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『?』
ズバリ聞いてくれたアルに、感謝しつつも心臓は緊張でバクバクしていた。
努力でどうしようもないところを指摘されたらどうしよう。
そんな風に思いながら精霊を見つめていると、こちらをチラリと見た精霊は、「いや」と軽く否定した。
『別に何もないぞ。闇の精霊を呼び出せれば、普通に契約できるんじゃないか? 上級精霊が呼べるか、中級精霊が呼べるかは運次第といったところだろうが……それくらいの可能性は秘めていると思う』
「そっか。あのね、彼女、一回契約に失敗していて。その理由が知りたかったんだ」
『なんだ。それでオレを呼び出したのか』
「うん、駄目だったかな?」
『いや、お前はオレの主なのだから、好きにすれば良いが――』
話を区切り、精霊が改めて私を観察してくる。何を言われるか内心ビクビクしていたが、精霊は眉を寄せ、アルに言った。
『……何故失敗したのかだったな。悪いが、さっぱり分からない。精霊が嫌う要素はないと思うし、さっきも言った通りだ。闇の精霊なんかは喜んで呼び出されると思う。……偶然、ではないのか?』
――偶然。本当に?
無意識に、精霊を凝視してしまった。もしそれが本当なら、私は悩む必要はなくなる。
気にせず、二回目の精霊契約に挑むことができるのだ。
本人に確認したい気持ちを堪える。基本的に、精霊は自らの契約主以外とは関わりたがらない。せっかく情報をくれている存在を不快な気分にさせたくなかった。
アルは頷き、精霊に言った。
「イグニスはそう思うんだね。ありがとう。戻ってくれて良いよ」
『ん? オレはもうお役ごめんか?』
「うん、今日はね。ごめん」
申し訳なさそうに告げるアルに、精霊は鷹揚に笑った。
『いや、構わない。それより、たまには呼び出してくれ。せっかく契約したのに呼び出してもらえないのは寂しいからな』
「分かったよ」
アルの言葉を聞き、満足そうに頷いた精霊は、その場から姿を消した。
その瞬間、張り詰めていた緊張の糸がプツリと切れる。ドッと疲れが押し寄せてきた。
「リリ!?」
ぐらりと身体が前に傾ぐ。体勢を崩した私を見て、アルが焦ったように立ち上がり、駆け寄ってきた。
「大丈夫!?」
「ええ……少し、気が抜けただけ、ですので」
私の隣に座り、手を握ってくれる。彼の手の温かさに身体から更に力が抜けていった。
アルが驚いたように、私の手を見つめる。
「うわ……リリの手、冷たい。そんなに緊張していたの?」
無言で頷く。
だって、不安だったのだ。
精霊に何を言われるのか。もし、精霊とは契約できないと言われたら? 適正がなくなった、なんて言われたら?
ずっと頭の中から消えなかったマイナス思考がようやく全部消え去って、ホッとしすぎて気絶してしまうかと思った。
「……良かった」
絞り出した声は、とても分かりやすく震えていた。
精霊契約に成功したわけではないので、喜ぶのは違うと分かっていたが、それでも喜んでしまう。
炎の精霊は、呼び出せれば契約できると言ってくれた。それなら、本当に前回は調子が悪かっただけ、運が悪かっただけなのだ。
同じ精霊が言うのならその通りなのだろう。
「……うん。良かったね、リリ」
アルが優しい目で見つめてくる。それに私は涙を堪えらながらも返事をした。
「はい……本当に、良かった……です。わた……私、契約できないって言われたら……アルを……諦めるしかないって……ずっと、思っていた、から」
「不吉なことを言わないでよ。僕の気持ちは無視?」
「だ、だって……精霊契約できないと王族とは……」
結婚できない。最後まで言わなかったがアルは分かってくれたようで、ポンポンと私の背中をさすりながら言った。
「リリは、それは嫌だって思ってくれていたんだものね」
「……はい」
肯定した瞬間、堪えていた涙がぼろりとこぼれ落ちた。あっと思う間もなく、アルが私の身体を抱き寄せる。
「リリ、泣かないでよ」
宥める声は酷く優しかった。それがより涙を誘う。
「すみません……ホッとしたら勝手に……」
アルを諦めなくてもいい。そう思ったら涙が溢れてしまったのだ。そうつっかえながらも話すと、アルは「ああもう」と天を仰ぎながら私を思いきり抱き締めた。
「ア、アル……」
「だからどうして君はそう、可愛いの」
「えっ……え?」
腕の中からアルを見上げる。彼の耳はほんの少しだけれども赤かった。
「君が僕を好きでいてくれるのは知ってる。だけどそんなに? 泣くほど僕のことが好きなの?」
「……おかしい、ですか?」
アルのことは大好きだ。
最初は一目惚れで、それからは彼自身を知り、内面も好きになった。いつだって私を正しい方向へと導いてくれる優しいアル。私を見捨てず、手を差し伸べてくれるアル。
彼を知る度、彼と過ごす度、好きの気持ちは大きくなる。
今はもう、アル以外の男性なんて考えられない。この人を失ってしまったら、どうすれば良いのか分からない。それほど彼の存在は私の中で大きく、唯一のものとして君臨しているのだ。
ぎゅっと彼の上衣を握りしめる。アルは自身を落ち着かせるように息を吐くと、私の頭をゆっくりと撫で始めた。労るような仕草に、胸の中が何か温かなもので満たされる。
「おかしくなんてないよ。僕だって君のことが大好きだからね。すごく嬉しいって思ってる」
「アル……」
頬を彼の胸元に押しつける。きゅうっと目を瞑ると、アルの心臓の鼓動が聞こえて来た。ドクドクと脈打っていて、とても早い。
「アルも……ドキドキしてくれてるんですか?」
つい、気になって口にしてしまうと、アルは「参ったな」と困ったように言った。
「僕の心臓の鼓動、聞かれちゃった? うん、僕は君といる時、いつだってドキドキしているよ。可愛い君をどうやったら僕に繋ぎ止められるのかなっていつも考えているんだ」
「え、わ、私をですか?」
アルがそんな風に思ってくれているなんて考えもしなかった。
驚いて顔を上げると、すぐ近くに彼の顔があった。
「っ!」
「これくらいで驚かないでよ。ああでも、君もドキドキしてくれているんだね。こうやって抱き締めると、君の心音も聞こえてくる」
「~~!」
「ふふっ、すっごく早い。これって、それだけ僕のことを意識してくれてるってことだよね。嬉しいな」
アルに力強く抱き込まれ、硬直した。
彼の心臓の音がよりはっきり聞こえる。ついでに自分がドキドキしている音まで聞こえてしまった。
ふわりと香るアルの爽やかな匂いに酔わされ、頭の中が真っ白になっていく。
――駄目、倒れそう。
こんなに身近にアルを感じて、平静でいられるはずがない。
完全に脳が許容量をオーバーして、全く働いてくれない。
幸せが溢れ出して、暴れてしまいそうな心地だ。
「リリ」
声音が、耳が溶けてしまうのではないかと思うほどに甘い。アルの吐息を感じ、ビクンと肩が揺れた。
――ああ、もう駄目だ。これ以上は無理。身体も心ももたない。限界だ。
頭から湯気でも噴き出しそうな気持ちで顔を上げると、アルが愛おしげな表情で私を見つめていた。
「耳が真っ赤になってる。可愛いね」
「わ、分かっていますから、言わないで下さい……は、離して……」
耳がさっきから熱をもっているのには気づいている。赤くなっているのは明白だった。
恥ずかしくてたまらない。だけどアルはクスクスと笑うだけだった。
「嫌だよ。だってリリ、大人しくて可愛いもの。嫌だったら、僕を払いのけて? 抵抗して? そうしてくれたら、大人しく離れるから」
「え……」
「抵抗している女性をいつまでも抱き締めているほど、僕も酷い男ではないつもりだ。だから、一言『嫌だ』と言って、僕を突き飛ばすなり、払いのけてくれればいいんだよ。そうしたら僕だってそれ以上君が嫌がることなんてしない。当たり前だよね。僕は君に惚れているんだからさ」




