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 答えられず、視線を宙に浮かせる私に、アラン王子は根気よく言う。


「迷ってる? 別に裏なんてないから心配しないで大丈夫だよ。でも、君が納得できる理由が欲しいのだとしたら、そうだね、仮にも君は僕の婚約者になる予定の女性だ。その女性がより良い方向に変わろうとしているのを手伝うのは、何もおかしなことではないと思うのだけど、どうだろう」

「……どうだろうとおっしゃられても」


 困る。それにウィルフレッド王子は言ったのだ。

 アラン王子は悪役令嬢に嫌気が差し、別の女性とハッピーエンドを迎えるのだと。つまり、最終的な相手は私ではないということだろう。ウィルフレッド王子の話が本当なら、アラン王子はわざわざ私を改善させる必要はないのだ。

 別にウィルフレッド王子の言ったことを全部信じているわけではない。彼は予言っぽい言葉をいくつも並べていたけれど、あんなのは妄言の類いだと思っている。だけど、聞き逃せない部分だってあるのだ。


「……」


 チラリとアラン王子に視線を向ける。柔らかな笑みを浮かべる彼は、やっぱり私の心をざわめかせるほどに格好良い。そしてこうして、私に手を差し伸べてくれているところを見ても、噂されているように心優しい人で間違いないのだろう。

 この人と結婚できることを先ほどまでの私は幸せだと思っていたけれど。


 ――最低だと称される私と結婚していい人じゃないわ。


 認めたわけではないけれど、アラン王子のことを惜しいと思わないわけではないけれど、それが私の今の正直な気持ちだった。

 彼が別の人と幸せになれるというのなら、いや、それがたとえ嘘だとしても、私と婚約するよりは良いだろう。

 幸いにも私たちはまだ婚約していないし、それなら互いに傷もつかない。私に甘い父に言えば、別の婚約者を用意してくれるはずだ。いや、その新たな婚約者にも申し訳ない気がするから、とりあえず父には『しばらく婚約者は必要ない』とだけ言っておこう。

 結論を出した私は頭を下げ、アラン王子に言った。


「大変有り難いお申し出ですが、遠慮させていただきます。その……殿下が私のようなものに関わるのはあまりよろしくないと思います。自分のことですから自分で何とかしますし、婚約も、まだ何も約束したわけではないのですから、無理にせずとも良いと思います。殿下にはいずれ見合った方が現れるそうですから、その方を待たれてはいかがでしょうか」


 兎にも角にも、まずは落ち着いて色々と考え直したい。今までの自分についてとこれからの自分について。

 そしてウィルフレッド王子の発言の真意についても。

 それらを考えるには、アラン王子やウィルフレッド王子から一旦離れるべきだと思った。

 だけど私の話を聞いたアラン王子は、納得できないと言わんばかりに眉を寄せる。


「もしかして、弟の言ったことを気にしているの? だったら、大丈夫だよ。僕は、弟の話を鵜呑みにしているわけじゃないから。現れるかどうかも分からない女性を待とうとはとてもではないけど思えないし、そんなものを待つくらいなら自分に与えられた婚約者を変える方を選ぶよ。君は、とても可愛い人のようだし、僕は君で構わないって思うんだけどどうだろう」

「え、えーと……あの……殿下」

「可愛いよね、君って。弟は美人だって言っていたけど、確かにそれはそうかなと思うんだけど、僕は君をすごく可愛い人だと思うんだ。こんなに可愛い人は初めて見た」

「あ、ありがとうございます?」


 美しい、綺麗とは何度も言われたことはあるが、可愛いと言われたのは初めてだ。

 戸惑っているとアラン王子は私の手を取って言った。


「だからさ、難しく考えなくていいから、とりあえず一緒に頑張ってみようよ。やれるところまで。ね?」


 好みの顔が私を見つめてくる。それに耐えきれなかった私は、つい、首を縦に振ってしまった。


「……殿下が、それでよろしいのでしたら」

「もちろんだよ。良かった。じゃ、早速だけど父上に報告に行こうか」

「へ?」


 本気でアラン王子が何を言ったのか分からなかった。唖然と王子を見つめると、彼は私の手を握りしめたままさらりと言った。


「だから、父上に報告。僕たち、婚約しますっていう報告のことだよ」

「待って!? 待って下さいっ!」


 思わずカッと目を見開いてしまった。

 婚約? 何故そんな話になった。

 私は王子の手をふりほどき、慌てて言った。


「私は殿下の協力を受け入れるとは言いましたが、婚約についてはその限りではありません。殿下にも先ほど説明させていただきました。何も無理をする必要はない、と。それなのに――」

「僕は君で構わないと言ったよ。それとも君は嫌なの?」

「えっ……いえ……そんな、ことは……」


 あるわけがない。

 ただ、いずれ彼に相応しい人が現れるというのなら、私は破棄されると分かっている婚約など受けたくはないと思うだけなのだ。だけど王子は退いてはくれなかった。


「それなら問題は何もないね。僕も君が婚約者で構わないと思っているし、君も僕が嫌ではない。ほら、話は決まった。父上に報告に行こう?」

「え? え? え?」


 いや、問題しかない気がする。動けない私に、アラン王子が焦れたように言う。


「それにさ、君に協力するのなら、僕たちには一緒にいる理由が必要だと思うんだ。それには『婚約者』という肩書きはぴったりだと思うんだけど」

「え、でも……」


 そんな理由で婚約などしたくない。

 私の顔を見て、言いたいことに気づいたのだろう。アラン王子がふっと冷たい表情になった。

 ぞくりと恐怖に似た何かで背中が震える。


「ふうん、嫌なんだ。つまり君は、弟の言うところの『悪役令嬢』のままでいたいということだね?」

「えっ、ち、違っ……」

「そういうことでしょう。だって、君は『悪役令嬢』がどんなものなのか分からないんだから。分からないものをどうこうできる? 無理、だよね。一人で頑張る? 分からないのに? 不可能でしょう」

「……」

「僕の協力、不可欠だと思うけどなあ」


 ニコニコと笑うアラン王子から威圧を感じる。

 絶句する私に、彼はとどめを刺すように言った。


「ね、だから僕と婚約、するよね?」


 ――それとも、『悪役令嬢』の道を一人で突き進む?


 そう、声が聞こえたような気がしたのはきっと気のせいではないはずだ。


「……はい。婚約、したいと思います」


 震える声で頷く。

 頷くしかなかった。


「うん、良かった!」


 上機嫌で笑うアラン王子は噂とは違い、意外と怖い人なのだろうか。

 断るという選択肢を潰された瞬間だった。





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