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「町なんて、本当にずいぶんと久しぶりだわ」
執務室にいた父に外出許可を取り、ルークを連れて王都の商業区へとやってきた。
城から少し離れた場所にあるここは、色々なものが売っている。食べ物や服、髪飾りに宝石など、価格帯も様々だ。皆、自分の身分にあった価格帯の店に行き、商品を選ぶ。
私はいつも商人を屋敷に呼んでいたのだが、ここ最近はしていない。直接屋敷まで出向いてくれるだけあって、持ってくる品はどれも最高級品。気軽に買って良い価格ではないのだ。
今まで毎週のように何も考えず買い物をしていたこと、父や税を納めてくれていた領民たちに、とても申し訳なかったと心から反省している。
「~~♪」
――あら。
私の少し後ろを歩くルークは、先ほどから随分とご機嫌だ。
何か良いことでもあったのだろうかと気になってしまう。
ちなみに、今日のお出かけに、ルーク以外の供は連れていない。実はルークは魔法を扱うのがとても上手いのだ。
彼が高い魔力を秘めていることを知ったのは、私が彼を拾った直後。
身元のはっきりしない彼を専属執事とすることに良い顔をしなかった父が、彼の保有する魔力量に気づき、これなら護衛も兼ねられるかもしれないと、魔法を学ぶことを条件に許可を出したのだ。
彼は父の期待に応え、見事にその才能を開花させた。まだ十四にしかならない彼だが、かなりの魔法を使うことができる。勿論攻撃魔法もだ。
下手な護衛よりルークの方がよほど強いことは父も知っているので、ルークと一緒に行くのならばと、許可を出してくれたのだ。
ちなみに私は魔法を使うのはかなり下手だ。
使えないことはないが、その、なんというか酷く大ざっぱで、たとえば、小さな炎を出そうとして巨大な炎を出したり、無意識に魔力を放出したりしたこともある。
つまり、制御がどうしようもなく下手なのだが、特に困ってはいない。私にはルークがいるし、公爵家令嬢である私が魔法を使う機会など、そうはないからだ。
そして機会がある時には、
「ほほほ、この私に魔法を使わせる気? 嫌よ、面倒くさい。どうして私がそんなことをしなければならないの。あなたが使えばいいじゃない。私はここで、あなたがちゃんとできるか見ていてあげるわ」
と言って、逃げ続けてきたのだ。
だって、魔法が下手だと噂を広められでもしたらどうするのだ。少しでも馬鹿にされそうな要素は徹底的に隠す。敵は多いのだ。いつ、自分が蹴落とされるか分からない。自分の身は自分で守らなければ、女性の世界では生きていけない。
まあ、最近までそのトップに立っていた私が言うことではないと思うのだが……うん。今はそういうことをする気にもならない。
だって先ほどの私の台詞、アルに聞いたウィルフレッド王子のいう『悪役令嬢像』に、見事嵌まっているではないか。
恐ろしい。一体どこまで私は『悪役令嬢』くさいのか。
そして、『悪役令嬢』に少しでも嵌まりそうなことは全力で避けるのが、今の私のスタンス。
あんな巫山戯た台詞は、二度と、絶対に言わない。
多少馬鹿にされようと、できないものはできないと言おう。その方が、最終的にはマシな未来が掴めそうだ。
これからの自分の取るべき行動を決め、深く頷きつつ、相変わらずご機嫌そうなルークに声を掛けた。
「ねえ、ルーク。あなた随分と機嫌良さそうに見えるけど、何かいいことでもあったの?」
「え?」
驚いたようにルークが私を凝視する。その顔が意外そうだ。
「まさか、気づかれていないとでも思ったの? さっきからずっと上機嫌で鼻歌を歌ってるじゃない。それで何もないなんて言っても誰も信じないわよ」
「……すみません」
気まずそうに目を逸らしながら、ルークは謝った。だが、別に私は謝って欲しいわけではない。
「謝罪は必要ないわ。ただ、理由が知りたいだけ。謝るくらいなら、理由を教えてよ」
「……」
ルークは私をじっと見つめた後、観念したように息を吐いた。
「実は、町に知り合いがいるんですよ。町に使いに出ていた時に偶然知り合った子で、もしかして会えるかなと思いまして」
「あら? その子って女の子?」
微妙な言い回しだったのでピンときた。
期待に満ちた顔でルークを見る。彼は、だから言いたくなかったんだという表情をしながらも頷いた。
「そうですよ。確かお嬢様と同じ年だと言っていた気がします。彼女も貴族のお嬢様なんですけどね。父親が寄付をしている孤児院に通って、毎日孤児たちの世話をしているんです」
「そうなの……できた人なのね」
貴族令嬢が、毎日孤児院に通っているとは驚きだ。しかも、世話もしているなんて普通に考えられないし、できないこと。
感心していると、ルークは熱の籠もった声で言った。
「すごいんですよ、彼女。貴族のお嬢様だってことを全然ひけらかしたりしないし。私のことも、普通の友人のように扱ってくれるんです。ピンク色の髪がすごく綺麗で、子供たちの世話をしているときは括ってしまうのが惜しいなって……あっ」
「ふうん」
なるほど、なるほど。
どうやらルークは、その私と同じ年の少女にひとかたならぬ想いを抱いているようだ。
――しかし、ピンク色の髪、か。
社交界デビューはまだなので、貴族令嬢全員を知っているとは言えないが、それでも私の顔は狭くはない。だが、ピンク色の髪の令嬢など知り合いにはいなかった。
ルークの好きな子。一体、どんな子なのだろう。
ルークの恋路を邪魔する気はないが、彼が気にする子がどういう見た目でどういう性格なのか、俄然、興味が湧いてくる。
「ねえ、ルーク。私、その子に会ってみたいわ。時間に余裕はあるわよね。その孤児院に行ってみたいのだけど」
「……そうおっしゃられるような気はしていましたよ、お嬢様。余計なことはしないと約束してくれますか? 行くのは構いませんが、目的地は孤児院なのです。汚い子供だってたくさんいるし、お嬢様を公爵令嬢として扱ってくれる人はいないと言っていいでしょう。それでも我慢できますか?」
ルークの問いかけに、私は真面目に頷いた。
「少し前までの私なら許せなかっただろうけど、ルークの暴言が平気になった今の私なら大丈夫だと思うの」




