方をすれば、彼の言葉を認めたも同然なのだが、驚きすぎて誤魔化すこともできなかった。まともに会話になっていない私に、アルは馬の速度を落とし、宥めるように言う。
「落ち着いて。どうして分かったかということなら説明するから。……数日前、ルークから連絡が来たんだよ。『お嬢様の様子がおかしい』ってね。どうにも落ち着かない様子で、外出用の服を何度も確認し、普段は興味もない王都の地図を必死で見ている。どうしてなのかと聞いても、『なんでもない』の一点張り。何か知らないかってね」
「……」
何とかルークを出し抜こうと頑張っていたつもりだったのに、完全にバレていたと聞き、無言になった。
何と言うか……すごく格好悪い。
「君はカーライル嬢のことを殊更気に掛けていたように見えたし、うちもね、ウィルがうるさくて、うるさくて。聞いてもいないのにデートの場所や日時を話していくものだからすぐにピンときた。リリは多分、現場に直接乗り込むつもりなんだろうなって」
「……」
私の浅はかな考えなど、ルークやアルにはお見通しだったというわけだ。
不審な行動を取る私が気になったルークはアルに連絡し、アルは私が何をしでかすつもりなのか気づいたと、そういうことなのだ。
――穴があったら入りたいわ。
すごく恥ずかしかった。




