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「み、皆が見ています。は、恥ずかしい……」
「良いじゃないか。僕たちの仲が良いって見せつけてやれば良いんだよ」
「そ、そんな……」
さすがにそんな恥ずかしい真似はできない。そう思ったが、アルはクスクスと笑った。
「だって僕はリリの、なんでしょ? 嬉しいな。もちろん、君も僕のものだからね?」
「……はい」
そうでなければ困る。アルの腕の中で頷くと、彼は上機嫌で抱き締めていた腕を解いてくれた。そうして優しい目で私を見つめてくる。
「アル?」
「ね、リリ。大丈夫だよ。僕たちはこんなに思い合っているんだからさ」
「……はい」
「君以外なんて、見ないから安心してよね」
アルの言葉に、ただ、首を縦に振る。
不安が完全に払拭されたわけではないが、はっきりとアルがクロエのことを否定してくれたこともあり、かなり気持ちは楽になった。
そうだ。アルは私のことを好きだと言ってくれた。そんな彼が、クロエに気を取られたりするはずない。
それに、クロエにだって失礼だ。彼女は、友人の恋人に色目を使うような人ではない。
とても信頼できる、私のただ一人の女友達なのだ。
ウィルフレッド王子の言葉に惑わされて、恋人と友人を疑うなど、あってはならないことだ。
「すみません。もう大丈夫です」
自分の中で折り合いを付け、アルに向かって頭を下げる。平気だと頷くと、アルは安堵の表情を浮かべた。
「良かった。ここにきてまで、ウィルの妄言に振り回されたくないからね。リリ、僕たちは僕たちだ。ウィルの言うことなど気にせず、僕たちなりに歩んでいけば良い」
「そう……ですよね」
アルの言う通りだ。
私たちは私たちのやり方で進んでいけば良い。ゲーム、などと言われても思い当たる節は全くないし、ウィルフレッド王子に付き合う道理もないのだ。
――私とアルには関係ない。
ようやくそう思いきる。気を取り直して、ダンスホールを見ると、ちょうどクロエとウィルフレッド王子のダンスが終わったところだった。
あまり見ることはできなかったが、二人のダンスはなかなか好評だったようだ。お世辞ではないと分かる拍手が沸き起こる。私も立ち上がり、慌ててそれに倣った。ウィルフレッド王子とクロエがダンスホールから下がる。アルが私の手を握り、言った。
「友達のことが気になるんでしょう? ウィルがいたら、なかなか近づきにくいだろうし、一緒に行ってあげるよ」
「ありがとうございます」
ウィルフレッド王子が離れたタイミングを狙おうと考えていたところだったので、アルの言葉は有り難かった。一緒に、ウィルフレッド王子とクロエが話しているところに向かう。
「……クロエ」
ウィルフレッド王子が笑顔でクロエに話しかけている。それをクロエはぎこちない笑顔で応えていた。
彼らの周りでは、彼らがどういう関係なのか知りたい貴族たちが互いに牽制しつつ、様子を窺っている。その中を、アルはあっさりすり抜け、弟王子に声を掛けた。
「ウィル、酷いじゃないか。一緒に夜会に出てくれと言っておきながら、僕を放置するなんて。そちらの女性のことは紹介してくれないのかな? ――ああ、君たちは邪魔だから、もう少し離れてもらえる? 僕はあまり人に話を聞かれるのが好きではなくて」
アルはにこりと微笑みながら、集まっていた貴族たちに向かって言った。王位に一番近い、第一王子に逆らう気はないのだろう。気になってはいるが、不興は買いたくないのか、皆、わりあい素直に引き下がった。
体よく貴族たちを追い払い、アルは「ああ、鬱陶しかった」と息を吐く。
「僕たちのことが気になるのは分かるけど、ああいうのは止めてもらいたいよね。で、ウィル?」
アルの視線を受けたウィルフレッド王子が実に爽やかな笑顔を浮かべた。
「……今日、デビュタントを迎えた、クロエ・カーライル伯爵令嬢です。兄上」
「!?」
声にこそ出さなかったが、ものすごく驚いた。
ウィルフレッド王子の言葉遣いが、今まで聞いたこともないほど丁寧だったからだ。
あと、似合わなすぎる(外見的にはとても似合っていた)爽やかな笑顔に悪寒が走った。
本当に、本人なのだろうか。アルからはお墨付きをもらっているが、信じられない。思わず不信感からアルに目を向けると、彼は苦笑して頷いた。
――ああいう擬態もできるのね……。
王族なのだ。考えてみれば当たり前なのだが、今まで伝法な口調なウィルフレッド王子しか知らなかったので、受けた衝撃はとても大きかった。
ただ驚くしかできず、唖然としていると、話を聞いたアルが黙ったままだったクロエに話しかけた。
「クロエ・カーライル嬢だね。宜しく。知っているだろうけど、僕はアラン・ローズブレイド。ウィルの兄だ。隣の彼女は――君も知っているよね。リズ・ベルトラン。僕の婚約者だよ」
「あ、し、失礼致しました、アラン殿下。クロエ・カーライルです」
クロエは慌てて頭を下げた。アルは鷹揚に頷き、ウィルフレッド王子に目を向ける。
「で? どうしてお前がカーライル嬢のパートナーを務めていたんだい? 僕はそんな話、全く聞いていないんだけど。僕がリリを連れているのとはわけが違うよね?」
アルの視線を受けたウィルフレッド王子は、しまったという顔をした。すぐに取り繕いはしたが、バレバレだ。
「す、すいません。浮かれていて、兄上にお伝えするのを忘れていたようです。オレが今夜の夜会に出たかったのは、彼女のパートナーになりたかったからで……」
「ああうん。どうせそんなことだろうと思った。一応聞いておくけど、カーライル嬢に同意はもらっていたのだろうね? もちろん僕の弟が、相手の同意を得ず、行動を起こすなどするはずがないと信じているけれども」
「い、いや……それは……」
アルの強烈な皮肉に、ウィルフレッド王子は口の端を引き攣らせながら動揺した。その顔が、「まずい」と言っている。彼の言葉で、ウィルフレッド王子が話を通していなかったことに気づいたアルが嘆息した。
「エスコート役を買って出たいのなら、事前に話を通しておくのは常識だよ。それくらい、お前も知っていると思ったけど、買いかぶりすぎだったかな?」
「や、だってゲーム、では――」
「ウィル」
「っ!」
アルは名前を呼んだだけだったが、その効果は絶大だった。
ウィルフレッド王子が顔を歪める。そうしてボソボソと言い訳を始めた。アルは厳しい表情を崩さない。
二人が込み入った話を始めたことに気づいた私は、話の内容が聞こえないように少し後ろに下がった。クロエに目配せすると、彼女も気づき、ホッとしたように小走りで私の方へとやってくる。その目があからさまに「助かった」と言っていた。
「クロエ、大丈夫?」
「リリ……! ああ、ありがとう!」
側に来たクロエは、涙目で私を見た。私はアルたちが話しているのを確認し、小声で彼女に問いかける。
「で? どういうことなの? 確か、あなたのエスコートは叔父が務めるとか言っていなかったかしら?」
「そうなの。だけど、突然ウィルフレッド殿下がいらっしゃって――」
そうして彼女が話してくれたことを聞き、驚いた。
クロエは当初、予定通り叔父と一緒に馬車に乗り込んでいた。だが、城に着くと何故かウィルフレッド王子が出迎えに来ていて、「彼女のパートナーはオレが務める」と叔父だけを追い返してしまったというのだ。
「ええ? 事前に伯爵家に連絡は?」
「一切なかったわ。だからびっくりしたのなんのって」
「それはそうでしょうね……」
馬車を降りたら第二王子がエスコートするべく待っていたなんて、普通に想像が付かない。その時のことを思い出したのか、クロエが苦い顔をする。
「失礼にならないよう、遠回しには断ったんだけど、全然退いて下さらなくって。でも、叔父様も帰ってしまったし、エスコート役がいないまま夜会へ行くわけにも行かなかったから……」
「そうよね……」
それはクロエにはどうしようもできないだろう。
デビュタントの夜会でパートナーがいないなど、前代未聞。初対面の王子がいくら恐れ多くとも、よろしくお願いしますと頭を下げるより他はない。
「……初対面、よね? 実はどこかで会っていたりとか、そんなのはない?」




