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◇◇◇


「ええと、今日はどちらに向かう予定なのですか?」


 馬車から降り、私はアルに尋ねた。

 町に行くとは聞いていたが、どこへ行くかまでは聞いていなかったのだ。

 知らないままなのも楽しいかと思っていたのだが、さすがにそろそろ教えてくれても良いだろう。


「そうだね。人目に付くのが目的だから、町を散策しつつ、人気カフェ店にでも行ってみようと思っているんだけど、駄目かな?」

「構いませんけど、人目に付くのが目的というのは、何ですか?」


 町の散策もカフェに行くのもデートとしては定番だから変だとは思わない。だが、人目に付くのが目的というのが分からなかった。

 疑問を口にすると、アルは真顔で告げてくる。


「うん? 第一王子とその婚約者の仲の良さを皆に見せつけておこうと思って。それにはできるだけ多くの人の目に触れた方が良いでしょう?」

「……それは、『悪役令嬢』回避のための作戦か何かですか?」


 心底意味が分からなかった。

 第一王子は天才だという話を聞いたことがあるが、これは天才ならではの、凡人には分からない何らかの作戦なのだろうか。うん、きっとそうに違いない。

 自分の中で納得していると、アルが私の手を取った。

 きゅっと手を握られる。久しぶりの感触にどきりとした。


「馬鹿だな。作戦なんかじゃないよ。これは単に僕の我が儘。有り体に言えば、僕は君を見せびらかしたいんだ。君を連れ歩いて、『ああ、第一王子は婚約者と仲が良いんだな』と思ってもらいたいし『あんな美人と婚約できるなんて羨ましい』って思われたいんだよ。分かる?」

「……」


 あけすけすぎる物言いに、言葉が出ない。


「だってさ、君は毎日あの執事と一緒に町を歩いているって言うじゃない? 中には誤解している人たちもいると思うんだ。あの綺麗な子は、いつも隣にいる彼と恋仲なのかな、なんて思われている可能性は十分あるよね」

「……ルークは執事です。執事服を着ているのですから、誤解しようがありませんよ」

「そうだよね。分かってる。きっと、君の方が正しいんだろう。でも、僕が嫌なんだ」

「アル……」

「ねえ、僕が、嫌なんだよ」


 じっと見つめられ、じわじわと頬が熱くなっていく。

 駄目だ。すごく、嬉しい。

 私の反応を見たアルが嬉しそうに微笑んだ。


「可愛い。君のその顔を見られただけで、とりあえず目的の半分くらいは達した気分になれたかな? もちろん、実行するけどね」


 パチリとウィンクを決めて見せたアルは、やっぱりすごく格好良い。

 今だけとは分かっているが、彼が私の婚約者なのだと思うと、嬉しくて仕方なかった。

 恥ずかしくなって俯いてしまう。

 そんな私にアルが言った。


「じゃあ、そういうことで、まずは町を散策しようか? 婚約者殿?」


 その顔があまりにも格好良く見えてしまった私には、「はい」と答えるしか選択肢がなかった。


◇◇◇


「楽しいね」

「は、はい。その、随分と視線が痛いですけど」

「それは仕方ないよ。僕、第一王子だから」

「……わざと目立つようになさっていると思うのですけど、気のせいですか」

「気のせいだね。間違いない」

「そう……ですか」


 胡散臭い笑顔を見て、これは何を言っても無駄だと悟った私は項垂れた。

 アルにデートだからと強引に手を繋がれつつも、歩道を歩く。

 彼は私に宣言した通り、まずは一番目立つと思われる大通りを選んだ。

 大通りは馬車が行き交い、歩道には露店が建ち並んでいる。人の行き来も多いので、アルの期待通りと言おうか、注目度合いは抜群だった。

 皆が滅多に見ることのない王子様に驚き、その隣にいる私を見て、更に驚くのだ。

 その度にアルはニコニコと手を振り、もの言いたげな視線を向けてくる者には「彼女、可愛いでしょ。僕の婚約者なんだ」と笑いながら言った。

 そんな風に言われれば、相手も「そ、そうですか。そういえばご婚約なさったと……おめでとうございます」としか言えない。

 デートというより見世物のような気がすると思いつつも、「婚約者だ」と説明してもらえるのは嬉しくて、結局「止めて下さい」とは言えなかった。

 だって本当は、私の方こそ言いたいのだ。

 この素敵な人は私の婚約者で、私は彼と結婚するのだ、と。

 だけど、いまだ『悪役令嬢』から抜けきれない私では、彼に相応しいとは言えない。

 今のままの私では結婚どころか、「『ヒロイン』のところへ行かないで。私の側にいて」と願うことすら許されないのだ。

 アルに相応しい『完璧令嬢』になったら。

 いつになるかは分からないけれど、そうなれたら一度は告白してみよう。『悪役令嬢』でなくなり、婚約者を続ける必要がなくなった私を彼が受け入れてくれるかは分からないが、アルは優しい人だ。話くらいは聞いてくれるはず。

 それで振られれば仕方ない。悲しいけれど引き下がり彼の幸せを祈れるとは思えないけれど祈って、そして私は誰か別の人を探そう。

 高位貴族の家に生まれてしまった以上、結婚しないという選択はできないので、アルに振られれば、別の人と結婚するしかない。アル以外なら誰でも一緒なので、父がこれぞと思った相手なら誰でも大人しく結婚しよう。そう最近は考えていた。


「そういえば、孤児院の方は良かったんですか?」

「ん?」


 気持ちを切り替え、ついでに話題も変えてみる。私の問いかけに、アルは首を傾げた。そんなポーズも決まっている。


「私が通っている孤児院です。きっとアルは見学したいと言うのではないかと思っていましたので」


 アルは手紙でも、孤児院のことを良く聞いてくれた。私も子供たちの様子や、友人の話などを書いて送ったが、それについても細やかな返信をくれたのだ。

 だから、てっきり孤児院を見たがるだろうと思っていたので、彼がそのことについて何も言わなかったのが意外だった。


「ああ、うん。それはもちろん、興味はあるけどね。僕みたいな立場だと、一つの孤児院だけを特別扱いするわけにはいかないから」

「あっ……」


 困ったような顔で説明されて、ようやく気がついた。私が顔色を変えたのを見て、アルが頷く。


「気づいてくれたようだね。そう。僕は、この国の第一王子だからね。僕が孤児院へ行けば、きっとそれを知った貴族たちが、こぞってその孤児院へ寄付をする。どうせ寄付をするのなら、第一王子がひいきをしている孤児院がいい。だって、僕と会った時に『王子のお気に入りの孤児院へ寄付を致しました』ってアピールできるじゃないか」

「そう……ですね」

「他の孤児院だって黙っていない。中には、どうしてその孤児院だけを特別扱いするのですかと言ってくるものもいるだろう。ずるい。どうしてうちには来てくれないのか。王子が贔屓する孤児院があるのならと、皆が寄付をその孤児院へ変えてしまった。おかげで自分たちへの寄付金が減り、孤児たちが暮らしていけない。一体どうしてくれるのか……と、そうなることも考えられる」

「……」


 寄付金が一つの孤児院に集中することは好ましくない。

 だけど、アルが視察に来た孤児院と知れば、第一王子に良い顔をしたい貴族たちはこぞってその孤児院に寄付をするだろう。……今まで寄付していた場所から切り替えてでも。

 それは、好ましくない事態だ。


「申し訳ありません。考えなしの発言でした」


 少し考えれば分かったはずだ。それなのに言われるまで気づけなかった自分が恥ずかしかった。






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