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「お父様やお母様のお気持ちは嬉しいのですが、もう決めましたから。それに、私の好きにしていいというのなら、それこそドレスを作る作らないも好きにさせて下さい。重要な夜会などでは先ほど言った通り、ドレスを新調するつもりですから。お父様たちに恥を掻かせることはしないと約束致します」
厳格に、必要な出費と不必要な出費をわけるだけのことだ。
私は今、十五だが、十六になれば社交界デビューを果たし、王家主催の夜会に出られるようになる。
王家主催の夜会はだいたい、三ヶ月に一度くらい。
それに出席する時くらいは、ドレスを作ろうと思っている。
今まで毎週新調していたのだ。それを思えば、これくらいなら許されるのではないだろうかと思った。
やり過ぎも駄目だが、お金は掛けるところには掛けなくてはならない。
私は第一王子の婚約者だし、間違いなく毎回王家主催の夜会には出席することになるだろう。その際、いつも同じドレスでは、父が皆に馬鹿にされてしまう。
だから、ここは今まで通りしっかりしようと思っていた。
「そう……か。お前がそれでいいのなら」
私の話を聞き、一応は納得したのか父が頷いた。それに倣い、母も頷く。
「あなたがそうしたいと言うのなら、止めないけど。だけど、いつ止めても良いのよ? あなたに我慢をしてもらいたいとは思っていないの。だって、可愛い娘なのだから」
「ありがとうございます。ええ、デビュタントのドレスは、満足いくものを作るつもりです」
はっきり告げると、父と母は、満足そうに頷いた。
ようやくそこで話が終わる。ルークがこっそり話しかけてきた。
「――お疲れ様です、お嬢様。でも、本当に構わなかったのですか?」
「うるさいわよ、ルーク。私がそれで良いって言ったのだから、良いの。それとも何? あなたは私の決めたことに反対するの?」
「いいえ」
睨めつけると、彼は目を細め、にっこりと笑った。
「私は、あなたの執事ですから。あなたがそうしたいと望むことに反対は致しません」
「ええ、それで良いの」
ツン、とそっぽを向く。ルークは「はい」と頷き、後ろに下がった。だけども笑っている気配がする。
全く、私の執事には困ってしまう。
でも、最近よくあるこんな些細なやりとりが、私は決して嫌いではなかった。
食事を済ませ、ライブラリーへ行く。普段ならそのまま自分の部屋へと戻るのだが、なんとなく寄ってみたくなったのだ。
ライブラリーは一階にあり、公爵家所蔵の本が多く収められている。難しい領地経営についての本や、昔の学者たちの残した貴重な本も勿論あるが、物語が描かれた本も置いているのだ。
恋愛小説なんかも多くあり、これは母の趣味らしいのだが、私も愛読させてもらっていた。
今日もそのうちの一冊を読もうと思い、ルークを従えてライブラリーに向かったのだが、今日はそこに先客がいた。
私の二人の兄。先ほど食堂でも会った、ヴィクター・ベルトランとユーゴ・ベルトランだ。
二人はライブラリーの全く別の場所にいて、互いに話している様子もない。
いつも通りの光景に溜息を吐く。
下の兄はそうでもないのだが、一番上の兄が、私たちのことを嫌っていて、話そうとしないのだ。
一番上の兄。
ヴィクター・ベルトラン。
私と同じで、金髪碧眼。今年、二十歳になった、冷たい雰囲気と眼鏡が印象的な人だ。
城に仕官し、主に法務関係を担当する文官として活躍している。
近いうち、大臣にもなるのではないかと噂されるほど優秀な人だ。
そんな兄は、昔はそうでもなかったのだが、下の兄や私、そして両親とは必要最小限以外は話さない。
兄はいつも私たちのことを、近づくなと言わんばかりの厳しい目で見ていて、私たちはなかなか兄に話しかけられないのだ。
特に兄は私のことを毛嫌いしているようで、今も私の顔を見て、嫌そうにしている。食堂では仕方ないが、必要のないところでまで会いたくなかったというところか。
「……」
少しだけ考える。
いつもの私なら、兄の姿を見た途端、Uターンをしていた。綺麗な兄は嫌いではないが、向こうが私を嫌っているのだ。好んで近づきたいとは思わない。
だけど、アルが教えてくれたことを思い出したのだ。
彼は言っていた。『悪役令嬢』は家族や使用人に嫌われていることが多い、と。
ルークは多分、もう、いや、少なくとも今は、私のことを嫌ってはいないはず。
だけどこの、上の兄に関しては、私を嫌っていると断言できる。
――このままではまずいってことじゃないの?
いつの間にか、兄には嫌われていたから何が原因なのか分からない。だけど、昔はそんなことはなかったのなら、何か切っ掛けがあるはずだ。
何とか兄との関係を改善させなければ。
でなければ、『悪役令嬢』まっしぐらだ。
「……」
想像して、恐怖のあまり震えた。そうして、意を決し、兄に話しかける。
『悪役令嬢』になることを思えば、兄に話しかける方が百倍以上もましだ。
「……ヴィクター兄様」
兄に少し近づき、声を掛ける。
まさか私が寄ってくるとは思わなかったのか、兄が意外そうな顔をした。だが、その目にはやはり嫌悪がある。
「……何か用か」
「あ、いえ、特に用があるというわけではないのですけど……」
「用がないのなら、私に近づくな。不愉快だ」
兄は手に持っていた本をバンと音を立てて閉じ、私を睨み付けると、足早にライブラリーを立ち去ってしまった。
「……失敗したわ」
「せめて、何かしら用事を作っていけば良かったのではないですか?」
ルークから、今更過ぎる助言が飛んでくる。私は後ろにいたルークを振り返り、彼に言った。
「用事って何よ。私は兄様に何の用事もないわ」
「それはそうでしょうけど、お嬢様はヴィクター様に話しかけたかったのでしょう? それならそれなりの用事をねつ造する必要があったと思いますが」
「ねつ造って……」
「話の切っ掛けになるのなら何でも構わないのです。そう……たとえば、ヴィクター様の読んでいらっしゃった本について質問してみるとか」
確かに、話題としては悪く無い。だが、大きな問題があった。
「兄様の本が私に理解できるはずないじゃない」
「……だから、分からないから教えてくれと言えば良かったんですよ」
「興味もないのに? 無理だわ」
兄の読む本は難しすぎて、ちんぷんかんぷんだ。
興味がある振りをするのも難しい。正直に告げると、ルークは残念なものを見るような目で私を見た。
……私、主人なんだけどな。




