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 正直なところを告げると、ルークは「はあ」と溜息を吐いた。


「分かりましたよ。でも、もし駄目だと私が判断したら、その時点で帰ると約束して下さい。それが約束できないなら、いくらお嬢様の命令でも連れて行けません」

「分かったわ。約束する。ルークが帰ると言ったら帰ることにするわ」

「本当に、頼みますよ」


 もう一度息を吐き、ルークは今までとは違う方向を向いた。


「偶然会えたらいいな、くらいに思っていたんですけどね。まさか、お嬢様を連れて行く羽目になるとは……」

「あからさまに上機嫌になっていた自分を恨むのね。その子に会えるのが楽しみだわ」

「会えるとは限りませんよ」


 ルークの念押しに、もちろんと笑顔で告げる。


「それでも良いのよ。せっかく久しぶりに町に出たのだもの。普段はしないことをしたいわ。それこそ『悪役令嬢』がしないことをね」

「そりゃあ、『悪役』が孤児院をわざわざ訪ねたりはしないでしょうけど」


 疲れたように言いつつも、「こっちです」と案内してくれるルークの後に着いていく。

 それから十分ほど歩き、いくつか路地を通り過ぎた頃、ルークは立ち止まった。


「あそこが、彼女のいる孤児院です」

「孤児院? 私には教会にしか見えないけれど」


 ルークが示したのは、古びた教会だった。入り口には女性が一人いて、掃き掃除をしている。教会では良く見る光景だ。彼女は修道女だろうか。


「違います。使わなくなった教会を孤児院として再利用しているんですよ。建物を一から建てるより安上がりですからね。そういう孤児院は多いんです」

「……そうなの。知らなかったわ」


 頷きつつ、無知な自分が恥ずかしいと思った。

 貴族は孤児院に多額の寄付をしていることが多い。いわゆる慈善活動というやつだ。私の父も、いくつかの孤児院に寄付をしているが、話を知っているだけ。実際に、どんな孤児院なのかは見たことがない。


「見てみないと分からないものね。でも確かに。建物を建てるのにもお金は掛かるわ」

「その分を孤児たちに回せる方が良いというのが、孤児院の考え方です」

「そうね、その通りだわ」


 多額の寄付は、孤児たちの食事や衣服、そして教育に当てるべきだ。あと、世話をする人たちのために。建物にお金を掛けていては本末転倒。

 深く納得しつつも、ルークと一緒に教会に近づいていく。

 教会は古かったが、建物がしっかりしているからか、壊れたりはしていなかった。丁寧に使われているのが分かる。薄汚れた印象はない。

 ルークが修道女のような格好をした女性に声を掛ける。

 女性は、私の母親くらいの年齢に見えた。


「こんにちは、ケイトさん」

「こんにちは、ルーク。あら、今日は一人じゃないのね。お友達を連れてきたの?」

「いえ、彼女は友達ではありません。私の勤めている屋敷のお嬢様で、その、クロエに会いたいって言うから連れてきたんです」


 ルークの言葉を聞き、ケイトと呼ばれた女性は私を見た。化粧っ気のない顔は素朴で、感情がそのまま顔に出るタイプらしい。足首まであるエプロンドレスを着た彼女は、私を上から下まで無遠慮に観察すると頷いた。


「クロエに? まあ、そう。そういえば、彼女も貴族のお嬢様だったものねえ。あなたのところのお嬢様と違って、全然貴族には見えないけど」

「それがクロエの良いところですから。で? 今日は来ていますか?」

「ええ、奥で子供たちに読み聞かせをしているわ」

「入らせてもらっても?」

「もちろん。孤児院は、誰の訪れも拒まないから。でも、お行儀良くしてね」

「分かっています。行きましょう、お嬢様」

「ええ。……リズ・ベルトランと言います。お邪魔します」


 少しだけ考え、自分の名前を名乗り、軽くではあるが挨拶をした。

 これも以前の私ならやらなかったことだ。

 深い意味はない。なんとなく、挨拶しておこうと思ったのだ。

 私の言葉を聞き、ケイトさんが笑顔になる。


「あらあら。ご丁寧に、どうも。私はケイトって言うの。どうぞごゆっくり。帰る時は声を掛けてね」

「はい」


 挨拶を済ませ、二人で教会の扉の前に立つ。ふと、ルークが言った。


「……お嬢様、本当に変わりましたね」

「?」

「だって、今の。前までのお嬢様なら絶対にしなかったでしょう? 平民の、しかも特に美人でもない人に挨拶なんて」


 扉を開けるときいっという音が鳴る。なかなか耳障りな音だ。その音に顔を顰めながら私は言った。


「そうかもしれないわね。でも、まあ深い意味はないの。挨拶をしておこうかなとなんとなく思ったからしただけ」

「なんとなく、ですか。でも、やっぱり変わってきたと思います。自然に感じたってことですから」

「そう? 自分ではよく分からないけど、でも多分まだまだだと思うわ。少なくともお兄様に嫌われているうちは駄目ね」


 褒めてくれるのは嬉しいが、目標地点は遙か遠い。『悪役令嬢』になりえない『完璧令嬢』。私が目指すのはここなのだから。

 私の言葉を聞き、ルークが苦笑する。


「そうですか。道は険しいですね」

「そうなの。『悪役令嬢』にならないようにするのは本当に大変なんだから」


 それだけ今の自分が駄目だということなのだが、そこは見てみない振りをする。

 ルークは、何度も頷き、楽しそうに「お嬢様の目標が叶うよう、私もしっかり協力いたします」と言った。それに対し私は、「当たり前だわ。だってあなたは私の専属執事なのだもの」と返しておいた。






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