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第三章 王子の誘い






「お嬢様、アラン殿下からお手紙が届いておりますよ」

「アルから?」


 午後のお茶を楽しんでいると、ルークが手紙を持ってやってきた。彼が持っているのは見覚えのある封書。表書きには私の名が記されている。もちろんそれが彼の直筆だということを何度も手紙のやり取りをしている私は知っていた。


「ありがとう」


 ルークから手紙を受け取り、第一王子の印が押してあることを確認してから封を開ける。

 手紙には、彼の筆跡で城に遊びに来ないかと書かれてあった。以前約束した通り、自分の部屋を案内するからと。

 アルからの誘いに、頬が熱を持った。


「まあ……」


 私室を案内してもらえるなんて、いかにも特別という感じがしてすごく嬉しい。

 口元が喜びでうにうにと緩む。そんな私を見て、ルークが聞いてきた。


「殿下はなんとおっしゃっていらっしゃったのですか?」

「し、城に遊びに来ないかと誘って下さったの! 部屋を案内して下さるって。確かに以前、そんな話はしたけれど、まさか本当に呼んで下さるなんて思わなかったわ」


 城には何度か行ったが、まだアルの部屋に遊びに行ったことはない。こうして誘ってもらえるのは、親しさの証のような気がして嬉しかった。

 ばっと立ち上がる。


「ど、どうすればいいかしら。ドレスは? ドレスは何を着ていけば……あ、そうよね、わざわざアルが誘って下さったのだもの。新しく新調しなければ! 最高の私をお見せしなければいけないわ!」


 嬉しすぎて自分が何を言っているのかもよく分かっていない。すっかり混乱していると、ルークが酷く冷静な声で私を止めた。


「お嬢様、落ち着いて下さい」


 そこでようやく我に返る。


「……はっ」

「お誘いいただいたのは、いつなのです? ドレスを作るなとは申しませんが、あまり早い日程だと間に合いませんよ。あと、張り切りすぎて失敗しそうなのがお嬢様ですから、一度深呼吸して、落ち着いてからお決めになるべきかと」

「そ、そうよね!」


 ルークの言葉に頷き、慌てて深呼吸をする。

 落ち着いた気持ちには全くならなかったが、多少の冷静さは戻ってきた気がした。


「で? 新しいドレスはお作りになりますか?」


 ばっちりなタイミングでルークが聞いてくる。それに私は、恥ずかしく思いつつも答えた。


「……作らないわよ。無駄遣いはしないって決めたばかりだもの。それに、ルークの言う通りだわ。お誘いいただいたのは三日後。新調する時間なんて冷静に考えてないのよ」

「そうですか。最高のお嬢様、というのも見てみたかった気がしますが」


 混乱していたとはいえ、我ながらなかなか恥ずかしい台詞を言ったものだ。

 わざわざ指摘してくるルークが意地悪で、睨んでしまう。


「からかわないでちょうだい。ちょっと舞い上がってしまっただけじゃない。アルは……きっといつもの私が好ましいとおっしゃって下さると思うの。だから、変に張り切るのは止めるわ」

「それがよろしいかと」


 まるで「正解」とでも言うかのようにルークがにっこりと笑う。

 とは言え、他の部分には力を入れるつもりである。

 肌の手入れはいつも以上に頑張ろうと思うし、吹き出物ができるのは嫌だから、私の食事は今日から野菜中心のものに変えてもらえるよう厨房に頼むつもりだ。目の下に隈なんて作ってアルに会うのは絶対に嫌だから、早めの就寝も心掛ける。

 着るものではなく、自分自身を磨くのだ。それならアルもきっと喜んでくれるし、なんなら褒めてくれるかもしれない。


「そうと決まれば、まずはロッテに相談しなくちゃ!」


 アルと会う時に、必ずドレスを選んでもらっているメイドのロッテ。彼女が選ぶドレスに間違いはない。今回も彼女に頼もうと思ったところで、次は自分で頑張ろうと決めていたことを思い出した。


「……そうね。せっかくの機会だもの」


 初めて彼の私室へ行くのだ。自分で選んだドレスを着て、そして可愛いと言ってもらいたい。

 だけど、失敗するのは絶対に嫌なので、ロッテには助言を求めようと思った。

 自分一人で、彼の好みを選べる自信はない。

 アルと会うまで、あと三日ある。それまでにロッテと相談して、彼が喜んでくれる最善のドレスを選ぶのだ。……自らの力で。


「褒めて下さるかしら……ううん。褒めてもらえるよう頑張るのよ」


 私はいそいそと返書をしたため、気が早いと分かっていつつも三日後に備えて早速準備を始めることに決めた。


◇◇◇


 これまでに何度か訪れた城ではあるが、それでもやはり緊張する。

 約束の日、規定の場所で馬車から降りると、アルが迎えに来てくれていた。


「アル!」

「リリ、よく来てくれたね」


 今日のアルは白を基調としたロングジャケットを着ていた。アルは髪が黒いから黒もよく似合うのだが、白は白で彼の王子様らしさというか、上品さが滲み出てついつい見惚れてしまう。

 彼の左胸には私とお揃いの蝶を象ったブローチが飾られていて、そちらにも目がいってしまう。

 私とアルが婚約者だという証。

 私の今日のドレスは身体のラインがあまり強調されない柔らかなデザインが特徴だが、代わりにたくさんのフリルがついていて、職人の仕事が光る逸品だった。衣装部屋からこのドレスを見つけた時には、こんなドレス、持っていたかしらと本気で首を傾げてしまったくらい見覚えがなかったが、少しずつ変わってきた今の私の好みには合っているし、ロッテもゴーサインを出してくれた。


「そのドレス、よく似合っているよ。可愛い」

「あ、ありがとうございます」


 全てを自分で選んだわけではないが、それでも褒めてもらえたのが嬉しかった。

 何回かはロッテに協力してもらわなくてはならないだろうが、最終的には自分で決められるようになろう。そう、改めて決意しながら私はアルに言った。


「その……アルもとっても素敵です」

「ふふ、ありがとう。君には敵わないけどね」


 アルは私の格好に目を留め、眩しそうに目を細めた。その表情が何とも言えず愛情に充ちていて、それに気づいた私は恥ずかしいやら嬉しいやらで大変だった。


 ――アルが……アルが、今日も素敵だわ。


 思わず両手で頬を押さえる。左手首には、誕生日プレゼントにアルからもらったブレスレットが光っている。それに気づいたアルが満足そうに微笑んだ。


「それもずっと付けてくれてるんだね。嬉しいな」

「~~!」


 ――付けていて良かったわ。


 アルの微笑みに胸を打ち抜かれる。彼にぽーっと見惚れていると、アルが「こっちだよ」と私の手を握り、城の中へと引っ張っていった。当たり前のように握られた手の感触に、更にドキドキしてしまう。


 ――まるで、恋人同士みたい。


 真実恋人同士のはずなのだが、未だ実感のあまりない私は、ついそんな風に思ってしまう。

 埃一つないピカピカの廊下には警備の兵が立っていたが、皆、私たちを見ると恭しく頭を下げた。もちろん私にではなく第一王子であるアルに頭を下げているのは分かるのだが、長い廊下を進む度、次から次へと兵士たちが頭を下げていく様は圧巻だ。まるで自分が偉くなったかのように錯覚してしまう。


 ――少し前までの私なら、きっと勘違いしたのでしょうね。


 アルの婚約者なのだから、皆が私に頭を下げるのは当然。そんな風に考えたはずだ。今は、とてもではないがそんな風には思えない。

 確かに私はアルの婚約者ではあるが、単なる公爵令嬢でしかない。何の力もない女に払う敬意などあるはずがないのだ。そう考えられるようになった自分にホッとする。

 自分が良ければそれで良いと思っていた、自分こそが最高だと思っていたあの頃には戻りたくない。傲慢で高慢な私ではアルに愛してもらえない。これからも努力して、そんな自分を払拭し続けなければならない。

 アルと手を繋いだまま、城の奥、そして上の階へと上がっていく。

 しばらく廊下を歩き、突き当たりにある扉の前で立ち止まった。


「ここが僕の部屋。入って」

「はい」


 扉を少し開け、アルが入るよう促す。私は彼から手を放し、促されるまま中へ足を踏み入れた。


「っ……」


 美しい内装に息を呑む。

 アルの部屋は、天井や壁に、一面、絵画が描いてあった。城の回廊にもある宗教画と意匠を同じくするもので、古いものだとは分かるが、保存状態は良好。彩色も鮮やかで色褪せたりはしていない。

 壁の地の色は金。その上に、精霊や精霊王、神霊の姿が描かれていた。

 描かれた精霊たちはまるで生きているかのようにリアルで、思わず感嘆の声が漏れ出てしまう。


「すごい……」

「吃驚した? 王族の私室は大体、こんな感じなんだ。ちょっと派手なんだけど、まあ、直に慣れるから」


 アルのイメージから、なんとなくもっと落ち着いた感じの部屋をイメージしていたので、正直に言えばこれはかなり意外だった。だが、良く見れば、一つ一つの家具は落ち着いた色合いの趣味の良いものが多く、主張しすぎず、良いバランスで配置されていた。


「そこ、座って」

「……はい」


 暖炉の近くにあるロングソファを示され頷いた。大人しく腰掛けると、女官が現れ、お茶の用意をしていった。頭を下げ、部屋から出ていく。パタンという音がし、扉が閉まったことに気づいた。


「ア、アル?」

「ん?」

「と、扉……」


 いくら婚約者とはいえ、密室に二人というのは不味いのではないだろうか。閉めるのなら、女官か誰か同席させるべきではと焦る私に、アルは落ち着き払った声で言った。


「ああ、ちょっとね。君だけに見せたいものがあるから閉めただけ。何も不埒な真似をしようってわけじゃないから安心して」

「ふ、ふらち……」


 にこりと微笑んだまま言われた言葉に、私は固まった。


 ――不埒って、た、たとえばキス、とか、かしら。


 恋人同士になった時にした口づけを思い出し、一人で真っ赤になっていると、アルはやけに真剣な顔で言った。


「リリ、どうして君が精霊契約に失敗したのか、その理由は分かった?」

「え? い、いえ……」


 慌てて妙な妄想を振り払う。

 アルが大事な話をしているのが分かったからだ。私も居住まいを正し、真面目に答えた。


「私なりには調べてみましたが……未だ原因は不明です」


 正直に告げると、アルは「僕もなんだよ」と残念そうに言った。


「君が失敗した要因、いくつか考えてはみたんだけど、どれも決め手に欠ける気がしてね。それで、一つ考えたんだ」

「はい」


 何をだろう。首を傾げながらも話の続きを促すと、アルは真面目な顔をしたまま言った。


「――僕には、契約している精霊がいる。炎と風の精霊の二体なんだけど、君さえ良ければ今、ここに呼んでみようと思うんだ」

「え?」


 アルの提案に驚いた。

 次期国王であるアルは、当然だが、契約している精霊がいる。

 炎と風の精霊。一体と契約するのが精一杯というのが普通の中、二体契約していると平然と告げるアルはさすが第一王子としか思えなかった。


「アル……」

「呼ぶのは一体だけにするつもりだけど、やっぱり精霊のことは精霊に聞くのが一番かなと思ってね。先に呼び出して色々聞いてみても良かったんだけど、実際に君を見てもらった方が早いかなと思って。もちろん気が進まないというのなら無理強いするつもりはないけど……どうする?」


 じっと私を見つめてくるアル。

 その目はとても真剣で、彼が真実私のためを思って提案してくれているのが分かった。


 ――精霊に直接事情を聞く。


 考えたことはなかったが、確かに方法としては悪くないどころか最上なのではないだろうか。

 何も手段がない現状、アルの提案は有り難いものとしか思えない。


「……お願い、します」


 精霊に何を言われるのか分からない。もしかしたら私にとってショックなことを言われてしまうのかもしれない。だけど、これ以上居竦んでいるわけにはいかないのだ。

 原因を知り、対策を練って二回目の精霊契約に挑まなければ。

 でなければ、いつまで経っても私は、アルと結婚できないのではないかと不安に怯えたまま。それは絶対に嫌だ。

 意を決してお願いする。アルは小さく頷き、己の契約している精霊の名前を呼んだ。


「イグニス」

『呼んだか、アラン』


 彼の呼び声に応え、姿を見せたのは、真っ赤な精霊だった。一目で炎の精霊だと分かる、逆立った赤髪に宝石をはめ込んだような赤い目。私が前回呼び出した精霊とは違い、革の鎧のようなものを着ている。勇ましい姿だ。

 大きさは、掌サイズよりも少し大きめ。彼――と呼ぶのが正しいのかは分からないが、呼び出された精霊はアルを、次に私を見て首を傾げた。


『? 誰だ。この女は』

「僕の婚約者のリリだよ。可愛いでしょう」

『人間の美醜はよく分からないが、闇の精霊が好みそうな気配だな。契約はしていないのか?』

「……!」


 さらりと告げられた言葉に、息を呑んだ。

 アルが慎重に精霊に話しかける。


「確かに彼女は闇の精霊に適正があるみたいだけど……ねえ、イグニス。一つ聞きたいんだけど、彼女って君たちが契約したくない何かがあったりする?」







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