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◇◇◇

 

「それで、あなたの属性は? どの精霊を呼び出すの?」


 精霊契約の場に立ち会う話のついでに、彼女に適正があるという精霊について聞いてみた。

 私は闇の精霊と相性が良かったが、彼女はどんな精霊と契約するのだろう。

 尋ねるとクロエは笑顔で教えてくれた。


「光の精霊よ。私、すごく光の精霊と相性が良いんだって」

「光……」


 小さく呟く。

 それはまた、クロエに非常に似合いそうだ。

 闇の属性だと言われた私からすると、羨ましいとさえ思ってしまう。

 溜息を吐いていると、クロエが窺うように聞いてきた。


「リリ。その……聞いてもいい? リリは、精霊に適正はあるの?」

「……そう、ね」


 精霊に適正があるかどうかは、貴族にとって重要な要素だ。適正がないことは恥ではないが、ないことをコンプレックスにしている人もいるくらい。非常にデリケートな問題なのだ。


 ――どう、答えようかしら。


 精霊契約に失敗したという話はやっぱりしたくない。それならやはり、兄様たちに説明したのと同じように言うのが良さそうだ。


「……適正はあるわ。でも、まだ契約はしていないの。お父様が契約するのに一番良い日を選んで下さるそうだから、今はそれを待っているところよ」


 嘘を吐くのは気が咎めたが、そう言うと、クロエは尊敬の眼差しを向けてきた。


「へえ……! やっぱり公爵家は違うのね! うちはできるだけ早くって言われて、日取りのことなんて何も言われなかったわ!」

「ぐっ……」


 全く疑いもしないクロエの言葉が胸に突き刺さる。

 本当は日取りなんて関係なく行っただけに、彼女の純粋な眼差しが辛かった。

 チクチクと罪悪感が刺激される。

 一刻も早くこの話題から逃れたい。その一心で、私はソファから立ち上がった。


「……そ、そうだわ! こ、子供たちに読み聞かせをする本を一緒に選んでくれるのよね? 今からライブラリーに行かない?」

「行きたい!」


 少々強引な話題変更ではあったが、クロエは素直に応じてくれた。

 喜んでくれる彼女に申し訳ないと思いつつ、クロエを連れてライブラリーへと向かう。もちろん、ルークも一緒だ。ライブラリーには偶然ではあったが、ヴィクター兄様がいて、難しい顔で本を読んでいた。

 ――運が良かったわ。

 家の中でもきっちりとした格好を好む兄様は、今日もピシリと決まっている。

 もしかしたら兄に会わせてあげられるかもと思っていたので、ホッとした。


「ヴィクター兄様」


 声をかけると、本を読んでいた兄は顔を上げ、私を見た。


「ああ、リリか。……そちらは……連れてくると言っていた友人の――確か、カーライル嬢だったか」


 クロエに視線を向ける。兄と目が合ったクロエは、見事に顔を真っ赤にしたまま、それでもなんとか兄に挨拶をした。


「お、お邪魔しております」


 緊張のあまりか、蚊の鳴くような声だったが、兄には聞こえたようだ。兄は鷹揚に頷き、再度私に言った。


「で? ライブラリーに何の用だ?」

「子供たちに読み聞かせをする絵本を探しに来たのです」


 説明すると、兄は得心したように頷いた。


「そういえば前に孤児院で必要だと言っていたな。言い忘れていたが、私が昔使っていて、今はもう使わなくなった本を部屋に用意してある。あとでルークにもたせるから、良ければもっていくといい」

「そうなんですか? ありがとうございます」


 以前、兄は子供たちのための本を用意してくれると言ってくれた。その約束を覚えていてくれたのだとわかり、嬉しい気持ちになる。


「では、遠慮なくお借りします」

「ああ。返却はいつでもいい」


 兄の言葉にもう一度礼を言い、クロエを連れてライブラリーの外に出た。兄の本があるのなら、更に探す必要はないと思ったのだ。それにクロエが兄に見惚れすぎてポンコツになっていて、どうしようもなかった。

 あのままあの場に留まっても、なんの利もない。さっさと去るのが正解と思ったのだが、多分その判断は正解だろう。


「クロエ、クロエ……ヴィクター兄様に会えて嬉しかったのは分かったから、こっちに戻ってきてちょうだい」


 自分の部屋に戻ってから彼女の肩を揺さぶる。潤んで何処を見ているのか分からなかったクロエの目の焦点がようやくあった。


「……はっ」

「はっ、じゃないわよ、全く……」


 我に返ったクロエを見て、笑ってしまう。あまりにも分かりやすい。これでどうして兄は気づかないのか。


「わ、私……?」


 キョロキョロと辺りを見回すクロエに、私は若干呆れながら言った。


「見事に兄様に見惚れていたわよ。まあ、良いけど。ところでクロエ。そろそろ帰る時間だと思うのだけれども、あなた、大丈夫?」

「え? あ、本当だ!」


 最初に長々と話し込んでしまったせいか、時間はすでに夕方を越えている。あまり遅いと父親の伯爵も心配するだろうと思いクロエに尋ねたのだが、案の定彼女は顔色を変えた。


「お父様に怒られちゃう! リリ、今日はありがとう。私、もう、帰らなくちゃ」

「ええ、良かったら、また来て。今日は楽しかったわ」

「私も!」


 焦る彼女を伯爵家の馬車が待っている場所まで連れて行く。馬車に乗り込んだクロエを、ルークと一緒に、その姿が見えなくなるまで見送った。

 踵を返し、自室へと向かう。

 廊下を歩きながら、私は少し後ろを歩くルークを呼んだ。


「ルーク」

「はい、お嬢様」


 チラリと周りを確認する。誰もいないことを確かめてから、私は口を開いた。


「……悪かったわね」

「? 何のお話でしょうか」


 本気で分かっていなさそうな声音に、どう説明しようか悩む。だけども結局正直に告げることにした。


「……あなた、クロエが好きなのでしょう? それなのに、クロエの兄様に対する態度を見せられる羽目になって、嫌だったんじゃないかと思って。いくら専属執事だとは言っても、考えなしだったわね。あなたには部屋で待機してもらえば良かったわ」

「おや、気を遣って下さったのですか」


 振り返ると、ルークはクスクスと笑っていた。


「ルーク?」

「いつまで誤解しているのか知りませんけど、私は別に、クロエに恋愛感情を抱いてはいませんよ。私はお嬢様の世話だけで手一杯。忙しいのです。恋愛などしている暇はありません」

「え? でも……」


 私をクロエに紹介してくれた頃は、間違いなくルークは彼女に恋心を抱いていたはずだ。

 それは彼の態度からも明らかだったし、そう簡単に翻ったりしないものだと思うのだけど。

 そう思ったから私は言った。


「……思いが実る、実らないは別にして、強がる必要はないと思うのだけれど……」

「恋愛脳なお嬢様には申し訳ありませんが、私は男女間に友情は成立する派、でして。彼女のことはとても良い友人だと思ってはいますが、それ以上ではありません。お嬢様、いい加減、誤解するのは止めて下さい。迷惑です」

「え……本当に?」


 きっぱりと告げるルークを見つめる。確かに、その表情のどこにも嘘は見られなかった。ルークは本気でクロエを好きだと誤解されることを嫌がっている。そうとしか見えない。


「……え? え? ということは、私、誤解していたってこと?」

「そうなりますね」

「……なんてこと」


 それは、すごく恥ずかしい。まさかの答えに頭がクラクラしてきた。

 ルークは澄ました顔で私に言った。


「私にはお嬢様がいますから。恋愛にうつつを抜かすような余裕はありませんし、必要だとも思っていません。おわかりになりましたら、今後一切、妙な誤解や勘違いはなさらないように」

「……わ、分かったわ。その……誤解して悪かったわね」

「正直に謝って下さったので、許します」

「……ありがと」


 一瞬、どうして主人の私が執事に上から目線で許されなければならないのかと微妙な気分になったが、勘違いしていたのは自分だという自覚はあったので、今回はツッコミは入れないことにした。


 ――でも、良かったわ。


 なんとなくホッとする。

 ウィルフレッド王子がクロエが好きで、クロエはヴィクター兄様が好き。そしてルークまでもがクロエを好きだなんて、どんなドロドロ展開なのだと内心頭を抱えていたのだ。

 ルークが関係ないというのなら有り難い。


「……ね、それなら思い切って聞いてもいい? あなたも気づいたと思うけど、クロエはヴィクター兄様のことが好きなの。……ヴィクター兄様はクロエのことどう思っているように見える?」


 事情を知っているからこそ聞けることだ。ルークに尋ねると、彼は難しい顔をした。


「……どう思うも何も、お嬢様のご友人。それだけですね」

「やっぱり……」


 予想通りの答えに、肩を落とす。

 そんな気はしていた。

 だって兄様の態度はいつもと全く変わらない。頬を染め、可愛らしい顔で自分を見つめているクロエにだって全然気づいていなかった。そんな兄が恋とか難攻不落すぎる。

 ルークも同じことを思っているのか、どこか苦い表情をしていた。


「ヴィクター様は、ここのところ、あなたやユーゴ様と時間を過ごされることを特に好んでいるように見受けられます。今まで家族には目を向けていなかったヴィクター様が、です。しかもとても楽しそうだ。……しばらくは恋愛など難しいのではないでしょうか」

「……そう、ね。私もそう思うわ」


 ルークの言葉には心当たりしかなかった。

 ユーゴ兄様とヴィクター兄様。そして、私。

 三人で過ごす時間は確実に増えている。ノエルを囲んでの兄妹だけでのお茶会など、最近では二日に一回ペースだ。それを私も楽しんでいるけれど――。


「……しばらくはそっとしておくのが良いのかしら」


 考えた後、そう零すと、ルークは真顔で頷いた。


「恋愛初心者のお嬢様にしては上出来かと。下手に手を出して、クロエを泣かせたりはしたくないでしょう?」

「……」


 ルークの言い方にはもの申したいところではあったが、否定できないので、黙っておくことにする。

 クロエと兄。そしてウィルフレッド王子。

 三人がどうなるのか分からないけれど、変に掻き回して、もっとこじれても困るので、とりあえずは様子見に徹しようと心から思った。







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