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間章 アル



 

「兄上! なあ! 話を聞いてくれよ!」

「……」


 無駄に大きな音を立てて扉を開ける弟を見て、僕は書類にサインしていた手を止め、「またか」と、これ見よがしに溜息を吐いた。


◇◇◇


「どうして、邪魔したんだよ! オレに、ヒロインとくっつけばいいって言ってくれたのは他でもない兄上だろ!?」


 カーライル嬢のデビュタントがあった夜会の後、部屋に帰ってきた僕を待ち構えていたのは、先に帰したはずの弟だった。

 弟は夜会服から着替えもせず、苛々としながら僕を睨んでいる。

 そんな弟を視界に入れないようにしながら僕は上着を脱ぎ、クラヴァットを緩めた。


「ねえ、ウィル。僕は、常識を無視したやり方をしろとは一言も言っていないと思うんだけど?」

「っ……」


 弟に目を向ける。僕の顔を見た弟は、一瞬、怯んだ様子を見せた。


「で、でも! ゲームではあれが正しいんだ! デビュタントの夜会の日、ヒロインは第二王子にエスコートされる! だからオレは……!」

「だから、カーライル嬢のエスコート役を務めるはずだった彼女の叔父を追い払ったと言うのか。……僕は時々、お前が僕と同じ教育を受けた王子なのだということを疑いたくなるよ。お前が馬鹿なことをやってくれたせいで、僕ら王族の評判は落ちるだろうね。本当に頭の痛い話だ」


 本心から言うと、ウィルは焦ったように言い訳を始めた。


「だ、だから! 待ってくれよ、兄上! 違うんだ。イレギュラーなことをしたのはオレじゃない! 本来ならクロエ・カーライルは約束していたエスコート役がいなくなって困っているはずだったんだ。それを偶然通りかかった第二王子が、人助け半分、からかい半分でエスコートを申し出るってのが本来の流れで――」

「ふうん。で? それが起こらなかったから、お前は無理やりカーライル嬢の叔父からエスコート役を奪い取ったってわけか」

「っ! だって、そうしないとオレのイベントが起こせないじゃないか!」


 仕方ないだろうと僕を見つめてくる弟を冷ややかな気持ちで見つめ返す。


「その結果、お前はカーライル嬢に嫌われたわけだ。当たり前だけどね」

「は? 何言ってるんだ、兄上。オレが嫌われるなんて、そんなことあるわけない。だってオレは出会いイベントをクリアしたんだぜ? もう、オレのルート一直線のはずだろ?」

「へえ」


 適当に相槌を打ちつつ、先ほどの夜会を思い出す。

 リリの友人だというクロエ・カーライル伯爵令嬢。ウィルが彼女のエスコート役を買って出たという辺りで、彼女がウィルのしつこく言う『ゲームのヒロイン』であることは分かったが、僕は彼女に『リリの友人』以上の認識を抱けなかった。

 それも当たり前だろう。

 僕の心はすでにリリに囚われているし、可愛いリリ以外に僕の心を騒がせる存在がいるはずもないからだ。


 ――ふうん。彼女が、ウィルの言う『ヒロイン』か。


 確かに可愛らしいと思うし、リリの友達なのだから性格も良いのかもしれないが、特別な感情は露程も芽生えない。

 だけど、リリはそうは思ってはいないようだった。不安でいっぱいだという顔で、もしかして僕が彼女に取られてしまうのではないかと、可愛らしくヤキモチをやいてくれたのだ。


「アルは、もう、私のだから」


 あの台詞はずるいと思う。あんな可愛らしい独占欲を見せられて、何も思わない方がおかしい。言われた時には、胸が苦しくなったし、あのまま自分の部屋に連れ帰りたくなった。僕の恋人がこんなにも可愛いのだと誰彼構わず自慢したくなった。


 ――ああ、やっぱり僕のリリが一番可愛い。


 こんな可愛らしい子が婚約者として自分の側にいて、他を見るなんて到底無理な話だ。


「兄上、兄上!」


 改めてリリの愛らしさに深く納得していると、ウィルがしつこく話しかけてきた。

 せっかくリリのことを考えていたのに台無しだ。


「何」


 ぎろりと睨むと、ウィルは「うへえ」と顔を歪めた。


「なあ、さっきのことは謝るから、機嫌直してくれよ。もう強引な真似はしない。兄上に約束したとおり、正攻法でいくから。……あーあ、本当なら、屋敷まで送っていくってとこまでがイベントだったのに。兄上は悪役令嬢……じゃなかった、リズ・ベルトランと上手く行っているんだろ? それならオレの邪魔をしないでくれよ。むしろ弟の幸せのために協力してくれても良いと思うんだけど」

「協力できるような弟ならね。さっき見たような馬鹿のためにできる協力は何もないかな」

「……兄上、厳しいなあ」

「当たり前だろう」


 実際、ウィルが強引にエスコート役を代わったことは、かなりの人数に知られていて、正直頭を抱えたくなるくらいだった。

 第二王子がやることとは思えないと眉をしかめられている。僕だって、弟から話を聞いて、何をやっているんだと思わず怒鳴りつけたくらいなのだから。


「これ以上、愚かな真似はしないで欲しいね」


 心から言ったのだが、弟はあまり本気に取っていないようだった。


「だーかーら、しないって。でさ、兄上、一つ聞きたいんだけど」

「……何」


 全く反省した様子のない弟に、これは付ける薬もないのかもしれないとこめかみを押さえながら聞く。碌な話ではなさそうだ。


「夜会にさ、ヴィクターがいただろ? ヴィクター・ベルトラン。なんであいつが、クロエに好かれてるわけ? クロエはオレのルートなんだから、ヴィクターに見惚れるとか駄目だろ」

「……僕が知るわけないだろう」


 普通に考えて、弟と彼なら、僕だって彼の方を選ぶと思うけど。

 それは言わず、弟を見ると、弟は悔しそうに言った。


「イベントを起こしてるのに、ヒロインから返ってくる反応が違うのって絶対アイツのせいだよな。なんだよ、オレの邪魔をするなよ。確かにヴィクターも攻略キャラだけどさ、あいつはイベント起こしてねえんだから、出てくるなっつーの!」

「ウィル」

「何だよ」


 ムスッとしながら僕を見るウィルに、最後の助言だと思いつつ言った。


「……お前が、カーライル嬢を本気で好きだというのなら、それはそれで良い。だけどね、それなら、ゲームだなんだ言っていないで、彼女自身を見るところから始めるのが良いのではないかな? そうすれば彼女の方も自ずとお前を見るようになってくれると思うよ」


 本気で言った。

 大体、恋愛をしようというのに、まともに相手を見ようとしていない時点でウィルは駄目なのだ。

 お互いを知り、距離を縮めていくのが普通なのに、弟は全部を放り投げている。

 自分の勝手な形に相手を嵌め、その通りにすれば手に入ると信じている。

 血の通っている人間が、そんなことをされて、その相手を好きになるはずがないではないか。僕の弟はそんな簡単なことすら分からないのだろうか。


「は? 何言ってんだ、兄上」


 兄として、できる限りのアドバイスをしたつもりだったが、ウィルはやっぱり分かっていないようで、首を傾げながら言った。


「ゲームはゲームだろ。ま、いいや。とりあえず、イベントは起こしたし、次のでかいイベントって何だったっけ。確か……デートイベントだったよな。よし、その準備をするぞ!」

「ウィル!」


 引き留めたが、すっかりその気になった弟は足取りも軽く、僕の部屋を出て行った。

 弟が出て行き、一人になった部屋で溜息を吐く。


「疲れた……」


 あれが自分と血の繋がった弟だとは思いたくない。

 以前まではもう少しマシだったと思うのだが、ウィルはここのところ急にその行動が派手になった。

 あの様子が続くようなら、そうそう庇ってやることもできない。


「……どうするか」


 頭が痛い。

 せっかくリリと両想いになって、幸せな毎日が続くと思っていたのに、ここにきて弟に苦しめられることになるとは思わなかった。

 だけど――。


「僕とリリの邪魔をするのなら、その時は容赦なく切るから」


 それだけは確かだ。ようやく手に入れたリリとの幸せがウィルのせいで壊れるというのならその時は迷いはしない。


「せいぜい、僕と関わらないところで頑張ってくれよ」


 互いの平和のためにも。

 そう思い、僕はこれ以上ウィルの『ゲーム』には関わらないことを決めた。






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