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7



 そうして警戒心を解いたように見える猫を両手で抱える。脇の下に片手を通し、もう片方の手でお尻を抱きかかえた。


「……ずいぶんと慣れているね」

「慣れているわけではないんですけど。その……動物は好きなので」

「ふうん」

「お、おかしいですか?」


 私が動物好きだなんてやっぱり変だろうか。そう思ったが、アルはいいやと首を横に振った。


「そんなことはないよ。君と小動物という構図はなかなかに絵になると思う。……もう少し、その猫が可愛ければ」

「十分可愛いと思いますけど」

「……リリの美的感覚が僕にはよく分からないよ。それで? これからどうするの?」


 アルの言葉を聞き、私は猫を抱きかかえたまま頭を下げた。


「申し訳ありません。せっかく誘っていただいたのに。ですが、この子の手当をしたいのです。屋敷に帰らせていただいてもよろしいでしょうか」


 王子の誘いを台無しにするなど許されることではない。それは分かっていたけれど、私は抱えた猫が気になって仕方なかった。息も少し荒い気がするし、とにかく清潔にして、ご飯を食べさせてやりたい。


「すみません。本当に申し訳ないと思っております。お叱りは後でいくらでも受けます。ですから――」

「いいよ」


 頭上から静かな声が響く。顔を上げると、アルが仕方ないという顔で微笑んでいた。


「協力するって言ったしね。自分の言葉には最後まで責任を持つのが当然だ。怒ったりはしない。君の屋敷に、僕も一緒に行くよ」

「良いんですか?」

「もちろん。僕にはこの場で解散する方が酷な話だよ。僕、せっかく頑張って、今日一日を空けたんだから。このままお別れなんてさせないでよ」

「……ありがとうございます」

「助けるなら急いだ方が良いだろう。馬車に戻ろう?」

「はい」


 アルの言葉に頷き、急いで馬車に戻る。


「……もうちょっと、頑張って」


 抱えた猫に声を掛ける。腕の中におさまった猫はぐったりとしていた。持っていたハンカチである程度の汚れは拭ったが、きちんと消毒をしないと駄目だろう。

 御者に急がせ、私の屋敷へ戻る。


「お嬢様?」


 予定していたよりも随分と早い時間に帰ってきたことを不思議に思ったルークが迎えに出てきた。


「どうなさいました? 殿下と喧嘩でもなさったんですか?」

「違うわよ! そうじゃなくて……お願い、この子を看て!」

「この子? っ! 分かりました。お嬢様の部屋で構いませんか?」

「勿論よ!」


 抱えた猫に気づき、ルークが血相を変える。アルも連れて、三人で私の部屋へと入った。

 通常なら、屋敷にいる父と母に挨拶をするのだが緊急事態だ。落ち着いてから事情を話すことに決め、ルークに応急処置の準備をさせる。


「……大丈夫かしら」


 たらいにぬるめのお湯を張り、痛みに顔を歪める猫を綺麗にした。

 大きなタオルを三枚使って身体を拭き、傷の手当ても済ませる。幸いにも深い傷は一つもなく、皿に水を入れると、大喜びで口にした。餌は、ルークが料理人に頼んで用意してもらったものを与える。

 最初は警戒していた猫だったが、空腹には勝てなかったのか、やがておずおずと食事を始めた。


「良かった。食べてくれた……」

「食欲があるのなら、ひとまずは大丈夫でしょう。傷も浅いみたいでしたし」

「そうね……」


 今は一心不乱に食事をしている猫を見つめ、ホッと息を吐く。その様子は、先ほどまでの死にそうなものとは全く違い、生命力に満ちあふれていた。


「良かった」


 あまり傷が酷いようなら治療魔法を使ってもらうことも考えたが、これなら必要なさそうだ。自分の力で治せる程度の傷なら、自己再生力を鈍らせるのを防ぐために使わないというのが、治療魔法の考え方なのだ。

 魔法を多用しすぎると、簡単な傷すら治らなくなってしまう。重症ならもちろん躊躇なく使うべきだが、軽傷では逆にリスクの方が高い。

 便利なだけでないのが治療魔法だった。


「……お嬢様」

「何?」


 安堵しつつ、猫の背中を撫でていると、ルークが固い声で呼びかけてきた。


「旦那様と奥様が、いらっしゃっています」

「お父様たちが?」

「はい」

「……お通しして」


 ルークに命じる。もしかして、帰宅の挨拶がまだなことを気にして、こちらに来てくれたのだろうか。それともアルが一緒にいるから向こうから挨拶にきたのか。待っていると、ルークに案内されて、部屋の中に両親が入ってきた。その後ろにはユーゴ兄様もいる。

 父がまずはアルに目を向け、頭を下げた。


「殿下。いつも娘がお世話になっております」

「こちらこそ挨拶が遅れて申し訳ない。緊急事態だったものだから」


 アルが言うと、父は頷いた。


「ルークから話は聞いております。リリ、お前、猫を拾ったそうじゃないか」

「……はい」


 どうやら、両親が来たのは、私が猫を連れ帰ったからのようだ。

 まずい流れだ。そう思いながら頷くと、案の定、父は言った。


「お前が拾ったのは、その不細工な猫か。……傷の手当ては終わったのだろう。さっさと元いた場所に戻してきなさい」

「お父様……」


 眉を寄せると、父の後ろにいたユーゴ兄様も同意した。


「お前が猫が欲しいというのなら、もっと可愛らしい、公爵家に相応しい猫を用意しよう。だから、その汚らしい猫は返しておいで。……美しい僕たちには似合わないよ」

「兄様、まだ、そんなことをおっしゃっているのですか。……お父様。この子は傷の手当てが終わったとはいえ、このまま野に放てばきっと死んでしまいます。一度手を差し伸べておいて見捨てるなど私にはできません。責任を持って最後まで世話をすると約束しますので、どうかこの子をうちに置くことを許して下さい」

「お前が望むなら、ユーゴの言うように、それこそもっと美しい猫を用意させることもできるのだぞ?」

「この子でないのなら意味がありません。お父様。私はこの子を助けたいのです。助けるというのは一時的なことではないと思います。ここで手放すのは違う。見捨てるも同然だと思うのです。お願いです。不快だというのなら、私の部屋から出さないようにします。ですから――」

「……分かった」


 しばらく考えた様子ではあったが、最後に父は頷いた。


「お前がそんなに必死になって私たちに頼むことが、まさか『汚い猫を家に置いて欲しい』だとは考えもしなかった。お前が頼むのはいつも『新しいドレス』や『宝石』ばかりで、私たちもそれでいいと思っていたのだけれどね。どうやら私たちの知らないうちにお前は随分と成長していたようだ」


 感慨深げに言い、父はアルに目を向けた。


「娘が変わったのは、あなたと婚約した直後のように思います。殿下に、お礼を言うべきなのでしょうな」

「いいや。僕は何もしていないよ。変わったのは、リリが変わりたいと自分で頑張ったから。僕に礼を言うのではなく、彼女の努力を認めてやって欲しい」

「……分かりました。リリ、猫のことは分かった。屋敷の者たちにも話しておこう。あとで、名前を教えておくれ」

「……はい!」


 名前、というところで、瞳が潤みそうになってしまった。

 父が本当に、この子を飼って良いと認めてくれたのだと分かり、嬉しかったのだ。用事が済んだと、父は母を連れて部屋を出て行き、残ったのはユーゴ兄様だけになった。


「兄様」

「リリ、僕は認めたわけではないから」





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