13
「せっかくだもの! 一緒に子供たちの世話をしよう!」
「べ、別に構わないけど……」
クロエと友達になり、すっかり浮かれてしまった私は、彼女からの誘い――通常なら絶対に断るであろう言葉に一も二もなく頷いた。
孤児院の手伝い。
以前の私でも今の私でも御免被る話だ。
だけど、と、友達の! クロエが言うのなら、まあ、経験してみてもいいかと思った。
……初めての友達ができて、完璧に舞い上がっていたのだ。後で後悔することが分かっていても、「嫌だ」とは言えなかった。
ちなみにルークは生温かい笑顔で私を見ている。
睨み付けると、「私は、お嬢様の専属執事ですからね。お嬢様がするとおっしゃるのなら、もちろん私もお手伝いいたしますよ」と言ってきたが、彼がこの状況を面白がっているのは明白だった。
……さっきの意趣返しかと疑ってしまう。
「で、でも、私、子供の相手なんてしたことないのよ。何をすればいいの?」
いつの間にか、私たちの周りには、小汚い……いや、小さな子供たちが集まっていた。十人ほどいるだろうか。皆、期待に満ちた目で私たちを見ている。
思わず、助けを求めるようにクロエに視線を向けると、彼女はにこやかに言った。
「簡単よ。たとえば、私はさっき、子供たちに絵本を読んであげていたの。あとは歌をうたってあげたり、簡単な計算を教えてあげたり、一緒に遊んであげてもいいと思う」
「な、なるほど。け、計算を教えるくらいなら何とか……」
それくらいなら何とかとホッとした私の足下で、幼い声がした。
「綺麗なお姉ちゃん、お歌を歌って!」
「っ……!」
期待に満ちた目で、子供たちが私のスカートの裾を引っ張っていた。
クロエが楽しそうに手を叩く。
「子供たちのリクエストなら応えなきゃね! リリの歌、私も聞きたい」
「え? え?」
頬が引き攣る。
そんなの無理だ。
助けを求めるようにルークに視線を送ると、彼は真顔で頷いた。
「希望があるというのなら、応えてさしあげるのが、お嬢様の使命ではないでしょうか」
「使命って何よ、使命って! そんな使命ないわよ!」
――こ、この男! 私が困っていると分かっていて、流れに乗ったわね!
「い、いや、私は無理……か、代わりに計算を教えるから……」
泣きそうになりながらも、何とか自分にできそうなことを提示したが、子供たちのまるで合唱したかのような声が響いた。
「やだ! お歌がいい!」
「ひぃ!」
再び、引っ張られるスカートの裾。
「頑張って、リリ!」
悪気の全くないクロエの笑顔が、今は辛い。
しかし、歌? 私に歌を歌えというのか。
「わ、私、歌なんて上手くない……」
鼻歌程度で歌うことはあるが、人前で披露できるものではないのだ。
「まあまあ、まあまあまあ! お嬢様。何事も経験ですよ!」
話に全力で乗ってくるルークが鬼だ。
必死で無理だと主張したが、全員から歌のリクエストを受け、結局歌うことになってしまった。
――ううう、いくら初めてできた友達に誘われたからといって、孤児院の手伝いなど引き受けるんじゃなかった。
しかし、後悔しても後の祭りである。
私は、不承不承ながらも童謡の中から一曲、できるだけ簡単そうなものを選んだ。
童謡にしたのは、これなら子供たちでも分かるかと思ったからだ。
あと、旋律が単純で、音を外しようがなかったから。短いという点も外せない。
「一回しか歌わないから! これは、破格のサービスなのよ! 心して聞きなさい!」
子供相手に大人げないとは思ったが、半分涙目状態では、多少の傲慢発言も許して欲しい。
立って歌うなど恥ずかしすぎるので会衆席に座る。私の周りに子供たちが集まってきた。
「~~♪」
殆どやけくそ気味に声を張り上げた。時間にして一分ほど。
歌い終わった私は、顔を真っ赤にして皆に言った。
「これで終わり! 笑いたければ笑えば良いわ。どうせ私は下手だもの。これに懲りたら、二度と私に頼まないことね。でも、仕方ないでしょう? 今まで人前でなんて歌ったこと、ないのだもの!」
予想外の場所で、掻かなくても良い恥を掻いてしまった。
さぞや、皆に下手だと笑われることだろう。だって、簡単な曲なのに緊張のあまり音を外してしまったし、実は歌詞も間違えた。声も震えていたと思う。
褒められる要素はどこにもない。
「……」
どこの世界でも子供は残酷だという話を聞く。きっと散々に馬鹿にされるのだ。だけど、それに対し、私は一言も言い返せない。失敗したという自覚があるのだ。「そうね」と言って、耐えるしかない。
公爵令嬢として十五年生きてきたが、今ほど居たたまれない気持ちになったことはない。
――孤児院の手伝いって大変なのね。いくら友人の頼みとはいえ二度はご免だわ。
全く関係のないことを考えつつ、沙汰が下されるのを待つ。
「えっとね」
歌の間、意外にもずっと黙っていた子供たちの一人が、会衆席から立ち上がった私を見上げながら言った。
「僕、お姉ちゃんの歌、好きだよ」
「え……」
言われた言葉が予想外だったためか、一瞬、全く理解できなかった。思わず目の前の子供を見つめると、周りにいた他の子供たちも次々と言った。
「うん。確かに上手じゃなかったし、お歌も間違えていたよね。でも、聞いていて、すごく気持ち良かった」
「僕も!」
「私も!」
「わたしも!」
にこにこと笑う子供たちの顔に嘘は見えない。
呆然と子供たちを見つめていると、クロエも言った。
「うん。私も皆の意見に賛成。たしかに、リリは音痴かな? って思ったけど、それ以上にとても心地よかったの。音痴なのに、音を外したことすら気持ち良く聞けてしまうような……すっごく不思議なんだけど、聞いていると、気持ちが穏やかになるの」
「え? え?」
そんな風に言われるとは思わなかった。だが、ルークまでもが頷く。
「確かに。お嬢様の歌はお世辞にも上手いものではありませんでしたけれど……そうですね。お嬢様は無自覚だとは思うんですが、魔力を込めて歌っているんですよ。それが心地よい旋律として我々には聞こえるのです」
「魔力?」
「はい。お嬢様は、旋律に魔力を乗せることができるんです。これ、なかなかできる人はいないんですよ。もちろん私にもできません。お嬢様、意外と器用なんですね」
「すごい! リリはすごいのね!」
クロエが嬉しそうに手を打った。子供たちも目をキラキラさせて私を見ている。
今まで、そんな眼差しで見られたことがないので、変に動揺してしまう。
「えっ、でも、私は魔力を扱うのが下手で……」
「魔力の扱い方に正解なんてありません。お嬢様は、声で魔力を制御する方法が多分、向いているのでしょう。だけどこれができるものはほとんどいませんからね。指導者もいないので、誰も教えられない。結果として、お嬢様は魔法を使うのが下手、ということになったんでしょう」
「……」
ルークの話を聞き、私は目を瞬かせた。
――私が、声で魔力を制御する? そんなの考えたこともなかった。
「ええと……それってつまり、歌わなければ魔力を扱えないって話?」
「普通に声で魔力を扱えるなら、歌う必要はないかもしれませんね。でも、今までお嬢様と話してきて、魔力の動きを感じたことは一度もありませんでした。ということは……」
ルークの視線を受け、私は憮然とした顔をした。
「……やっぱり歌わないと無理って話じゃない。……歌、得意ではないのに」
そんな恥ずかしい思いをするくらいなら、魔力の扱い方など下手なままでいい。
そう思ったが、私たちの話を聞いていた子供たちの意見は違うようだ。
「すごいね! お姉ちゃん。お歌で、皆を気持ち良くすることができるんだね!」
「お姉ちゃんの歌、とっても気持ち良かった。また、歌って!」
「僕も、お姉ちゃんの歌、もっと聞きたい!」
そう、口々に言い、次の歌を強請ってきたのだ。
「え、ええ? は、恥ずかしいからもう無理よ」
たとえ歌に魔力を乗せることができようとも、これ以上、音痴を晒したくはない。
ブンブンと首を横に振ると、クロエがクスクスと楽しそうに笑った。
「いいじゃない。私もリリの歌、とっても好きだわ。できれば、もっと聞きたい。駄目?」
「駄目というか、無理。上手くないのは自分でも分かっているもの。さっきは一回だけだと思って歌ったのよ」
「うーん。じゃあ、今度は一緒に歌いましょう? 皆も一緒に。そうすれば、リリだけが恥ずかしいと思うこともないし、たとえ、音が外れていたとしても気づきにくいと思うの」
「わー! 僕たちも一緒にお歌を歌う!」
クロエの提案に、子供たちが真っ先に賛同した。そうなると当然、ルークが賛成しないはずもなく。
「良いですね。確かに皆で一緒に、なら、お嬢様も恥ずかしくはないと思います。ええ、私も参加いたしますよ」
「……良い度胸ね、ルーク。これで私が嫌だって言ったら、とんだ空気を読まない愚か者じゃない」
「そうですか? 歌うか歌わないかはお嬢様次第だと思いますけど?」
「……そんなわけないじゃない」
ルークが鬼畜で泣きそうだ。クロエを始め、子供たち全員が私を期待に満ちた眼差しで見ている。私の味方は誰もいない現状、これで空気を読まず「嫌だ」と言い続けたら、私が悪者になってしまう。
――悪者。
『悪役令嬢』に繋がりそうな嫌すぎる言葉だ。
「……本当に、皆も歌うなら。もちろんクロエも歌うのよね?」
「ええ、もちろん」
輝く笑顔と共に肯定が返ってくる。
ああもう、これはどう足掻いても逃げられない流れだ。
諦めた私は、彼らの望むままに、結局何曲も一緒に歌う羽目になった。




