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3巻発売お礼小話 弟は幸せな兄が羨ましい(ウィル視点)


「あー、怠いな……」


 仕事をしている最中、書類が一枚足りないことに気がついた。

 元々この仕事は、兄上から回ってきたもの。あまりにもオレが何もしないからと、強引に押しつけられたものだった。

 つまり、足りない書類は兄上のところにある。

 気分的には取りに行きたくないが、そうしないと仕事は終わらないし、終わらなければ兄上に叱られる。

 怒った兄上が非常に怖いことを身に染みて知っているオレは、仕方なく立ち上がり、自分の部屋を出た。


◇◇◇


「おーい、兄上。いるか?」


 適当にノックをする。

 部屋の前にいた兵士から聞いたところ、兄上は室内にいるらしいのだが、何度ノックしても返答がない。

 首を傾げつつ、もしかしたら昼寝でもしているのかもしれないと思い至った。

 兄上は、オレとは違い、かなり忙しい人だ。睡眠時間もあまり取れていないようだし、仮眠を取っていたとしても不思議ではない。

 足りない書類を取りに来ただけだし、それなら起こさないよう用事だけ済ませて出ていけば良いと考えたオレは、そっと扉を開けた。

 案の定、鍵は掛かっていない。


「兄上~。寝てんのか? 兵士がいるからって不用心だぜ……って、あ」


 目の前に広がった光景に、時が止まった。

 兄上は、寝ているわけでも留守にしているわけでも、仕事に没頭しているわけでもなかった。

 執務机の前にあるソファに座り、お茶をしているだけ。

 つまりは休憩中だったようだ。

 だが、何故か彼は、己の膝の上に婚約者を乗せ、その唇にイチゴを押しつけていたのだ。


「……あー……」

「ウィル。何の用かな。僕は入室許可を出したつもりはないんだけど」


 あまりのタイミングの悪さに動けないでいると、兄上が不快だというのが一目瞭然の顔をして言った。


「恋人同士の幸せなひと時を邪魔するのは、さすがに弟でもどうかと思うけど。リリが来ていることを知らなかったのか?」

「知ってたら、絶対に入らなかったな! オレ、死にたくねえし!」


 失敗したと思いつつ、慌てて言い訳をした。

 兵士には、兄上がいるかどうかしか尋ねなかった。でもまさか、兄上がリズ・ベルトランを執務室に連れ込んでいるなんて思わなかったのだ。

 兄上が婚約者であるリズ・ベルトランに惚れていることはよく知っている。邪魔をすれば間違いなく、ネチネチと嫌みを言われることも。

 だからオレだって遭遇したくなかったのだけれど。

 とはいえ、来てしまったものは仕方ない。用事をさっさと済ませて退散するのが吉だろう。


「あーと、実は兄上から押しつけられた……じゃなかった、頼まれた書類が一枚足りなくて……」

「ウィル?」

 

 思わず押しつけられたと本音を零してしまったが、見事に聞き咎められた。さっと視線を逸らす。

 兄上は、はあと溜息を吐き、執務机に目を向けた。


「お前の言う書類なら、机の上にあると思う。適当に探して、さっさと部屋を出て行ってくれ」

「兄上が探してくれないのかよ……」


 執務机には書類が山と積まれていて、ここからたった一枚を見つけ出すのはどう見ても困難だ。だが、兄上はオレを助ける気は毛頭ないようで、婚約者を抱き締めたまま言い放った。


「僕は今、忙しいんだ。見れば分かるだろう?」

「分かりたくねえ……」


 婚約者を膝の上に乗せていることを忙しいと言い切る兄上に、オレは何を言っても無駄だなと諦めた。

 リズ・ベルトランとの婚約が正式に決まってからというもの、兄上の彼女に対する溺愛ぶりは加速度的に進み、見ているのが恥ずかしいレベルなのだ。

 とはいえ、その婚約者であるリズ・ベルトランは、元悪役令嬢なわりに、真っ当な神経の持ち主なので、この状況に甘んじているはずはないと思うのだが。


「……」


 チラリと兄上が抱えているリズ・ベルトランを見る。

 彼女は、羞恥の極みに達したのか、顔を真っ赤にして、見事に固まっていた。

 恥ずかし過ぎて、声すら出せない状況のようだ。

 そんなリズ・ベルトランに、兄上が甘ったるい声で囁く。


「ごめんね、リリ。ウィルが邪魔をして。せっかく二人きりの時間を楽しんでいたのに、気分を害しちゃったかな」

「……」

「ウィルはすぐに出て行くから、少し待っていてくれる?」

「あ、あの……」


 ギリギリという音がしそうな動きでリズ・ベルトランは兄上を見た。

 兄上が「ん?」と首を傾げる。


「どうしたの、リリ」

「は、離していただけませんでしょうか。その……い、いくらなんでも人前で……」


 消え入りそうな声で、兄上の胸を押すリズ・ベルトラン。だが、兄上が離すはずもない。

 逆により強く抱え込まれ、彼女は「ひぃ」と悲鳴を上げた。

 恥ずかしいんだろうな。分かる。


「ア、アル……お、お願いします」

「え? 勝手に入ってきたのはウィルなんだから、こちらが気にしてやる必要はないと思うけど」

「わ、私が恥ずかしいんです。だってこんな……! アルがどうしてもって、誰もいないからって言うから……!」


 なるほど。

 リズ・ベルトランが今、こんな状況にあるのは、やはり兄上に押し通された結果か。

 必死で藻掻くリズ・ベルトランの動きを、兄上は楽しそうに封じ込めていた。


「どうして恥ずかしがるの? ただ、恋人同士で楽しく語らっていただけなのに」

「ア、アルは恥ずかしくないんですか!」

「全然。どちらかというと、楽しくて堪らないけど。これから毎回お茶の時間は、こうして過ごしたいと思うくらいには楽しいよ。それとも君は、僕と過ごすのは嫌?」

「そ、そんなわけ……!」


 憂いの表情を浮かべる兄上を見て、リズ・ベルトランが慌てる。

 だが、オレは知っている。兄上のその顔はわざとだ。リズ・ベルトランから『はい』の返事を引き出したいためだけにしているだけなのだ。

 それに気づかないリズ・ベルトランは、必死で兄上の機嫌を取っているが……チョロすぎる。

 これで元悪役令嬢だというのだから信じられない。

 兄上が、持っていたイチゴを再び、彼女の口元に持って行く。

 顔を赤くしつつ、必死で抵抗していたリズ・ベルトランだったが、どうあっても兄上が退かないことに気づいたのだろう。諦めたように、口を開いていた。

 こちらをチラチラと恥ずかしげに見てくる。兄上からも睨まれた。


 ――はいはい。さっさと出て行けって言うんだろ。分かってるって。


 オレだって、イチャついているカップルをじろじろ見るような趣味はない。

 オレはできるだけ二人を見ないようにして、兄上の机を探った。

 後ろから甘ったるいやり取りが聞こえてくる。


「ほら、リリ。あーん」

「アル。私はもう……結構ですから」

「そう? じゃあ、次はリリが食べさせてくれる?」

「えっ……でも、ウィルフレッド殿下がいらっしゃるのに……これ以上は」

「だから、気にしなくて良いって。あいつのことはいないものとして扱ってくれて良いよ」

「そういうわけには……」

「ほら、早く……!」

「やっ……アル」

「リリ、好きだよ。だから、ね?」

「……んっ、駄目ですって……あっ」


 リップ音まで聞こえ始め、オレの表情は死んだ。

 こうなれば、さっさと書類を見つけて立ち去りたいが、何故かこういう時に限って、なかなか書類が見つからない。

 後ろは相も変わらずイチャイチャとしている。

 オレは心を無にしながら何とか目当ての品を見つけ、兄上を見ないようにして部屋を立ち去った。


◇◇◇


「……疲れた」


 部屋に戻り、ソファに腰掛けた。疲れすぎて、仕事をしようという気になれなかったのだ。

 書類一枚とってくるだけで、非常に精神力を消耗した気がする。

 でも――。


「良いなあ、兄上」


 好きな相手と、好きなだけ一緒にいることができて。

 さっき見た二人は、すごく幸せそうだった。

 リズ・ベルトランだって、恥ずかしがってこそいたが、終始照れたように笑っていたし、本気で嫌がっていないことは丸わかりだ。

 あれでは、兄上が調子に乗るのも無理はないだろう。


「オレも、クロエと早くああいうこと、したいなあ……」


 思う相手がいるだけに、兄上のことが羨ましくて堪らない。

 オレの思い人であるクロエは、いまだオレのことをただの友人としてしか見てくれていない。諦める気は毛頭ないし、ゲームとして彼女を落とそうとももう思っていないけれど、早く落ちてきてくれれば良いのにとは願ってしまう。


「強情だもんなあ」


 その点、リズ・ベルトランは非常にチョロくて羨ましい。兄上に一目惚れしたというのもあるが、彼女は最初から兄上にメロメロで、改めて落とす必要もないくらいに惚れきっていたのだから。

 兄上は、そんな彼女をあっさり手に入れ、今に至っている。


「良いなあ。ま、そのうちオレもそうなる予定だから良いけど」


 クロエは鈍いから気づいていないが、外堀は順調に埋まっている。

 いずれは、自分の相手はオレしかいないのだと気づかせてやるつもりだ。

 そのためには、兄上にも多少なりと手伝ってもらう必要がある。

 つまり――。


「兄上の機嫌を損ねるわけにはいかないってことなんだよなあ」


 持ってきた書類に目を向ける。

 放っておきたいのはやまやまだったが、今後を考え、オレは渋々ソファから立ち上がるのだった。





 

 



 






 


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