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7


 アルと話をしてから、また少し時間が経った。

 私は彼に宣言したとおり、今までの態度を改めながら、ヴィクター兄様の様子を窺っていた。

 気持ちで言えば、「ほら、兄様! 私、改心しました! 良い子になりましたから、嫌う必要はないですよ!」と猛アピールしたいところだ。

 だが、それをすれば台無しだろうということは分かっているし、実際、ルークに零したところ、ものすごく呆れられてしまった。


「お嬢様、馬鹿なんですか」


 あの時のルークの顔と声は忘れられない。ルークは本気で私を馬鹿にしていた。

 私も、さすがにそれはないかなと思っていただけに深く傷ついた。

 とにかく、直接アピールするわけにはいかない。私が変わったことを、兄にはそれとなく察してもらわなければならないのだ。

 しかし、これはなかなかに難しいことだった。

 一番の問題は、ヴィクター兄様と話す機会が殆どないということ。

 嫌いな私に何度も話しかけられれば、より嫌われてしまうかもしれない。そこに思い至り、身動きが取れなくなってしまったのだ。

 兄様から話しかけてくれれば万々歳なのだけれど、その気配は全くない。

 良い子になったと気づけば話しかけてくれるのではないかとルークは言ったが、そもそも接点がなければ、良い子になったかどうかも分からないではないか。

 結果として、少し遠くから兄を窺うという、わけの分からない行動を取る毎日が続いていた。


「……お嬢様。屋敷内でこれはさすがに不審者だと思うのですが」

「……分かっているけど、これしか方法がないじゃない。兄様からは近づいてくれないのだもの」

「そりゃあ、そうでしょうけど……」


 今日も今日とて、私は兄を少し離れた場所から窺おうと、彼がよく出没する場所に向かっていた。自然に話しかけられそうな機会があれば、満を持して話しかけるためだ。一応、毎回、話題も用意してある。……実行できたことは一度もないけれど。


「ヴィクター兄様は……なんだ。今日はいないのね」


 向かった先は、ライブラリーだ。兄を見かけるのは屋敷内ではここが一番確率が高い。

 だが残念ながら、兄の姿は見えなかった。


「なあんだ……」


 気合いを入れてきただけにがっかりだ。今日こそは兄に、私の素敵な妹ぶりを知ってもらおうと思っていたのに、いなければ話にならない。


「……待っていれば、兄様が来るかしら」


 後ろに従えたルークに尋ねると、彼は真顔で言った。


「さあ。案外、わざとお嬢様を避けていらっしゃるのかもしれませんね」

「……」


 さらりと言われた言葉に、私は微妙な顔になった。

 その可能性は、考えないわけでもなかった。私と顔を合わせたくない兄が、ライブラリーに向かうのを避けているとか……うん、十分に考えられる。


「止めてよ。一気にやる気が削がれるじゃない」

「それは失礼致しました」


 全く失礼したと思っていない声音でルークが謝罪の言葉を紡ぐ。

 しかし、兄がいないとなればライブラリーになど用はない。せっかくだから本を読んでみても良いが、部屋に読みかけの本が残っているのだ。あれを放り出して新しい本を読むのはできれば避けたいところ。

 さて、どうしようと思いながらライブラリーを出る。廊下を歩いていると、中庭の方から複数の笑い声が聞こえて来た。

 視線を向ける。

 ユーゴ兄様とその取り巻きたちだった。


「はははっ、それは楽しいねえ」

「ええ、その時、彼はこんなことを言いましてね」

「うんうん」


 楽しそうに話している兄たちは、中庭にテーブルを置き、恒例とも言えるお茶会をしていた。

 皆の中心で笑っている兄は、妹の目から見ても文句なく美しい。

 嫋やかで、中性的な美しさは、見るものの目の保養だ。兄を囲む人たちは男女ともにいたが、皆、例外なく美しかった。兄の審美眼を乗り越えた、『選ばれた』者たちなのだろう。


「あら……あの服」


 ふと、兄の着ている服に目がいった。

 兄のジャケットやトラウザーズは、以前の私に負けず劣らずお金の掛かったものだった。

 それを見て、眉を顰める。

 兄の『美しいもの以外を認めない』というのは、『人』だけでなく『物』にも適用されるようで、服装だけではなく、テーブルの上に並べられた菓子も王都の人気店のものだし、茶器も王家御用達で有名な工房の作品だった。


 ――これは……。


 私も兄と似たようなことをしていたので、ものを見る目は肥えている。掛かった金額をざっと計算し、兄も少し前の私と、そう変わらなかったのだと気づいてしまった。


「ルーク、あなたは、『人の振り見て我が振り直せ』ということわざを知っているかしら。もしくは『反面教師』という言葉でも良いわ」

「お嬢様?」


 突然私に、問いかけられたルークは、眉を寄せつつも頷いた。


「はい。知っていますが……それが何か?」

「今、ユーゴ兄様を見て思ったの。兄様は、信じられないくらいお金の掛かった服を着て、高級店の菓子を食べ、有名な工房に作らせた茶器でお茶を飲んでいるわ。あの茶器、間違いなく今期の新作よ。でもね、私、思うのよね。あれって、本当に全部が全部、必要かしら」

「お嬢様……?」


 ルークが問いかけてくるような視線で見てくる。私はそれに頷いた。


「公爵家の令息たるもの、それに見合った格好をするのは当然だわ。だけど、ユーゴ兄様って、確か先月もかなり贅を尽くした服を作っていたはずだと記憶しているの。しかも王族に会うでもない。たかが、屋敷内で行う茶会のためだけによ。あと、お菓子は良いにしても、茶器はやり過ぎだわ。あそこの工房の今年の作品なら、確か厨房にあったもの。私もそれで何度かお茶をしたことがあるから間違いない」

「はあ……」

「外から見て初めて、自分がどれだけ非常識なことをしていたか分かるのね。ヴィクター兄様に嫌われても当然だわ」


 公爵家の大事な資産を何も考えず湯水のごとく使う弟と妹。それを兄はどんな気持ちで見ていたのだろう。

 考えると、心臓のあたりがきゅうっと痛んだ。





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