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ある意味当たり前なのだが、どうしよう。頭が痛い。
「で? どうしてお嬢様は急に『反省』なんてらしくないことを始めたんですか?」
「らしくないって……」
「らしくないで、間違っていないでしょう。そりゃあ、お嬢様が心を入れ替えて下されば私は嬉しいですけど、あまりにも突然過ぎて、信じようとは思えません」
「う」
「何か、裏があるんじゃないかと。たとえば……これは私を試していただけで、後でものすごく怒られるとか」
「……やらないわよ」
使用人を試すというのは、主人が使用人の忠誠を確かめるために使われる手法だが、さすがにそんなことは考えていない。
「本当に……どこまで疑われているのかしら。素直に言葉通り受け取ってくれれば良いだけなのに」
はあ、と頬を押さえながら溜息を吐くと、ルークは言った。
「だって、お嬢様、本気で反省していませんよね? 確かに、言葉について悪かったと思っているのは伝わってきました。だけど、それ以外については特に悪いと思っていないでしょう。むしろ、自分のした行動は正しい、当然だったと思っていませんか」
「ぐっ……」
「ほら、やっぱり」
なかなか痛いところを突かれた。図星を突かれて言葉を失う私に、ルークは苦笑しながら言う。
「大丈夫ですよ。私も、別にお嬢様の態度全てが悪いなんて思っていませんから。だって、私は使用人で、あなたに雇われている身です。お給金もいただいて、衣食住を保証してもらっている。それに対して、私が忠誠で返すのは当然。あなたが求めるレベルに私が達していなかった。だからおしかりを受けていた。それだけのことです」
「それは……そうだけど……無意味に当たっていたこともあったわ。そこは誰が何と言おうと、私が悪いの」
私と同じように考えていてくれたことが嬉しかったが、ただ、むしゃくしゃして怒鳴り散らしたことも決して少なくなかった。それを思い出せば、さすがに「そうね。私は全く悪くないわ」と簡単に同意はできなかった。
「正直ですね。でも、そう言って下さって、ようやくお嬢様が本気で私に向き合って下さっているのが分かりました。だから私も正直に言います」
言葉を句切り、ルークが私を見つめてくる。その顔は真顔で、彼が初めて本音を言おうとしているのだと分かった。
「無意味な八つ当たり。誹謗中傷。これさえ改善していただけるのであれば、私は、それ以上を望みません。いつものお嬢様で結構です。大体、急にお嬢様が優しくなったって気味悪いだけですよ。普段通り、『あれは嫌だ』『これが良い』『いや、違う。やっぱりあっちをもってこい』と我が儘放題して下さい」
「……私のことが、怖いくせに。それだけで本当に良いの?」
「良いですよ。主人に我慢をさせるなど、それこそ従者として失格ですから。まあ、確かに今のままの生活がこの先何十年も続くのであれば、私もどこかでお嬢様のことも自分の人生も全部嫌になって、全てを投げ捨てていたかもしれませんけどね。お嬢様がこうして、多少なりと改善しようとしていることが分かりましたから。それなら私も努力します。お嬢様に満足していただけるように。主人だけに努力はさせません。それが、従者の勤めでしょう?」
「……そうね」
頷きつつ、私は内心冷や汗を流していた。
――やっぱり、全部嫌になるかもしれなかったんじゃない。
危ない。私の世話を一手に引き受けてくれているルークに嫌われるとか、絶対に考えたくない。
ルークがどう思っているかは知らないが、私はルークのことを信頼している。
だって、ルークは私のものだから。彼は何があっても、何を言っても、無条件で自分に付き従うだろうと思っていたのだ。
だけど、そんな絶対はあり得ない。
あり得ないのだと知ってしまった。
理不尽な扱いを受け続けてまで忠誠は続かない。そんなの少し考えれば分かる当たり前のことだ。
それが、たとえ命の恩人であろうと。
――昨日、気がついて良かったわ。
ルークの態度をおかしいと思えたから、今、私は彼の本音を聞けている。そして、こうなれたのは、全部アルのおかげだ。
アルが私の相談を馬鹿にせず、きちんと聞いて助言してくれたからこそ今がある。
次に会った時には、今あったことを報告しよう。そうしたら、彼は褒めてくれるだろうか。
よくやったと笑ってくれるだろうか。
それは想像するだけで楽しいと思えた。
「アルのおかげね……」
「お嬢様?」
無意識のうちに言葉にしていたらしい。私は慌てて誤魔化そうとし、その必要はないかと隠すのを止めた。
「実はさっき、あなたのことをアラン殿下に相談したの。そうしたら、きちんと謝るべきだって助言を下さって」
「アラン殿下が? ええと、昨日ご婚約が正式におきまりになったんですよね?」
「ええ。とは言っても、今だけのことだとは思うけど」
昨日今日だけでも自分の最低ぶりは相当なものだと思い知った。やはり、私では彼の相手に相応しくない。
もちろん、目標とする完璧令嬢になれれば、彼の隣に立ってもおかしくないと思うが、それまで彼が待っていてくれるとは限らない。婚約が続くとも限らないのだ。
――待っていて、欲しいな。
本当は、あの人の隣に立ちたい。
彼が、新たな人を見つけてしまうのを見たくない。
だけど、そう思うのはきっとおこがましいことなのだろう。だからもし、その時がきて、彼が婚約解消を望んだら。
――素直に、祝福して差し上げよう。
とっておきの笑顔と共に。
「おめでとうございます。ええ、勿論婚約解消に同意しますわ」とそう言って。
それが、私を助けてくれているアルにできる唯一のこと。
胸がツキツキと痛む。それを見ない振りして、私はルークととりとめのない話を続けた。
 




