4
◇◇◇
「おはよう、リリ。今日は、宜しくね」
「おはようございます、アル。その……こちらこそよろしくお願いします」
屋敷まで迎えに来てくれたアルに向かって、頭を下げる。
顔を上げると、嬉しそうに笑っているアルがいて、私まで嬉しくなってしまった。
今日は、以前から約束していたアルとデートの日だ。
驚くことに、行こうと約束してからひと月も経っていない。アルは忙しい人だから、きっとデートと言っても、半年、下手をすれば一年くらいは余裕で待たされることになるのではと思っていたから、『この日はどうだろう』と誘いが来た時には、夢かと思って自分の頬を抓ってしまった。
「リリ、今日も可愛いね」
「ありがとうございます」
アルが、私の服に目を留め、如才なく褒めてくれる。
今日の服装ももちろん私が選んだものではなく、できる私のメイドが選んだものだ。
彼女の趣味が一番アルの好みに合うようだと知った私は、彼が褒めてくれた日から、ずっと彼女に服装を任せ続けていた。
最初は、地味であまり好きではないと思っていた格好も、続けて着ているうちになんとなく馴染んでいく。今では、落ち着いた上品なドレスの良さを少しずつだが分かるようになっていた。
今日着ている薄い色のワンピースは、ふんわりとした雰囲気で、レースが鏤められている。いつもクロエと会う時よりも、少しだけお洒落をしているという感じだ。上からカーディガンを羽織っているのだが、宝石の類いは全くついていない。飾りの類いは、アルからもらったブローチだけ。
デートの場所を聞いたメイドが「町を歩くのなら、宝石は邪魔です。城の中でデートというわけでもあるまいし、場所にあった格好をなさるべきです。でも、殿下からいただいたブローチだけは付けるべきです。これは忘れてはいけません」と真顔で言い切ったからなのだが、なるほど確かにそれはその通りだと納得した。
結局、メイドの指示に従い、婚約者とデートだというのに新たに服を新調することもなく、現在に至っている。少し心配だったのだが、アルが褒めてくれたのでよしとしよう。
「アルに可愛いと言ってもらえて嬉しいです。その……アルに気に入ってもらえるようにと選んでいるので」
正直に告げると、アルの目がとろりと蕩けた。
「僕のために選んでくれたの? 嬉しいな。そんなことを言われたら、より可愛く見えてしまうじゃないか」
「あ、ありがとうございます。その……アルも素敵です」
恥ずかしくも嬉しい言葉を言ってくれるアルに返す。
今日のアルは、貴族の子弟に見えるような、いつもよりもかなり地味めの格好をしていた。彼も町を歩くということを考えての選択だったのだろう。私と並んでも違和感がない。
――派手なドレスなんて選んでいたら大失敗だったわね。さすがだわ。
心の中で、メイドに拍手を送りつつ、彼の胸元にもブローチがあることに気づく。それに気づいたアルがにこりと笑った。
「うん。これは、僕たちの婚約の証だからね。どんな時でも外せないよ。……君も付けてきてくれて嬉しい」
「はい」
返事をしつつ、ここでもまた私は、メイドに拍手を送っていた。
本当に、彼女のやることに失敗はない。今後とも私の着る服は彼女に任せようと心から思った。
「さ、行こうか。……ルーク、君は今日は、留守番ということで宜しくね」
「……承知致しました」
優雅な仕草で私をエスコートしながら、アルがルークに言う。
そう、今日はルークはついてこないのだ。
いつも護衛代わりにも連れ歩いているルーク。だが、デートの詳細が記載された手紙に『こちらで護衛は用意するから、執事は置いて行って欲しい』と書いてあったのだ。
ここまではっきり指示を出されていれば、さすがに断れない。
王宮から護衛を派遣すると言われれば、父も「殿下のおっしゃるとおりに」と答えるしかなかったし、私も文句があるわけではない。
アルと一緒だから不安はないし、まあ良いかと思った。
「ルーク、じゃあ、行ってくるわ」
「行ってらっしゃいませ、お嬢様。お帰りをお待ちしております」
アルの用意した馬車に乗り込むと、ルークは、他の執事たちと一緒に屋敷の玄関先で私とアルを見送ってくれた。
アルと二人きりでデート。
少し緊張するけど、でも、とても楽しみだと思った。




