11
まだ日中だからか、教会の中は、意外と明るかった。
設備をそのまま流用しているのか、教会の内装は変わっていない。
奥には女神像があり、会衆席もそのままだった。
会衆席には五人程度の子供たちと、ピンク色の髪を後ろで一つに束ねた女性が座っている。その女性に、ルークが声を掛けた。
「クロエ!」
「あら、ルーク」
声に反応して振り返ったのは、私とは色合いが少し違う緑色の瞳を持つ少女だ。
同じ年だとルークには聞いていたが、年下に見える。だけど顔の作りには品があったし、将来はかなりの美人になるだろう。貴族令嬢だと聞いても十分に納得できた。
彼女は持っていた本を閉じ、会衆席に置くと、私たちの方へやってきた。
そうして笑顔を向けてくる。とても好感の持てる愛らしい笑顔だ。
……羨ましい。私も是非見習いたいものだ。
「こんにちは、ルーク。いつも店や道ばたで会うのに、今日は孤児院まで来てくれたのね。あら? いつもと違ってお連れの方がいるのね。どなたかしら。とても綺麗な人だけど」
「久しぶり。彼女はその……私が勤めている屋敷のお嬢様で、今日はクロエに会いたいっておっしゃるからお連れしたんだ」
「えっ。ルークの勤め先って確か、公爵家だったわよね」
「ああ」
ルークが頷くと、クロエは顔色を変えた。
慌ててスカートの端を持ち、貴族令嬢らしく挨拶をしてくる。
「このような形で申し訳ありません。……お初にお目にかかります。カーライル伯爵の娘、クロエ・カーライルと申します」
孤児院の手伝いをしているからだろう。彼女の着ているものは、ケイトと似たようなエプロンドレスだった。だけど、立ち居振る舞いは確かに貴族令嬢だと納得できる。
きちんと教育を受けた、伯爵家の娘に相応しい人物だと思った。
――彼女のような子が、まだいたのね。全然知らなかったわ。
やはり社交界デビューをしていないからだろう。私の情報網にはどうやらかなり抜けがあるようだ。それに考えてみれば、私が今まで付き合ってきたのは、公爵家か侯爵家の娘ばかり。
伯爵家の令嬢までは付き合いがなかった。
「……リズ・ベルトラン。ベルトラン公爵家の娘よ。ここは孤児院なのだし、堅苦しいのは止めましょう。敬語を使う必要もないわ」
周りには孤児たちもいるし、あまり大層なことはしたくない。
きちんと挨拶してくれたクロエに応え、公爵家の令嬢らしく挨拶は返しつつもそういうと、クロエはじっと私を見つめてきた。何か聞きたそうだ。
「えっと……何かしら?」
「本当に……敬語じゃなくて良いんですか? 公爵家のお嬢様なのに?」
「ええ。ここではかえって浮くでしょう」
頷くと、クロエは「話の分かる人で良かった!」と笑顔になった。そして私の少し後ろにいたルークに声を掛ける。
「ルークのご主人様ってすごく良い人なのね! 公爵家のご令嬢っていうから、私、きっととっても怖い人だと思っていたわ!」
「……うん、まあ。悪い人ではないよ」
答え方が微妙だ。きっと『つい最近までは結構酷い人だった』とでも思っているのだろう。
否定をするつもりはないが、なんとなくじとりとルークを見てしまう。
それに気づいたのか、ルークが苦笑いをした。
「えと、リズさんって呼んでも良い?」
ルークを睨んでいると、クロエが話しかけてきた。特に拒否するようなことでもないので、私は軽い気持ちで頷いた。
「同じ年だってルークには聞いているし、面倒だからリリで良いわ。あなたは? クロエ、で良いのかしら」
「ええ!」
嬉しそうに頷くクロエ。不思議なのだが、彼女が笑うと、周りが華やいだ気がした。
貴族令嬢なのに、殆ど化粧もしていない。それなのに、そんな彼女を可愛らしいと思った。
――すごい。元気いっぱいで明るくて素直で……こんな子が皆に愛されるのかしら。
ある意味私とは真逆の子だ。
感心していると、クロエは興味津々な様子で私に聞いてきた。
「ねえ、リリ。あなた、今日はどうして孤児院に来たの? すごく残念な話だけど、貴族の友達は、皆、あまりここには来たがらないから」
クロエの問いかけに私は、それはそうだろうなと思いつつも真面目に答えた。
「どうしてって、ルークも言ったと思うけど、あなたに会いたいなって思ったから来たのよ」
「それだけの理由で?」
「ええ。理由なんて人それぞれでしょう?」
「そりゃあそうだけど……でも、どうして? 私、そんな大した人間じゃないわよ?」
純粋に疑問に思った様子で聞いてくるクロエに「ルークの好きな子を見てみたかったから」とはさすがに言えなかった。というか、ルークがクロエに気づかれない程度に私を睨んでくるのだ。
言うな、とその目は語っていた。
――言わないわよ。
勝手に恋心を暴露されたくないという気持ちは、いくら私でも分かるのだ。
それに、私はこれから傍観者に徹し、ルークの思いの行方を楽しませてもらうつもりなのだ。
だって今の感じでは、クロエの方はルークをただの友人としか思っていなさそうだし、彼の恋がどうなるのか、主人としては最後まで見届けたいところでもある。
え? 面白がっていないかって? 他人事の恋など、面白いに決まっている。
大丈夫、絶対に言わないという思いを込めてルークを見つめ返すと、彼はじと目で私を見てきた。
ああ、私の考えなどお見通しのようだ。
とにかく、アイコンタクトでルークとやりとりをした私は、クロエに言った。
「ルークから友達の話を聞いたのなんて初めてだったの。しかもそれが貴族令嬢だって言うでしょう? どんな子なのかしらって、主人として興味を持っても当然だと思わない?」
「それは……確かにそうかも」
「でしょう?」
にっこりと笑う。我ながら上手く言い逃れすることができた。




