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「……そうですね。申し訳ありません。あなたに臨機応変さを求めた私が間違っていたんですね。反省します」
「ねえ、それ、明らかに私を馬鹿にしているわよね」
「まさか。仕えるべき主人を馬鹿にするなど、そのようなことあるわけがありません」
キラリと輝く笑顔で言うルークだが、ものすごく嘘くさかった。
「もう良いわよ」
はあ、と溜息を吐く。
しかし、参った。ルークのことは置いておくにしても、せっかく兄に話しかけてはみても、あんな状態では、会話自体が成立しない。
仲直り……というのもおかしいが、もう少し、せめて私のことを嫌いではないと思ってもらいたいのに、このままだと関係は一生変わらない気がする。
つまり、『悪役令嬢』まっしぐら。それは嫌だ。
どうすればいいのかとうんうん考え込んでいると、頭上から声が聞こえた。
「お前、兄さんに話しかけるなんて、どうしたの。勇気があるね」
「ユーゴ兄様」
いつの間にやってきたのだろう。私を見下ろしていたのはもう一人の兄だった。
ユーゴ・ベルトラン。
私の三つ年上。私や上の兄と同じく、金髪碧眼の中性的な美男子だ。
髪の毛を腰まで伸ばしているが、美しい兄には良く似合っている。ヴィクター兄様とは違い、城には仕官せず、屋敷でよく茶会を開いていた。
美しい兄は、美しいものが大好きだ。
側に置くのは、自分が認めた美しい人だけ。お茶会に呼ぶのも、兄が認めた『美形』『美人』と称される人たちばかりだ。そんな人たちに囲まれ、いつも笑顔で笑っている兄には、一つ、どうしようもない欠点がある。
兄が認めた美しいもの以外を見ようとしないのだ。
私も大概、美しいものが好きだという自覚はあるが、兄はそれ以上。
美しいもの以外に囲まれたくないと徹底している。
兄は『世界は美しい』というが、それは兄の中での完結した世界の話なのだ。
そんな二番目の兄だが、妹である私のことは可愛がってくれている。
もちろんそれは、私が兄の定める基準を超える美貌を持っていたから。美しいものにはとことん優しい兄は、父や母と一緒になって、私を甘やかしていた。
「本当にどうしたの。食事の時も妙なことを言っていたけど、熱でもあるんじゃないの?」
「兄様もそれを言うんですか……」
確かに私がヴィクター兄様に話しかけることは殆どないから、そう思われても仕方ないのだろうが、こうも続けて言われると眉も寄るというものだ。
「ただ、たまにはヴィクター兄様と会話でもしてみようかなと思っただけです。……失敗しましたけど」
「うん。声を掛けたまでは頑張ったのに、用事はありませんだものね。あの兄上相手に、悪手過ぎるよ」
「やっぱり……そうですよね」
ルークに続き、ユーゴ兄様にまで指摘されてしまった。やはり、無理にでも用事を作るべきだったか。
渋面を作る私に、ユーゴ兄様は苦笑する。
「まあ、あの兄上に話しかけようってだけでもすごいけどね。僕なんて、ここ数年、まともに話してもいないよ。頑張ってみたこともあるんだけど、兄上には無視されてしまうから」
「ああ……ユーゴ兄様も私と同じでしたものね」
父と母とは必要最小限の言葉を交わすが、私やユーゴ兄様のことは視界に入れたくないと言わんばかりの態度を取られるのだ。そんな態度を取られれば、こちらもどうでも良くなってくるのが当たり前というもので、私とユーゴ兄様は、長い間、ヴィクター兄様に関わるのが嫌になっていた。
「それが、どういう風の吹き回しか、突然声を掛けに行くんだからね。いや、本当に驚いたよ」
「私にも色々と事情があるのです……」
私が『悪役令嬢』にならないために。
深く嘆いていると、兄が、言った。
「ねえ、リリ。無理をする必要はないんじゃないかな。兄上はいつもあんな感じだし、僕らと交流を持とうなんて考えてもいないよ」
「でも……」
「頑張って、傷つくのはリリだよ。僕は、可愛い妹が傷つくのは見たくないんだけどな」
「ありがとうございます。ユーゴ兄様」
兄が真剣に心配をしてくれているのは伝わったので礼を言う。だけど、傷つくのが嫌だからと言って、止められないのだ。
止めれば最後、『悪役令嬢』まっしぐらなのだから。
――とりあえず、見かけるたびにヴィクター兄様には話しかけてみよう。
何はともあれ会話ができなくては始まらない。
それ以降、ヴィクター兄様を見つけるたびに、勇気を出して話しかけにいったが、兄の態度が変わることはなく、嫌そうな顔をされる日々が続くだけだった。