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「リリ、遊びに来たよ」


 ようやく仕事の都合が付いたと、アルがやってきたのは、兄に話しかけ始めて二週間も過ぎた頃だった。

 場所は、前回も使った応接室。アルが来るからと、父に言って貸してもらったのだ。

 兄との関係に行き詰まりを感じていた私は、アルの訪問に大いに期待し、彼を大喜びで迎えた。

 アルならばきっと何らかの策を私に授けてくれるに違いない。

 手紙でもちょくちょく相談はしていたものの、やはり直接会って話すのとは全然違う。彼と久しぶりに会って話せることを私はとても楽しみにしていた。

 今日のアルは、いつもより少しラフな格好をしていた。形式張った訪問ではなく、遊びにきたという感じが見受けられる格好に、嬉しく思ってしまう。

 そういう私はといえば、首元のリボンが可愛らしい大人しめのドレスを着ている。選んでくれたのは、前回助けを求めたメイドだ。彼女は最初は断ったのだが、私が「私の趣味より、あなたが選んだ方が、アルの好みに合うようなのだ」と正直に言えば、「そういうことでしたら」と納得し、準備してくれたのだ。メイクもいつもより柔らかめに仕上げてもらった。

 どちらも私の趣味ではないが、やはりと言おうか、アルは会った途端、手放しでドレスと私を褒めてくれた。

 それに礼を言いつつも、私は、『なるほど、やはり私の好みでは駄目らしい。ドレスを選んでくれたメイドには後でもう一度感謝をしなくては』と思っていた。

 そしてこれを機に、『悪役令嬢』っぽくないドレスの見極め方も勉強していきたいところだと固く決意した。

 談笑しながらソファに座り、ルークの淹れてくれたお茶を飲む。そうして落ち着いたところで私は話を切り出した。

 手紙では詳細な説明はできなかったので、書いた話も含めて、今まであったことを詳しく順序立てて話していく。アルは、私の話を真剣に聞いてくれた。


「――と、そういうわけなんです……」


 説明を終えると、アルは私の目を見て、優しく微笑んだ。


「そう。リリは頑張っていたんだね」

「え、えと……あまり、実を結びはしませんでしたけど、私なりには頑張りました」


 ここは「そんなことありません」というのが正解なのかもしれないが、私はそうは言わなかった。

 ルークが後ろで笑っている気配がする。

 だけど、仕方ないではないか。私は本当に頑張ったのだから。

 兄の絶対零度の視線に耐えながらも話しかけるのは、かなりの精神力を必要とした。

 こんなに頑張ったのに「頑張っていません」とは言えないのだ。

 これは、プライドとは全く別問題。

 何が悪いとツンと澄ましていると、ルークが噴き出し、アルもクスクスと笑った。


「うん、そうだね。君はよく頑張ったと思うよ。偉い、偉い。後ろの彼もそう思っているみたいだしね」

「……ルークは面白がって笑っているだけですよ。最近は、いつもこんな感じで、さすがに慣れてしまいました」


 いちいち目くじらを立てても仕方ない。溜息を吐くだけで済ませると、アルは柔らかく微笑んだ。


「主従で仲が良さそうで結構なことじゃないか。今の君たちを見た人たちは、きっと誰も少し前まで君たちがぎすぎすしていたなんて信じないと思うよ。僕だって、君から直接相談を受けていたから納得できるけど、事前情報がなかったら、きっと信じなかったと思う」

「そうでしょうか」


 ルークとは和解、というか互いに本音で話せるようになっている気がしているが、第三者から見てどうかまでは分からない。だから、アルに仲良く見えると言ってもらえたのは嬉しかった。


「うん。君たちの間に流れる空気は、すごく柔らかいからね。ルーク、と言ったかな。これからも僕の婚約者を宜しくね。ちょっと気の強いところはあるけど僕にはすごく可愛い人なんだ」


 ルークにはこの間、『悪役令嬢』云々のことは教えておいた。

 アルに手紙で相談して、信頼できる身近な人に、状況を知っておいてもらうのは悪いことではないと返事をもらったからだ。ルークは最初、私の頭がおかしくなったのではないかと真面目に心配してきたが、私が、完璧な令嬢になりたいから頑張ると目標を告げると一転、笑顔で協力しますと言ってきた。

『悪役令嬢』の話は、彼の中では私たちの妄言になっているようだ。

「はいはい、分かりました。そういう『設定』ですね。お嬢様が、心を入れ替えて素晴らしい令嬢になろうとされるのは良いことなので協力はしますしお付き合いもしますけど……お願いですから外では言わないで下さいね」と真顔で忠告されてしまった。

 そんなこと分かっている。私だって、百%信じているわけではない。

 だけど、無視できないものがあるから、こうやって頑張っているのではないか。

 ルークに初めて打ち明けた時のことを思い出していると、彼はアルに向かって丁寧に頭を下げた。


「その節は、私とお嬢様のために骨を折って下さりありがとうございました。お嬢様は私の恩人ですので、誠心誠意尽くして参りたいと思っております」

「そう。今の君なら大丈夫だね。何があっても、彼女を裏切ったりしないだろう。リリは良い選択をしたと思うよ」


 アルは鷹揚に頷くと、私に視線を戻した。


「だけどリリ。手紙でも読んだけど、よく、ヴィクターのことに気づいたね。僕もウィルから聞いたんだけど、彼も『攻略対象』らしいから、嫌われたままなのは得策ではないと思う。君の頑張りは無駄ではないよ」

「あ、兄が『攻略対象』なんですか……」


 それは初耳だ。だけど、確かに『『悪役令嬢』の周りには『攻略対象』が多い』とは聞いていた。あと、『大概『悪役令嬢』はその『攻略対象』たちに嫌われている』とも。

 嫌われている……うん。心当たりがあり過ぎる。

 私は項垂れつつも、頷いた。


「……そ、そうですね。兄は……残念ですが、私のことを嫌っていますし」


『悪役令嬢』が成敗される時、『攻略対象』たちに酷い言葉を投げつけられたり見捨てられたりするらしいが、それに兄も入るのかと思うと、考えただけで、精神に酷いダメージを受ける。

 特にあの兄は、絶対零度の視線で人を蔑むように見てくる時があるのだ。あの眼差しを向けられた上で見捨てられるとか……ゾッとする。


「ぜ、絶対に何とかしないと……でも、これ以上どうすれば良いのかしら」


 ぶるりと身体を震わせながらも呟くと、アルが言った。


「その、嫌っているという話だけど、君の方に心当たりはないの?」

「心当たりと言われても、かなり前からですので。それに私だけではなく、ユーゴ兄様も同じくらい嫌われているんです。話しかけても会話になりません。両親とは、それでもまあ、話す方なんですけど。でも、もう最近では、兄はそういう人なのかなと思うようになってきました」


 私たちにだけではなく、城でも同じ態度だとしたら、兄の性格だとしか考えられない。もちろん、城で兄がどのように皆と接しているのかは知らないけれど。

 だがアルは難しい顔をして、否定した。


「そんなことはないよ。ヴィクターは城に仕官しているし、僕とも仕事の付き合いがあるけど、そんな態度を取られたことは一度もない。確かに口数が多い方ではないけど、仕事は正確できっちりしているし、僕はむしろ彼のことを自分に厳しい人格者だと考えていたな」


「じ、人格者? ヴィクター兄様がですか?」


 ありえない言葉を聞いて、目を見開いた。

 あの氷のように冷たい兄様が人格者だなんて、アルの言葉でなければ「嘘を吐くな」と怒鳴っていたところだ。


「あの……念のために聞きますけど、それ、本当にうちの兄ですか? 別人ではありません?」

「僕からしてみれば、君が語るヴィクターの方が別人のようだよ。彼は物腰も柔らかいし、厳しい態度を取るのは、彼が認めるレベルの仕事ができない人たちに対してだけだし……ああ、そうか」

「?」


 急に納得したように頷くアルを、私はじっと見つめた。


「アル?」

「ごめんね、リリ。今からちょっと厳しいことを言うよ」

「……はい」


 何の話だろう。そう思いつつも頷くと、アルは言った。


「ヴィクターは間違いなく優れた人物だ。だけど、同時に他人にも自分と同程度の厳しさを求める傾向がある。そこで、考えて欲しいんだ。君とユーゴ。もしかして君たちは、ヴィクターが許せないと思うような行動を取っていたんじゃない? リリ、考えて。思い当たる節はない?」

「え? えーと……」

「急に言われても思いつかない? じゃあね、こう言えば分かるかな。ヴィクターは、自分を律することができる人間が好きなんだ。たとえばだけど、お金を持っていたなら、無駄遣いをせず、必要な分だけを有効活用できる人。高位貴族なら、その立場を利用して、弱い者を虐げたりしない、むしろ守ろうとする正義感の強い人。人を、貴族や平民、その他、色々な物差しで差別したりしない人。君やユーゴは、彼の好む人物だと言い切れる?」

「……」


 もちろんだと、即座に答えることが私にはできなかった。

 以前までの私なら、それでも「当然」と胸を張ったかもしれない。自分に都合の悪い部分は見ない振りをして、分からないと眉を顰めた可能性も十分にある。

 だけど、『悪役令嬢』から脱却しようと、現実を見ようとしている今の私では、返せる言葉など何もない。

 だって、アルが言ったのはたとえばの話なのに、私はそれに全部に当てはまってしまったからだ。

 湯水のようにお金を使っても何とも思わなかった。

 私は公爵令嬢なのだから、他の皆とは違うと信じて疑っていなかった。

 そして、これはユーゴ兄様もそうなのだが、美しい者以外を認めようとはしなかった。

 不細工な者は、近づくことさえ不敬だと思っていた。


 ――ああ、そうか。


 ヴィクター兄様が、私たちを冷たい目で見てくるのは当たり前のことだったのだ。







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