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玉座から立ち上がった国王が宣言を行う。
「二人とも、まずは己の精霊を呼べ」
「はい。イグニス、フラスト」
国王の言葉に応え、アルが契約した精霊の名前を呼ぶ。アルの声に応じた二体の精霊が姿を現した。一体は、一回だけ見たことがある。炎の上級精霊だ。もう一体は肌が緑色。こちらが風の精霊なのだろう。
二体の精霊を呼び出したアルに、城内からどよめきが起こる。現在、ローズブレイド王国で精霊を二体同時契約しているのはアルだけなのだ。
めったに見ることのできない光景に、皆は釘付けだった。
「さあ、リリも」
「はい。……ノワール」
アルに促され、少し緊張しつつも私も己の精霊を呼んだ。今日のことは予めノワールには伝えてある。婚約式の話をすれば、「ああ、あの王家の儀式か……分かった」と頷いてくれた。その時、猫の姿だったノエルに「お前は絶対に来るな。下手をすれば他の精霊が暴れて、儀式が失敗する可能性がある」と真顔で忠告していたが、もしそれが本当なら恐ろしい話だ。
「大袈裟だよ☆」とノエルは笑っていたが、精霊のノエルに対する毛嫌いぶりは相当なものがある。私もノエルが側にいたことで長く精霊契約に失敗していた身なので、ノエルにはお願いして、今日だけは屋敷に残ってもらった。婚約式を失敗するなど、絶対に嫌だ。
ノエルは膨れていたが、「ゴシュジンサマの邪魔をする気はないから我慢するよ。晴れ姿、見たかったのになあ」と最後には頷いてくれた。
今日、屋敷を出る前、チラリとノエルの姿が見えたので、今の格好もきっと見てくれたはずだ。
私の呼び声に応じ、闇の精霊ノワールが姿を現す。精霊の姿を確認した国王は頷き、指に嵌めていた指輪を前に突き出した。それに呼応するように精霊たちが光り出す。
「……何をしているのかしら」
疑問を口にすると、隣にいたアルが小声で教えてくれた。
「指輪の儀式だよ。父上の嵌めている指輪は代々の国王に受け継がれているものでね。あの指輪に、王族とその伴侶の契約精霊の魔力を登録するんだ」
「登録、ですか?」
「そう。たとえば宝物庫なんかは、あの指輪に登録されている契約精霊の誰かを連れていかなければ決して開かないようになっている。契約精霊を鍵としているものが意外と多くあるんだよ」
「そうなんですね」
「ウィルも誰かと婚約式を行えば、ああやって指輪に登録されることになると思うけど――今はまだだね。結婚相手が決まっていない状態では半人前とみなされるから。僕もこれでようやく、今まで父上と母上しか行けなかった場所に行けるようになるってわけ」
説明を聞いて頷いた。
精霊が鍵となっているものが多いというのなら、確かに契約精霊がいないと話にならないだろう。なるほど、だから精霊契約をしていることが必須なのかと納得しながら、私は目の前の光景を眺めていた。
国王の嵌めた指輪は金色に光っていたが、すぐにその色を消した。精霊たちもほぼ同時に姿を消す。婚約式での役目を終えたということなのだろう。
特殊な儀式はそれくらいで、後は当たり前のやり取りが続いた。
式は終盤にさしかかり、婚約の文言が書かれた書類が用意された。少し緊張に震えつつも自分の名前を記す。
私に続き、アルも自らの名前を書いた。
文官が国王に恭しく書面を渡す。それに目を通した国王は一番下の欄に同じようにサインを記した。
文官に書面を返す。彼らはそれを何度も確認し、頷いた後、下がっていった。
これから城の保管庫に厳重にしまわれることになる。その保管庫も先ほどの指輪に登録された精霊が一緒でないと入れないらしい。
「婚約の証を」
文官が下がったのを確認してから、国王が言った。
その言葉に別の文官が、黄金の盆を頭よりも高く掲げながら持ってくる。その盆の中には、アルに預けたブローチが載せられていた。
「……」
アルが盆から赤いブローチを取り上げ、私のドレスに付ける。彼の促しに頷き、私も彼のブローチを手に取り、緊張しつつも彼の上衣に留めた。
「これで、二人の婚約は成立した」
国王が重々しく宣言し、それに合わせて出席者から拍手が起こる。
「――ね、リリ。挙式は、二年後だよ」
婚約式が終わり、ほうと息を吐いた私に、アルがこそりと耳打ちしてくる。聞こえた言葉に思わず彼を見上げた。
「二年後、ですか?」
「うん。君が成人した日。誕生日に結婚式をしようって考えてる。ほら、ローズブレイド王国では、結婚する両方が成人しないと結婚が認められないでしょう? 僕はもう結婚できるけど、君はまだだから。最短で結婚しようと思ったら、君の十八の誕生日を待つしかないんだよね」
「十八の誕生日……」
はっきりと結婚時期を提示され、急に彼との結婚が現実味を帯びてくる。
胸がいっぱいで返事ができない。何も言えず俯くと、アルが心配そうに聞いてきた。
「嫌? もう少しあとの方が良い?」
「えっ……」
慌てて顔を上げる。もしかして誤解させたかとアルを見ると、彼は「でも、ごめんね」と眉を下げていた。
「君がもし、もう少し待って欲しいって言っても、僕には無理なんだ。だって僕は君を一刻も早く妻にしたいって思ってるから。本当は、今すぐ君と結婚したいって思ってるんだよ? それを二年も待つって言ってるんだから、これ以上は勘弁して欲しいな」
「アル」
「だから、『はい』って言って。十八の誕生日に僕の妻になるって約束して欲しいな」
「……はい」
アルのお強請りに、私は微笑み頷いた。断るなんていう選択は私にはなかったし、少しでも早く結婚できるなら嬉しい気持ちしかないのだから。
「私も、早くアルと結婚したいですから」
「本当? 約束、だよ? 反故は許さないから」
「はい」
もう一度頷く。アルは表情を緩め、嬉しそうに言った。
「リリが頷いてくれて良かった」
「頷かないなんて思っていなかったくせに」
「でも、やっぱり不安になるんだよ。だって僕は君のことが好きで好きでたまらないのだから」
クスクスと笑う。そうして彼は私に向かって、色気たっぷりの笑みを浮かべた。
「ねえ、リリ。今日のドレス、素敵だね。いつも綺麗で可愛いけれど、婚約式に着ている特別なものだからかな。普段よりもより綺麗に見えるよ」
「ありがとうございます」
どんな時でもアルに褒めてもらえるのは嬉しい。
頬が少し熱かった。照れているのがばれてしまうと思っていると、アルが近くに居た警備兵の一人に、何かを命じていた。兵士は心得たように頷き、大広間から出て行く。
「? どうしたんですか?」
「何でもない。少し待ってね」
「……はい」
分からないながらも首肯する。そういえば、婚約式の式典は全て終わったというのに、誰一人として退場していない。アルもまだ退出する気はなさそうだし、いつまでこの衆人環視の中にいれば良いのだろう。
「……そういえば、ルークには会った?」
「え? あ、はい」
話しかけられ、咄嗟に頷いた。アルは「彼、すごいよね」と若干、呆れたように言う。
「君に仕え続けたいから、ソワレ大公の孫の座なんて要らないって啖呵を切ってきたんだからさ。そこまでされると、僕も負けられないって思うよね」
「アル?」
「分からない? ルークと種類は違うけど、思いの深さでは負けられないってことだよ」
「え?」
彼の真意を掴めず、キョトンとする。
先ほどアルに命令された兵士が戻って来た。両手に真っ赤な薔薇の花束を抱えている。驚くくらい大きな花束だ。それを兵士は恭しくアルに差し出した。アルはそれを受け取ると、私の前に立ち、跪いた。
「えっ……」
何が起こったのか、分からなかった。
跪いたアルは、私を見上げ、真心の籠もった瞳で告げた。
「婚約式とは関係なく、改めて申し込むよ。――リズ・ベルトラン嬢。僕は君を愛しています。だから、僕の妻となって、この先を一緒に生きて下さい」
「……っ!」
思わず口元を押さえた。
アルが手にした薔薇の花束を私に差し出してくる。驚きのあまり、目を見開くことしかできない私にアルが悪戯っ子のような口調で言った。
「――知ってる? 薔薇の花束ってさ、本数によって意味が変わるんだって。三本で『あなたを愛しています』。十一本で『最愛』、だったかな。そしてこれはね、九十九本あるんだ。百八本と悩んだんだけど、僕としてはこっちにしたいなって」
「九十九本……」
大きすぎる花束をまじまじと見つめる。アルは何も答えない私に、更に言った。
「ちなみに、百八本は『結婚して下さい』なんだ。九百九十九本も捨てがたかったんだけどね。『何度生まれ変わってもあなたを愛する』なんて、素敵だと思わない? でも、さすがに贈るには現実的ではないから」
「……九十九本には、どんな意味があるんですか?」
声が勝手に震える。胸の中には表現できないほどの歓喜の感情が渦巻いていた。視界が滲む。
アルが、見惚れるような笑みを浮かべながら言った。
「『永遠の愛』だよ、リリ。僕は君に永遠を誓う。だから君も、同じように誓って欲しいな」
ぶわりと涙が溢れ出た。
何と言ったら良いのか、胸がいっぱいで苦しくて仕方ない。それでも必死で首を縦に振った。
「……はい」
止まらない涙に困りながらも、何とか彼の手から花束を受け取る。花束はかなりの重量があったが、不思議と軽く感じた。アルに応えたいと思い、声を出そうとするのだが、嗚咽が漏れて言葉にならない。
「誓い……ます。ううっ……私も……アルのこと……愛するって……」
「うん、嬉しい」
アルが立ち上がり、薔薇の花束ごと私を抱き締める。その瞬間、会場から割れんばかりの拍手が沸き起こった。
出席している貴族たちも、警備の兵たちも、国王と王妃ですら拍手をしてくれている。私以外の皆が、アルの今の行動を知っていたのだろう。
だから誰も退出せず、待っていたのだとようやく気がついた。
皆が祝福してくれている。私とアルが婚約したことを、彼と結婚することを喜んでくれているのだ。
それが嬉しくて堪らなかった。
感極まり、また涙が溢れてしまう。
「私……私……ううう」
泣きじゃくる私をアルが優しい声で慰める。
「ああ……せっかく綺麗にお化粧しているのに、泣かないでよ。君を泣かせるつもりなんてなかったんだ」
「嬉しすぎて……無理です……うう……」
小さく左右に首を振る。いつまでも泣いているのはみっともないと分かっていたけど止まらない。アルが私に愛を示してくれたのが嬉しくて、彼の愛情を受け取ることができた自分が幸せで仕方なかった。
「リリ、愛してる」
「――私……も、アルの……ことを、愛しています」
アルの顔が近づいてくる。口づけをされるのだと気づき、私は真っ赤になった目を閉じた。涙が一筋、頬を伝って流れていく。
こんなところで、皆が見ている前で口づけをするなんて正気の沙汰とは思えない。それは分かっていたけれど、彼の行動を止めようとは微塵も思わなかった。
やがて柔らかな唇が触れ、離れて行く。嬉しくて、また泣いてしまった。
アルが私の目を見て、にっこりと笑った。
「ふふ、リリってば、目が真っ赤になってる。ウサギみたいで可愛いね」
「……嘘ばっかり。私、すごくみっともないことになってるって分かってます」
グスグス泣いているのだ。メイドたちが頑張ってくれた化粧も取れてしまっただろう。恨みがましげにアルを見つめると、彼はクスクスと笑った。
「嘘なんて吐いてないよ。リリはいつだって可愛いから。それにね、君が泣いているのは嬉しかったからだ。喜びのあまり泣いてくれた婚約者を可愛いって思わない男はいないと思うな」
「……もう、アルってば」
「僕はリリ馬鹿だからね。どんな君も可愛いと思ってるよ」
本気の声音に、私はようやく涙を止め、笑い声を上げた。
アルが嬉しそうに指摘する。
「あ、やっと泣き止んでくれた。ねえ、どんな君も素敵だけど、やっぱり笑顔が一番可愛いと思うよ。二年後が待ちきれないな。早く君を妻に迎えたい」
「アル」
「ねえリリ、君は? どう思ってくれているの?」
答えが分かっているくせに聞いてくるアルはちょっと意地悪だ。
私は涙に濡れて真っ赤になった目を擦りつつも、とっておきの笑顔と共に「待ち遠しいに決まってます」と彼の望む答えを返した。
◇
――リズ・ベルトラン十六才。
『悪役令嬢』だったかもしれない私は、完璧令嬢とはほど遠いが、それでも『第一王子の婚約者』として皆に認められる程度には、どうやら成長することができたのかも――しれない。
これにて第二部完結です。連載を始めて約一年。ここまでお付き合い下さりありがとうございました。
3巻が12/26に発売致します。
書籍には、加筆修正と、クロエとウィルとのダブルデートなどを収録した番外編や、リリとアルのR15的なイチャイチャを書いたSSなどが追加で収録されています。
また、雲屋先生による美しい挿絵も見どころとなっております。
どうぞ宜しくお願い致します。
続編や番外編につきましては 、時間ができましたらボチボチとやっていきたいな、と。
少なくとも発売日くらいには何かSS的なものを上げたいなと思っています(希望




